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JBA技術委員会委員長の東野智弥 ©The Asahi Shimbun

JBA技術委員会・東野智弥委員長に聞く 東京五輪と未来の日本バスケ界への取り組み

2021.06.10

1976年のモントリオールオリンピック以来、45年ぶりの五輪出場を勝ち取ったバスケ男子日本代表。NBAワシントン・ウィザーズの八村塁やNBAトロント・ラプターズの渡邊雄太などの台頭も大きいが、何よりもその裏で日本代表を牽引(けんいん)した男の功績が大きい。それがJBA技術委員会委員長の東野智弥(50)だ。世界の舞台から遠ざかっていた日本代表をどのように成長させ、また日本バスケ界の未来をつくっていくのか。東野に聞いた。

20年以上にわたる国内外でのコーチ経験をへて、委員長に就任

2016年6月、日本バスケットボール協会(JBA)内にJBA技術委員会が新たに立ち上がった。各カテゴリーの男女日本代表の強化や人材の育成の中枢を担う機関だが、その初代委員長に就任したのが東野智弥だ。

現役時代、ぶつかり合いを恐れない勇敢なプレーを得意とし、“クラッシャー”の異名で親しまれた東野は、現役引退後20年以上にわたり国内外のチームやクラブでコーチを歴任。2014-15シーズンのbjリーグでは浜松・東三河フェニックス(現・三遠ネオフェニックス)のヘッドコーチとして優勝も果たしている。この秀でた才能と経験を買われ、川淵三郎・前JBA会長から声が掛かり、委員長に就任した。

レラカムイ北海道では、初代ヘッドコーチに就任 ©The Asahi Shimbun

世界との身長差に正面から向き合う

「JBA技術委員会をわかりやすく言いますと、日本バスケ界の競技力の発展をリードする委員会です。『普及』『発掘』『育成』『養成』『強化』の五つを柱に、みんなで力を合わせて対策を立て、改善しながら積み上げています」

こう話す東野は、技術委員長に就任以降、この五つの柱にさらに改善を加え、五つを連結、連携、連動させることにより日本バスケ界を進化させてきた。各カテゴリーの日本代表の強化や若い世代の育成を考える東野はいくつもの改革をおこなってきたが、男子日本代表でまず着手したのが、「世界との身長差」という壁を取り払うことだった。

「日本には世界との身長差という埋めがたいものがありましたが、それを埋める工夫をしてこなかったんですね。そこでまずこの課題と真正面から向き合いました」

平均身長が低いことで得られる、速さとアウトサイドという強みを最大限に生かすことはもちろん、弱みとも向き合った。身長によりウイークポイントになっていたインサイドとリバウンドを最小化するために、2mを超える選手の発掘と起用を提言。海外で活躍する2m超の選手を招集するようにした。FIBAワールドカップ2019アジア地区予選では4連敗後に八村塁(NBAワシントン・ウィザーズ)を招集できたのも東野の功績のひとつだ。また、帰化選手の起用も積極的におこなった。日本代表はそこから8連勝している。

また、広く海外に目を向けることにも力を入れた。ポートランド大学でプレーしていた渡辺飛勇(現在はカリフォルニア大学デービス校大学院所属)など、フィジカルに優れた選手を発掘。こうした努力の結果、2016年に190cmだった日本代表の平均身長は2019年には199cmになり、世界基準の平均身長にまでなった。

世界基準の平均身長になった日本代表 ©JBA

アルゼンチンでの学びが発想のベース

就任以来、東野がおこなってきた改革のひとつに、「一気通貫」の強化システムがある。トップカテゴリーだけでなくアンダーカテゴリーまでが世界で戦うために必要なプレーや情報を全世代で共有するようにした。「一気通貫」はこのシステム意図を明確に伝えるためのキーワードであり、根底には「普及」「発掘」「育成」「養成」「強化」の五つを連結、連携、連動させる、という考えがあった。

NBAの各クラブには必ず1人いる、スキル向上に特化したスキルコーチを日本代表チームに初めて採用したのも東野だ。スキルコーチが代表選手をサポートすることで、日本代表としての活動がない期間も毎シーズン、毎試合レベルが上がるようにしたのだ。

「日本代表を担う選手には『日常を世界基準に』することを求めています。スキルだけでなく、フィジカルにおいても試合の終盤まで高い強度が発揮できなければ世界に対応できないため、NBAワシントン・ウィザーズなどでの指導経験がある佐藤晃一パフォーマンスコーチを連れてきました(2016年9月、日本バスケットボール協会スポーツパフォーマンス部会委員長に就任)」

東野はバスケにおける“アスリート育成パスウェイ(トップアスリートになるための道筋)”にもメスを入れ、多様化を図った。将来性のある選手が海外を目指したり、10代の選手が 将来代表になったときのイメージを持ってトレーニングをできるようにした。

東野は日本バスケ界のために「連結・連携・連動」を大切にする

こうした発想と改革にたどり着いたのには、豊富な経験があったからだ。東野には1996年にオレゴン州ルイス&クラーク大学のアシスタントコーチから始まった20年以上のコーチ経験と、トヨタ自動車アルバルク(現・アルバルク東京)や、浜松・東三河フェニックスでの優勝経験もある。

そして、「技術委員会の委員長に就任した日から東京大会の開会式まで1527日しかありませんでした」という限られた時間のなかで発想のベースになったのが、アルゼンチンから学んだことだった。

