野球

連載:4years.のつづき

後悔はまったくない 志村亮・2

後悔はまったくない 志村亮・2
さっそうと霞ケ関界隈を歩く志村さん (撮影・松嵜未来)

大学生アスリートは4年間でさまざまな経験をする。競技に強く打ち込み、深くのめり込むほど、得られるものも多い。学生時代に名を馳(は)せた先輩たちは、4年間でどんな経験をして、それらを社会でどう生かしているのだろう。「4years.のつづき」を聞いてみよう。桐蔭学園高~慶應義塾大というアマチュア球界のエリートコースを歩み、ドラフト指名確実と言われながらサラリーマンとなった志村亮さんの物語2回目です。

「プロへは行かない」22歳の決意

慶大4年の早い段階から「プロへは行かない」と語っていた志村。1988年秋のプロ野球ドラフト会議で指名を受けることはなかった。もし指名を受けていたとしたら?

「行かなかったと思いますよ」。30年が経ったいま、豪快に笑い飛ばした。

プロ入りを拒否した理由はなんだったのか。「それはいろいろとあったんですけど……」。スカウトから即戦力の評価を受けていても果たして一軍で活躍できるのかどうか、ケガはしないだろうか、どのくらい現役を続けられるのか、引退後の世界はどうなっているのだろうか。22歳の心には、さまざまな思いが交錯したのだろう。

「小学3年のときから野球を続けてきましたけど、どこかでやめなければならない。たとえプロで活躍できたとしても、いつかは引退する。それが10年先か15年先か。昌さんみたいに50歳までやれるかもしれないですけどね」。昌さんとは、同じ神奈川県出身でプロ通算219勝を挙げ、史上初めて50歳まで現役を続けた中日ドラゴンズの元エース、山本昌さんのことだ。

慶應時代の志村は、すでに自分の引き際についても考えていた。「尻すぼみの感じでやめるのは寂しいよなあ、と。それに、やめるときに野球をちょっとでも嫌いになってたりしたら、余計に寂しいだろうな、と。そんなことを、ふと思ったりしてました」

そんな思いを巡らすうちに、「いま、やめるのもいいかな、と。学生から社会人に入る大きな区切りの時期だし、いまやめる分に未練も一切ない」という境地に至ったという。やり残しがあったとか、野球に対して後悔があったとか、そんなことはまったくなかった。むしろ、「自分自身の野球観に対する満足感、納得感がかなりありました」と振り返る。

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大学4年時の日米大学野球。そうそうたるメンバーが並ぶ(写真:本人提供)

十分な実績を積み上げ、後悔なき引退へ

中学は公立校の軟式野球部にいた志村。初めて厳しさをたたき込まれたのは、高校時代だ。1971年夏の甲子園で全国制覇を果たした桐蔭学園(神奈川)に進学したが、志村を待っていたのは「想像以上の厳しさ」だったという。入学当初の監督は、桐蔭学園を甲子園初出場初優勝に導いた木本芳雄さん。1年の途中からは、全国制覇時の4番・キャッチャーだった土屋恵三郎監督だ。「木本イズム」は色濃く受け継がれていた。「選手は水を飲んではダメという時代でしたから、体力的にもキツかった。上下関係も厳しくて……」。練習の一つひとつから押し寄せる極度の緊張感と、常に闘っていた。そんな中で2度の甲子園出場を果たした。2年春の選抜では1回戦で敗れたが、志村がエースとして出場した3年夏の選手権大会では、チームを3回戦へと導いた。

慶應では1年の春からベンチに入った。デビュー戦は開幕カードの立教大2回戦。先発して、被安打2の無四球完封勝利。これ以上ない出だしとなった。1年の春に開幕カードで完封をなしとげたのは、六大学史上56年ぶりのことだった。1年の秋には5勝を挙げ、慶大の完全優勝に大きく貢献。3年春には7勝をマークし、自身2度目のリーグ優勝を経験した。それぞれのリーグ優勝後に進んだ全国大会でも、エースとして慶應を優勝に導く。日本一のタイトルを2度も手にした。そして4年時はリーグ優勝こそ逃したものの、春の早大戦から秋の立大戦にかけて、リーグ記録を58年ぶりに更新する5試合連続の完封。さらに次の法政大戦の6回まで無失点を続け、53イニング連続無失点というリーグ記録を樹立した。これはいまも破られていない。「非常にいい結果で大学4年間を過ごすことができました。最後に記録を作ることもできましたし。それなら、ここでスパッとやめたほうがいいんじゃないか」。”引退”へと自分の背中を押すのに十分な実績を積み上げた。

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大学4年時に達成した53イニング連続無失点のリーグ記録は、今も破られていない(写真:本人提供)

プロ入りを拒否したことについて、ひとつだけ心配があった。「これまでお世話になった人たちから、つまはじきにされるんじゃないかと思ったんです」。志村のもとには慶應ファンはもちろん、野球関係者や友人らからも「野球を続けてほしい」という声が届いていた。そんな人たちをがっかりさせてしまうのではないか、という申し訳なさがあった。「みんなにそっぽをむかれるんじゃないか」と思い込んでいた時期もあった。それは杞憂だった。「あそこで野球をやめましたけど、野球界全般の人たちと良好なお付き合いを続けさせてもらってるので、それは本当にうれしいですし、ありがたいです」

あのドラフトから30年、いま一度志村に尋ねてみた。

プロへ行かなかったことに後悔したことはありませんか?

「まったく。一回もないですね」。すがすがしい表情で即答した。

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サラリーマンを選んだことに後悔はない、と言い切る志村さん (撮影・松嵜未来)

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