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連載: プロが語る4years.

宇都宮・比江島慎 青学大時代に唯一やり残したこと、胸に刺さった長谷川監督の言葉

1年生の時から勝ち続けてきた比江島は、ある種の退屈さを感じていた(写真提供・BOJ)

不動の日本代表メンバー、そしてBリーグ屈指の強豪・宇都宮ブレックスの日本人エースとして活躍する比江島慎(30)。青山学院大学時代には、「比江島を大学在学中からフル代表のメンバーに」のビジョンを備えた監督の長谷川健志氏(現同部アドバイザー)の下、入部当時から特別シフトでバスケに没頭。“打てば響く”を地で行く成長を遂げていった。

宇都宮・比江島慎 「とにかく厳しい」青学大時代、王者が抱えた葛藤

唯一楽しみだった田中大貴との対戦

1年生での関東学生選手権からスタメンに起用されると、リーグ戦、インカレの3位と新人戦の優勝に貢献。7月には最年少でユニバーシアード競技大会に出場し、ここでもスタメンを務めている。

続く2年生の時には選手権、新人戦、リーグ戦、インカレを全て制覇。3年生でも同様の成績を挙げた。ルーキーシーズンの秋時点で、すでにチームトップの得点を稼ぐようになっていた比江島は、早くから大学バスケ界で浮いた存在だった。そもそも自身が本気でプレーするまでもなく、チームが圧倒的に強い。比江島は練習中だけでなく試合中にも集中を欠いたプレーを繰り返し、長谷川氏に何度も雷を落とされた。

退屈にさいなまれていた比江島にとって唯一と言える楽しみは、東海大学、特に1学年後輩の田中大貴(現アルバルク東京)との対戦だったという。

高校時代の最高成績は全国ベスト8にとどまったものの、ポテンシャルの高さゆえに多くの関係者から注目された田中は、「比江島を擁する青学を倒そう」という陸川章ヘッドコーチの言葉を受けて東海大に入学。比江島が3年生、田中が2年生のシーズンから、本格的にマッチアップするようになった。比江島は「最初は『ディフェンスがいいな』っていうイメージでした。フィジカルも強いし、能力も高いので、なかなか1対1では抜けなかったですね」と当時の田中を振り返る。

比江島(左)にとって1学年下の田中は自分を高めてくれる好敵手だった(写真提供・BOJ)

それまで、1対1のオフェンスをほぼ止められたことがなかった比江島にとって、田中は久しぶりに現れた壁であり、尽きそうになっていた成長の灯を増幅させる存在だった。「大貴に1対1で止められたからこそ、『流れの中やボールミートからズレを作らないと点を取れない』と考えるようになったし、技や駆け引きが生まれた。いいマッチアップだったと思います」。

最後のインカレ、悔し涙も出なかった

比江島が最終学年になっても、青学大は破竹の勢いで勝ち星を重ねていった。同大の唯一の対抗馬だった東海大すらもその勢いを止めることはできず、選手権決勝、リーグ戦の3戦全てに青学大が勝利した。比江島はこのまま大学ラストシーズンを無敗で終えるのか。誰もがそう思った。しかし違った。

「唯一やり残したことがあるとすれば、最後のインカレですかね」

青学大はインカレ決勝で東海大に敗れたのだ。スコアは57-71。比江島の得点は13点にとどまった。比江島はこの試合の記憶があまりないと言うが、「負けるべくして負けた試合」だったことだけは明確に覚えているという。

「あっという間に終わった気がします。最初からずるずるいって、打開策もなく、相手の勢いに押されるまま、僕らの流れがこないまま終わった気がするので。たぶんパニックになっていたんでしょうね。いつもうまくいってたオフェンスが初めて止められて、対応できなくて。勢いとか気持ちとか、そういう部分で相手の方が全部上回っていました」

