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連載:4years.のつづき

強豪・川崎の「変革」を担う名参謀 川崎ブレイブサンダース勝久ジェフリー1

4years.のつづき
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勝久さんは2019-20シーズンより、川崎ブレイブサンダースのアシスタントコーチとして活躍している(写真提供:川崎ブレイブサンダース)

連載「4years.のつづき」から、2019-20シーズン、男子プロバスケットボールのBリーグ「川崎ブレイブサンダース」のアシスタントコーチ(AC)に就任した勝久ジェフリーさん(38)です。5回の連載の初回は、川崎のACとしてチームを支えるいまについてです。

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ハートが伝わるチームでコーチができるワクワク感

Bリーグ初年度にあたる16-17シーズンは準優勝、昨季はベスト8という成績に終わった川崎ブレイブサンダースは今季、チームの改革に乗り出した。昨季までACを務めていた佐藤賢次さんがヘッドコーチ(HC)となり、「伝統と変革」を標榜。これまで生え抜きの選手がほとんどだったチームに、大塚裕土と熊谷尚也という移籍組を加え、スタッフ陣も大きく入れ替わった。

特筆すべきはACの人選だ。佐藤HCを支える勝久さんと穂坂健祐さんの両ACは、二人ともが昨季、B1クラブでHCを務めていた人材。このような体制を敷くクラブはBリーグ内でも稀有だ。

佐藤HCは以前、彼らの起用についてこう話していた。

「私がHCとして指揮をとったのは、17年、18年の「Bリーグアーリーカップ」の2試合と、前HC(北卓也さん、現・ゼネラルマネージャー)が出場停止となった1試合のみ。HCとしての経験不足は絶対に自分の弱みだと思ったので、それを補うために『HC経験を持つ人がほしいとゼネラルマネージャーに頼みました」

勝久さんは数チームでのAC経験を経て、15年に岩手ビッグブルズのHCに就任。17年と18年にはサンロッカーズ渋谷でHCを務めている。シーズン途中での解任を経た後も、勝久さんの元には複数のチームからHCのオファーが届いたが、最終的には川崎でACを務めることを選んだ。その理由について尋ねると、勝久さんは少し考えたのちに「日本のトップレベルでコーチができることが決め手でした」と答えた。

川崎は前身の東芝バスケットボール部時代から70年の歴史を持ち、その間に7度の日本一を達成している名門クラブ。勝久さんはライバルチームのコーチとして彼らと接する度に、その伝統の深さや選手たちの粒ぞろいの質を感じていたという。「何より、ハート。本当に気持ちが伝わるプレーを何度も目の当たりにして、相手チームながら素晴らしいと感じていました。そこに自分が入って一緒に戦えるというチャンスをいただいたときは、すごくワクワクしました」と話す勝久さんの心には、「ACへの降格」というネガティブな感情は一切なかった。

川崎の「三本の矢」は時間を惜しまない

プロクラブのACの仕事は、非常に多岐にわたる。練習中はHCのチームコンセプトを浸透させることにフォーカスし、選手たちにアドバイスを与え、自主練習に付き合う。アメリカ人の母を持ち、海外生活の長い勝久さんにはさらに、オンコート(練習や試合に関わる領域)における通訳という仕事も任せられている。選手たちが体育館から出た後は、体育館併設のスタッフルームで、映像を見ながら次の試合の対策。日本代表チームのサポートスタッフとして合宿に参加することも多かったため、川崎市に越してきて以来、家族と街を楽しむ機会がほとんどない。

勝久さんにはACになるにあたって、唯一心残りだったことがあった。自らの意思決定でチームを作り上げるという、HCならではの喜びが味わえないことだ。しかし三位一体のコーチング体制を目指す佐藤HCの下では、AC陣にも様々な裁量が与えられるというサプライズがあった。

「我々から賢次さんに『コンセプトを浸透させるために、こういうことをやってみてはどうでしょうか?』とフィードバックすることも仕事の一つですし、練習メニューや選手のワークアウトの一部もACに任せられています。シーズン前にチームコンセプトを決める際にも意見を求めてくださり、実際にそれをコンセプトに組み込んでくれました」

今季からHCになった佐藤さん(左)にとっても、勝久さんは新チームにとって欠かせない存在だ(写真提供:川崎ブレイブサンダース)

ワークアウトが終わると佐藤HCと勝久AC、穂坂ACの3人は、それぞれの業務にあたりながらバスケ談義に花を咲かせるそうだ。時間にして2時間から3時間ほど。これが毎日のように、ごく当たり前に行われているというので驚いた。

佐藤HCがうれしそうな表情で話してくれたことが忘れられない。

「(勝久AC、穂坂ACの)2人とも、いろんなチームでコーチングを経験しているので、僕が知らなかったようなアイディアが出てくるのが楽しくて仕方がない。バスケの話をしていたら時間を忘れて、次の予定に遅れちゃうくらい。それくらい話し合って、楽しんでいます」

柔軟な意思決定を備えた指揮官と、経験豊富な参謀たちの活躍により、今季の川崎は昨季とはまた異なったチーム力を発揮していた。1月の天皇杯では、けがやインフルエンザで主力を複数欠く非常事態にも関わらず、準優勝という成績を収めている。3月27日、今季のBリーグは新型コロナウイルスの流行を受け、全日程の中止が決定。クラブは悲願のリーグ制覇を成し遂げることができなかったが、川崎の「三本の矢」は、来季こその頂点を見据え、早速準備を始めている。

学生時代のバスケの実績はほぼゼロ

ところでみなさんは、プロのバスケットボールコーチになる方法をどのようにイメージされるだろうか。Bリーグで活躍する日本人コーチのほとんどが、大学のバスケットボール部で選手やスタッフを経験しているのに対し、勝久さんの大学におけるバスケットボールのキャリアは、サークルのプレーのみ。卒業後は、障害を持つ子供の補助の仕事の傍ら、ボランティアで母校の中学生を指導していた。

学生時代のバスケットボールにおける実績は、控えめに言ってもほぼゼロ。そこからトップリーグで活躍するコーチになるまで、自らを探し求め続けてきた勝久さんだからこその歩みがあった。

好奇心を育んだ大学時代があったから 川崎ブレイブサンダース勝久ジェフリー2

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