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連載:4years.のつづき

熱きバスケットマンの新たな挑戦 仙台89ERS GM志村雄彦・1

志村さんは昨夏で現役を引退し、GMとして仙台89ERSを支えている

大学生アスリートは4年間でさまざまな経験をする。競技に強く打ち込み、深くのめり込むほど、得られるものも多いだろう。学生時代に名をはせた先輩たちは、4年間でどんな経験をして、社会でどう生かしているのか。「4years.のつづき」を聞いてみよう。シリーズ6人目は昨夏、バスケットボールのBリーグ2部(B2)に所属する仙台89ERS(エイティナイナーズ)のゼネラルマネージャー(GM)に就任した志村雄彦(たけひこ)さん(36)。1回目はGMになるまでの話です。

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小さな体で高校、大学と日本一

仙台89ERSのホームアリーナ。試合開始を待つ会場内を、チームカラーの黄色のパーカーを着たスタッフたちが忙しそうに動き回る。今回の主人公である黒縁のメガネをかけたごくごく小柄な男性も、その中にいた。その青年はクラブにとってとても重要な人間なのだが、バスケ通でなければ、その事実に気づくのは難しいかもしれない。

彼の名は志村雄彦、36歳。身長160cmの小さな体で仙台市立仙台高校、慶應義塾大学を日本一に導き、東芝(現川崎ブレイブサンダース)を経て2008年に89ERSに加入。闘志がほとばしるようなプレーと人懐っこい振る舞いでファンの心をつかんだ“ミスター89ERS”は、加入10年を迎えた昨シーズンをもって現役引退し、クラブのGMに就任した。

営業、総務、広報などを含むクラブの全部門を統括する社長に対し、GMは選手、ヘッドコーチなど、プレーに関わる人々のトップに立つ役職だ。有能なGMを中心に、弱小貧乏球団から強豪へと成り上がったMLB球団を描いた『マネー・ボール』という書籍が00年代初頭に話題となり、日本のスポーツ界でもGMが注目されるようになった。

目指すは5年後のB1優勝

GMの大きな役割の一つは、チームのスタイルやテーマを設定し、それにマッチする選手やヘッドコーチを集めること。89ERSの昨シーズンの「トップチーム人件費(選手とヘッドコーチ、チームスタッフに関わる人件費)」は1.17億円。B2の8クラブのうち6番目だった予算規模に、今シーズンも大きな増減はないという。決して潤沢でない予算の中で、いかにチームを強くしていくか。それが志村さんの新たな挑戦だ。

「これまで日本のプロバスケ界のスタンダードは、予算が潤沢にあっていい人材を獲得しやすいクラブが勝つというもの。僕たちは、いままでバスケ界では当たり前ではなかったアプローチで『89ERSは他のクラブと違う』ということを見せ、5年後のB1優勝を目指します」

たとえば、専門のスキルコーチによるワークアウト。格闘家との合同トレーニングには、「異業種とのコミュニケーションから新たな気づきを得てほしい」との狙いがあった。チームスタッフ、フロントスタッフ、選手全員での一泊旅行も企画。レクリエーションなどをまじえて同じ時間をすごし、チームビルディングをはかった。

条件という面では現状、ほかのクラブに勝てないかもしれない。しかし、さまざまなアプローチによって、選手たちに「このクラブにいれば成長できる」と実感してもらいたい。志村さんは元選手ならではの視点を生かし、クラブの強みをつくり出そうとしている。

高校の先輩の言葉で引退決意

現役時代、いやもっと前か。それこそNBAに熱中した幼少期から、志村さんは「いつかはチームの編成に携わってみたい」という思いを持っていたという。

現役時代の志村さんはポイントガードとして、主将として、チームを引っ張ってきた (撮影・岩井琢水)

当然のことだが、一生現役生活を続けられるトップアスリートはいない。志村さん自身も30歳を超えると、「チームに契約の意思があるなら続けるし、なければやめる。いつクビになっても納得できるシーズンをすごそう」との思いが強まっていったという。そんな18年の初め、同年7月から社長に就任することになる渡辺太郎氏から、「89ERSを強くしてほしい」とオファーを受け、ユニフォームを脱ぐ決断をした。

渡辺はプロ野球の東北楽天ゴールデンイーグルスの立ち上げメンバーで、営業、マーチャンダイジングなどさまざまな業務を担当した人物。てっきり野球畑の人間かと思いきや、実は市立仙台高校バスケ部出身で、志村にとっては3学年上の先輩にあたる。

「正直、太郎さんからの話がなければ、まだ現役を続けてたと思います。ただ、どこかで次のステップに行かなければならないのは分かってたので、信頼している方に求められて再スタートできるのは、すごく幸せなチャンスだと感じ、決めました」

過去は振り返らず、いまのために全力を

18-19年シーズンの編成業務は、選手としての活動と並行してこなした。練習や試合の合間を見て選手の調査をし、引退ゲームの3日後には、新たに迎え入れるヘッドコーチとの交渉のために大阪へ。「引退の余韻に浸る時間は、まったくなかったですね」と笑う。シーズンインが近づき、編成業務がひと段落すると、営業や広報の業務も担当。週に1、2度は練習に顔を出し、遠征にも必ず帯同している。

体育館でボールを触る機会は、いまはほとんどない。ゴムまりのように盛り上がっていた上半身の筋肉も、ずいぶん小さくなった印象だ。「そもそも、あまりバスケがしたいと思わない」「ボールを持ってない自分に違和感はまったくない」と、ごく当たり前のように話す“GM”の姿と、熱く仲間を鼓舞して戦い続けた“バスケットマン”の姿の乖離具合に少し戸惑った。しかし、よくよく考えたてみると納得した。

過去は振り返らない。常に前を向き、いまのために全力を尽くす。その小さな体から生み出されるビッグプレーで多くのファンを惹きつけた男のスタンスは、何ら変わっていないということなのだろう。

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