序盤は拮抗(きっこう)した展開だったが、後半、一気に主導権を奪われた。第3クオーター(Q)の青学大の得点は10点、第4Qは12点。当時の青学大からすれば信じられないほど得点が伸びなかった理由は、勝負どころであればあるほど頼りになるエースが、東海大に徹底的に守られ、ボールを持つことすらままならなかったからだ。

タイムアップのブザーが鳴った。ドラマのようなアップセットを果たした東海大の選手たちは皆、顔をぐしゃぐしゃにして泣いていた。青学大の選手たちも悔し涙に暮れた。

比江島は泣かなかった。というより泣けなかった。「終わった瞬間は『あー終わったー』っていうくらいで、何の感情もなかったです」。高校1年生から6年間、シーズンのラストゲームでほぼ勝利を収め、飽きるほどのタイトルと称賛を手にしてきた男の心は、“負けたら悔しい”というごく当たり前の感情を湧き起こすことすら忘れていた。

勝ち続けてきたゆえに、負けて悔しいという感情さえ、すぐには湧いてこなかった(写真提供・BOJ)

ケアやミーティング、取材対応を終えると、チームはある場所に移動した。優勝報告会をするはずだったそこで、比江島は長谷川氏に言葉をかけられた。

「お前にずっと勝たせてもらっていたのに、最後だけ勝たせてやれなくてごめんな」

止まっていた心の歯車がようやく動き出し、比江島は後悔に震えた。

「負けたままで終わるのはダメだ」の言葉で奮起

比江島の青学大バスケ部としてのキャリアは、インカレ後にもう少し続く。年明けの天皇杯。インカレベスト8以上の大学に与えられた推薦枠を使って青学大はこれに挑み、社会人チームを破ってベスト16に進出。準々決勝の相手は、外国籍センターを擁するプロチームのレバンガ北海道だった。

「長谷川さんが目標にしていた大会ではあったんですが、試合が始まるまで、僕のモチベーションは正直そんなに上がらなかったんです。ただ、試合前に呼ばれて言われたんですよ。『お前が負けたままで終わるのはダメだ。お前はこんなところで終わる選手じゃない。最後はお前の実力を証明してこい』みたいなことを。そこでスイッチがバンって入りました」

「最後に負けるのはダサい」。勝ち続けたキャリアの中で生まれた美学を背負い、比江島は、スロースターターぶりを怒られ続けた選手とは思えないほど、序盤からスパークした。28得点9リバウンド11アシストという驚異的なスタッツで、同部初となるJBL(当時のトップリーグ)チーム撃破と大会ベスト8入りを果たし、続くトヨタ自動車アルバルク(現アルバルク東京)戦も、破れはしたが両チーム最多の26得点。不完全燃焼に終わったインカレから挽回し、自身が持つポテンシャルをフルに発揮して、比江島は青学大バスケ部を引退した。王者らしい、見事な幕引きだった。

「成長するチャンスを生かしてほしい」

プロになってからも順調に活躍を続け、ここ数年では海外挑戦や代表活動を通して、キャリアで初めてとも言える挫折も経験した。そして現在30歳。プロバスケットボール選手として中堅に差し掛かった今も、比江島のポテンシャルは尽きるどころか、むしろより多くの伸びしろを感じさせる。

プロになり、挫折も経験し、それでも今はただひたすら前に進む(写真提供・B.LEAGUE)

所属する宇都宮ブレックスは、現在Bリーグ東地区1位(2021年4月9日現在)。学生以来遠ざかっている優勝に向けて静かに闘志を燃やす比江島に、インタビューの締めくくりとして現役学生に向けたメッセージを送ってもらった。

「次のステップに行く選手もいれば、競技生活に一区切りをつける選手もいるのが大学バスケ。そういう中でプレーしているということは全員に忘れないでほしいですね。また、どちらの道を選ぶにせよ、大学を卒業したら社会に出て、いろんな大変さを知っていくことになるわけですから、最後の青春を楽しんでほしいとも思います。プロを目指す選手はそれを楽しみながら、1分1秒を惜しむように成長するチャンスを生かしてほしいです」

プロが語る4years.

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