東野は男子日本代表のコーチだった2011年、アポなしでアルゼンチンに飛んだ。

「なぜ日本人と平均身長が同程度のアルゼンチンが、2004年のアテネ大会で優勝できたのか知りたかったのです。アルゼンチンも日本と同じように長く五輪から遠ざかっていた歴史がありました。1952年のヘルシンキ五輪で4位になってから、96年のアトランタまで44年間もブランクがあったのです。それでもアテネの次の北京でも3位になるなど世界の舞台で好成績をおさめ続けていました」

その秘密はアルゼンチンのバスケ界の構造にあった。クラブ、リーグ、連盟のベクトルが世界に向き、それぞれが選手、コーチ、審判に何をすればいいのか明確になっていたのだ。東野はアルゼンチンバスケの研究を論文にまとめ、2011年には「早稲田大学最優秀論文賞」も受賞している。「アルゼンチンでの学びがなかったら、今やっていることはできなかったと思います」という東野は理論、そしてコーチとしての現場の経験をもとに、日本のバスケ界を進化させているのだ。

©JBA

勝ち負けを超えた「レガシー」を残す

日本代表を強化し、東京五輪で世界の舞台に復帰し、強豪に伍(ご)して戦えるだけの地力をつける取り組みをする一方で、東野はその先にある日本バスケ界の未来をつくることにも力を入れている。

「世界で優秀な成績をおさめても環境が整備されていなければ、それはすぐに消える大きな花火で終わってしまいます。バスケが花を咲かせ続けるためには、未来に向けた『球根』をつくる必要があります」

目を向けているのが、日本全国に約3万チームある、小・中・高などの子どもたちがもっと「楽しく一生懸命」、ワクワクしながらバスケを続けられる環境をつくることだ。高校までは多くのチームがあり競技人口も多いが、大学になるとそこから5パーセントほど(同好会やサークルは含まず)になっている現状がある。バスケから遠ざかる理由のひとつが、プレーする場所の確保が難しいということ。一方で、全国に約2万ある体育館には、そのほとんどにバスケゴールがある。そこで体育館の空き状況を確認できる仕組みをつくりたいと考えている。また、5人制と比べて小さなスペースでプレーできる3x3を普及のフックにする構想もある。

「バスケが好きでプレーしている人を一人も取り残さない仕組みづくりをしなければと思っています。『バスケのファミリー化』です」

©JBA

育成普及セクションと連携して、一般的になっているトーナメント制の見直しもおこなった。「大会がトーナメントばかりですと、負けてしまえば公式戦が一年を通してほとんどできないチームも出てきます。試合をすることは選手にとって喜びです。その場が少なければ、バスケに対するモチベーションも低くなります。リーグ戦形式であれば試合数が増えるので、上達にもつながると思います」

小・中・高の指導者に対しても育成普及セクションと連携し、コーチとして最低限身に付けておくべきことをより学びやすくするために、従来のE-1級・E-2級をE級に一本化し、その上でeラーニングを導入した。「ライセンスで縛るのではなく、指導者の方が学べる機会をつくろうと思ったんです。選手によって伸びる時期が異なること、暴言や暴力を防ぐためのほめ方など、そうしたコーチングについても知ってほしいと考えています」

こうした勝ち負けを超えたレガシーを残すための尽力もしている。それはつまり、レガシーという裏打ちがなければ世界で勝てないからだ。日本代表のためだけでなく、「日本バスケ界の環境の整備と発展」のために奔走する東野に、日本バスケ界が東京五輪後に向かうべき方向について尋ねると、こんな答えが返ってきた。

「私たちが積み上げてきたものに、また次の世代の方たちが議論やPDCA(Plan=計画、Do=実行、Check=評価、Action=改善)を重ねてより良いバスケの環境をつくり、紡いでいってほしいと思っています。こうすれば良くなるという方程式はありませんが、地道な積み重ねによって強化、育成を含む発展が促進され、日本バスケ界が醸成されていくと思っています」

東野が委員長就任以来、目標としてきた五輪まではもうすぐだ。先日は3x3女子日本代表も五輪への切符を手に入れ、金メダルを合言葉に本番に向けて練習している。5人制女子日本代表の目標も金メダルで、3x3男子日本代表もメダルを目論(もくろ)んでいる。そして5人制男子は、NBA選手二人を擁し、国内組の選手もB.LEAGUE発足以来、大きくレベルアップしている。対戦相手が格上であることは間違いないが、それでも戦う前から諦めることは何一つない。「諦めたらそこで試合終了」。まさにこの強い気持ちで相手に立ち向かっていく。

「日本代表はこの4年間、『常に先手を取り、全員で初めから最後まで攻め抜く』という意味を込めた『JAPAN’S WAY』をスローガンに、ここまできました。3x3も5人制もとても良く成長しています。選手やスタッフたちと共感、叱咤(しった)激励しあい、良い関係性で進んでこられた自信があります。いまも各代表のコーチたちは寝る時間も惜しんで、対戦相手の映像を研究して戦略を練っています。この姿も皆のモチベーションにもなっています」

五輪直前までの強化試合をへて本番にのぞむ日本代表。「五輪が近づくにつれ『もうはじまってしまうのか』という感情もありますが、五輪を通しても成長して、テクニカルレポートなどもふくめて課題を見つけ、改善する。その積み上げが、未来につながっていくことだと思います」