応援

連載:私の4years.

神宮での雄姿にあこがれて 前澤智 1

神宮での雄姿にあこがれて 前澤智 1
あこがれていた学ランに身を包んだ早大1年の前澤さん

全国には20万人の大学生アスリートがいます。彼ら、彼女らは周りで支えてくれる人と力を合わせ、思い思いの努力を重ねています。人知れずそんな4年間をすごした方々に当時を振り返っていただく「私の4years.」。第1シリーズは、元早稲田大学応援部主務の前澤智さん(48)の青春を10回に渡ってお届けします。

高校時代の借りを返す第一歩

「学ラン姿で神宮球場の応援席の舞台に立ちたい」

応援部へのあこがれを胸に浪人生時代を耐え、私は第1志望の早稲田大学合格を果たした。1990年4月、生まれ育った名古屋から上京した私は入学式を終えると、さっそく応援部の門を叩くつもりだった。

高校時代に野球部を途中で辞めた後悔や、同級生の女性への片思いが片思いで終わった無念さから、私には「大学の体育会で一旗揚げたい」という気持ちがあった。応援部への思いを知っていた親戚が浪人中の私を励ますために、VHSのビデオテープを1本送ってきてくれた。再生すると、大学の応援部員が神宮球場で学生をリードする姿が映し出された。「厳しい世界みたいだけど、カッコいい」と、私は感動を覚えた。それ以来、応援部に入ることが、パッとしなかった高校時代の借りを返す第一歩だと信じ込んできた。

先輩の優しい声かけで決意

早稲田のキャンパスは、新入生歓迎の華やいだ雰囲気に包まれていた。そこに応援部の出店(でみせ)もあった。胸が高ぶる一方で、「本当に大丈夫なのか?」という不安が急に頭をもたげてきた。何せ、応援部の出店には硬派そのものの学生服姿がズラリ。彼らは周りから完全に浮いていた。私は周りをウロウロしたり、テニスサークルの説明を聞いたり。まさに優柔不断な新入生だった。そのうちに、応援部のデモンストレーションが始まった。ビデオで見ていた雄姿が、目の前にあった。

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前澤さんが入学した1990年春の早慶戦(神宮球場)。ここで応援をリードするまでには苦難の日々が待っていた

たくさんの学生が集まり、注目している。最前列の中央で指揮をとる4年生と思われる人や、華やかなチアリーダーの姿が目に飛び込んできた。後に気付くのだが、後列にいて、鬼の形相で拍手を繰り返す地味な下級生の存在は、いっさい目に入ってこなかった。

応援歌の紹介の合間に、司会の上級生が部室の電話番号を「さあ、にいさん、やろうよ応援部」と語呂合わせで紹介した。集まった新入生たちがドッと笑う。一気に不安が和らいだ。

一度は入部をためらってみたが、実際問題として当時の私に選択肢はなかった。ここまで来て入部しなければ一生の後悔になる。デモンストレーションの後、思いきって応援部の出店へ。接してくれた学ラン姿の先輩は顔は怖かったが、「君と同じ初心者ばかりだから、大丈夫だよ。一緒に頑張ろう」と、優しく語りかけてくれた。応援部には学ラン姿の「リーダー部員」のほかに、チアリーダーや吹奏楽団の部員もいて、女性もいる。女性の先輩たちからも、輪をかけて優しく声をかけられた。「これなら大丈夫だ」。そう自分に言い聞かせて、「よろしくお願いします」と入部の決意を伝えた。

昼食をごちそうしてもらい、学内を案内してもらった後、部室に連れて行かれた。出店で使っていた機材をリアカーに載せ、背の低い学ラン姿の男性が運んできた。後に分かったのだが、彼は一足先に入部した1年生だった。「失礼します、○○入ります!!」と絶叫し、部室に入っていった。ビデオにはなかったシーンを見て、私は少々たじろいだ。華やかな上級生の姿しか見えていなかった私はまもなく、下級生の厳しい現実を知ることになる。

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