野球

連載:4years.のつづき

もう、クールダウンも必要ない 志村亮・1

元慶應義塾大の投手・志村亮さんが、あの時代に思いを巡らす

大学生アスリートは4年間でさまざまな経験をする。競技に強く打ち込み、深くのめり込むほど、得られるものも多い。学生時代に名を馳(は)せた先輩たちは、4年間でどんな経験をして、それらを社会でどう生かしているのだろう。「4years.のつづき」を聞いてみよう。

第1回は桐蔭学園高~慶應義塾大というアマチュア球界のエリートコースを歩み、ドラフト指名確実と言われながらサラリーマンとなった左投手の物語です。

現役の学生に対する歯がゆさ

神宮外苑のいちょう並木もそろそろ色づき始めた。10月27日には神宮球場で東京六大学野球の「早慶戦」が始まった。1903年に創部したばかりの早稲田大学の野球部が、当時すでに高い実力を誇っていた慶應義塾大学の野球部に挑戦状を送って始まった伝統の一戦。今年で115年目を迎えた。今シーズンはリーグ優勝のかかる一戦ともなり、志村亮(52)はテレビ解説に招かれ、神宮にやってきた。

 現在の肩書は、「三井不動産リアルティ ソリューション事業本部部長」。かつての「KEIO」のユニホーム姿と同様に、スーツの着こなしも実にスマートだ。神宮のマウンドで31勝17敗。53イニング連続無失点という、いまも破られぬ六大学記録を持つ。

いまの学生を語る時、自身の現役時代と比べ、多少のはがゆさを感じている。「ぼくらの頃より体格はいいし、スイングスピードも速い。ピッチャーの投げる球も速くなった。パワー野球を見せるだけの素材はあるし、レベルは上がってるけど」と言って少し間を置いた。「なんか面白みが伝わってこないようなところがありますよね。あれだけ体格がよくて、遠くに飛ばす能力があって、球が速いんだったら、もっとアグレッシブなプレーができるんじゃないか、というのはあります。日本のプロ野球を通り越して、大リーグのようなプレーもできるんじゃないかと」

現役生たちの情報収集と分析能力には驚かせられるという。スマホやパソコンで投球フォームや打撃フォームの分析、解析を行い、相手チームのデータもすべて数値化する。そういうものに対する感覚はすごく敏感で熱心なのだが、野球そのものに対する取り組みがおろそかになっているのではないか、と危惧してもいる。

 「選手同士の駆け引きとか。試合の中での強弱のつけ方なんかですよね。そんなことをもっと突き詰めてほしいと思うことがあります」。相手の打ち気をそらす投球術、走者の逆をつくけん制、相手チームにスキを見せないポーカーフェイス。志村自身が得意だった、そういったものの大切さを改めて感じてほしいと願っている。

志村さんの現在の肩書は、「三井不動産リアルティ ソリューション事業本部部長」

プロへの気持ちは本当になかった

  「人生100年時代」と言われ、人々の働き方も多様になってきた。もはや「生涯一企業」なんていう考えは薄れつつある。とはいえ、学生から社会人へ踏み出す時期は、大事な人生の第2ステージの幕開けであることに変わりはない。ここで、誰もが大きな決断を迫られるのだ。

「決めたのは、4年生になった春のシーズン前くらいですかね」と、志村は30年前を振り返ってこう言った。プロには行かない、という決心だった。

横浜市の桐蔭学園高時代、2年生の春、3年生の夏と2度の甲子園出場を果たした。「クレバーな左投手」として、プロからも注目を集めていた。慶大に進んでからは、1年生春の立教大2回戦でデビュー。東京六大学では56年ぶり(当時)となる新人としての初登板初勝利を完封で飾った。その後もリーグ優勝2度、全日本大学選手権制覇も経験。1988年秋のプロ野球ドラフト会議の目玉として各球団からマークされていた。

実際に当時の前田祐吉監督(故人)を通じて接触してきたのは、志村の記憶によると、6、7球団だったという。それでも最後まで、春の時点での決心がブレることはなかった。「少しでもプロへの気持ちはなかったのかとよく聞かれますけど、本当になかったですね。球団側から何かを言われたらとか、どういうふうになったら行こうとかいう話じゃないから。条件なんかも別にないですし。自分の気持ちは早くから固まってましたので」

’86東京六大学野球春季リーグ戦 慶大ー明大3回戦。志村投手は明大を1点に抑え、連続完投勝ちで通算10勝目をあげた

 注目を浴びた1988年の秋。志村にとっては大学最後のシーズンだ。「優勝できなかったことが、ほんと心残りではありましたけど、自分自身のピッチングという意味では集大成というか、納得のいく感じはありました」。最後のカードとなる早慶戦で、志村は「完全燃焼」という4文字をグラブに縫い付けて試合に臨んでいた。そんなことは初めてだった。

1勝1敗で迎えた3回戦。2-0のリードで9回のマウンドへ。ツーアウト、ランナーなし。バッターは早大の芦川。ツーストライクと追い込んで、志村は捕手の大久保秀昭(現慶大監督)のサインを遮って、渾身のストレートを投げ込んだ。「最後はまっすぐで三振を取りたかったんですけど、結果的には少し甘く入って、すごくいい当たりのショートゴロでした」と笑う。

試合終了のあいさつを終え、大久保が「志村さん、キャッチボールしましょう」と声をかける。クールダウンのためのルーティーンだが、志村は左手を左右に振った。「ありがとう。でももう投げないから、いいや」。柔らかい口調で、志村は大久保に言った。

11月24日、東京・九段のホテルグランドパレスで開かれたドラフト会議。志村を指名した球団は、1球団もなかった。

大学4年秋のシーズン、試合後に仲間と握手(中央)

●慶応大学野球部の元エース、志村亮さんの「4years.のつづき」全記事 

1.もう、クールダウンも必要ない 2.後悔はまったくない 3.野球は生涯の友 4.神宮球場へ行こう取材後記 ドッジボールと牽制~志村亮さんを取材して

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