大学バスケ

連載:4years.のつづき

好奇心を育んだ大学時代があったから 川崎ブレイブサンダース勝久ジェフリー2

4years.のつづき
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勝久さんは20歳を過ぎるまで、明確な職種や職業を描いたことがないという(写真提供:川崎ブレイブサンダース)

連載「4years.のつづき」から、2019-20シーズン、男子プロバスケットボールのBリーグ「川崎ブレイブサンダース」のアシスタントコーチ(AC)に就任した勝久ジェフリーさん(38)です。5回の連載の2回目は、米国・サンタクララ大学時代に得たものについてです。

強豪・川崎の「変革」を担う名参謀 川崎ブレイブサンダース勝久ジェフリー1

原点は「人のために何かをしたい」

勝久さんはACとして、佐藤賢次ヘッドコーチ(HC)の目指すスタイルをチームに浸透させるべく、コート内外で奮闘。チームの中地区優勝に大きく貢献した(Bリーグは新型コロナウイルスの影響により、2019-20シーズンの残りの全日程を中止。3月27日時点での勝率で順位を決定している)。

勝久さんがACとして大切にしているのは、HCの媒介者であろうとする意識だ。「いまチームに何が必要なのか。HCが今日の練習で何を一番大切にしたいのか……。そういうものを読み取った上で、一つひとつの発言や行動に意図を持たせることを意識しています」。通訳の際には、HCの言葉だけでなく声のトーンやジェスチャーまでトレース。「HCが怒るときは一緒に怒って、冷静な時は冷静に話す。HCは細部にまで言葉を選び、発言していますから、そのすべてをきちんと伝えなければいけないと思っています」

誠実に役割をまっとうする勝久さんは、選手たちからの信頼も厚い。2016-17シーズンにサンロッカーズ渋谷に在籍していた大塚裕土(現・川崎)は、出場機会に恵まれなかった当時、同チームACだった勝久さんとの自主練習があったから、腐ることなくモチベーションを保ち続けられたと振り返っている。千葉ジェッツのラシードファラーズも、勝久さんを「恩人」と話す一人。昨夏参加したB代表の強化合宿中、ラシードは夕食後の自主練習を日課としていた。サポートスタッフとしてこの合宿に参加していた勝久さんは、ラシードの自主練習に毎晩付き合った。その日の全体練習の映像を最初から最後まで見返しながら課題をピックアップし、それを解決するためのスキルを指導してくれた、とラシードは感激した様子で話してくれた。

HCの思いを媒介することも、選手の自主練習に付き合うことも、平たく言えばACにとっての業務の一環だ。しかし勝久さんの行動からは、ビジネスを超越した“愛情”のようなものを感じずにはいられない。

「僕がバスケットボールのコーチを志した原点は、『人のために何かをしたい』という思いでした。僕には恩師と呼べるコーチが3人いて、それぞれが情熱をもって自分と向き合ってくれたことが、人生にすごく大きな影響を与えてくれました。この経験から、大好きなバスケットボールでそれを実現するために、コーチになろうと思ったんです」

「献身的なサポートをする理由は何なのですか?」。このような問いに対する、勝久さんの回答だ。

「大好きなものを見つけなさい」という親の言葉を胸に

日本人の父とアメリカ人の母のもとに生まれた勝久さんは、省庁に勤めていた父の仕事の都合で、様々な国を渡り歩きながら育った。インドネシア、日本、イタリア、アメリカ……。9歳から16歳までは東京のインターナショナルスクールで学び、高校からはアメリカで過ごしている。「人の話をきちんと聞き、お互いを尊重しながらコミュニケーションを取れるのは、海外生活が長かったことの強み」とは本人の談。様々な文化や価値観と触れ合った経験は、勝久さんに他者に対するリスペクトの心を備えさせた。

バスケに出会ったのは10歳のころ。瞬く間に虜になり、インターナショナルスクールでもクラブに入ったが、「バスケットボール選手になりたい」という夢は抱かなかった。「すでにコーチを見すえていたのだろうか」と推測される方もいると思うが、これも違う。勝久さんは20歳を過ぎるまで、具体的になりたい職業を考えたことがないというのだ。その代わり、勝久さんは別のことにフォーカスしながら大人になっていった。すなわち、胸を張って大好きだと言えるものを見つけることだ。

種明かしになってしまうが、30歳で初めてプロコーチに就任するまでの勝久さんの道のりは、この“好きなもの”を探す長い旅だ。「先のことは考えず、まずは大好きなものを見つけなさい」という両親の教えのもとで育った勝久さんが高校卒業後の進路として選んだのは、カリフォルニア州にあるサンタクララ大学。明確な専門分野を設けず、興味・関心に応じて様々なことを学べる「リベラルアーツ教育」で知られる大学だ。

「『これを勉強したいならここにいく』って学校もたくさんありました。サンタクララは『ただ勉強したい』『いろんな経験をしたい』という純粋な好奇心を満たして、卒業後にその知識を人のために生かすというマインドを育ててくれる大学でした」

様々な価値観を知り、様々な興味を追求し、我が道を得た

自由な学びが得られるサンタクララ大学で、勝久さんは様々な好奇心を満たしていった。天文学、ギリシア哲学、シェイクスピア……。3年生になってからは主専攻をフランス語、副専攻を人類学とし、フランスへの短期留学も経験。週6日のバスケサークルの活動に熱中しつつも、ピアノのレッスン、発掘調査のアルバイト、合唱団への参加など、課外活動も非常に活発だった。

勝久さん(右)は米国・サンタクララ大学時代、バスケ以外にも様々な学問に興味を持ち、学びを得た(写真は本人提供)

「全然まとまりがないですね」と笑う“好きなもの探し”の過程は、現在の勝久さんにとって大きな強みとなっている。「僕の持論は『コーチは自分をよく知るべき』。選手は、コーチが信念を語っているかどうかをすぐに見抜きますから、心からの思いを伝えないとついてきません」。様々な国の価値観を知り、様々な興味を追求した勝久さんは、「自分は何者か」という問いと向き合い、少しずつその答えを出してきた。探索は大学卒業後、いや、いまもまだ続いている。「『僕はこれが好きなんだ』という気づきが、目の前の道を一つひとつ切り開いてくれた。親にはすごく感謝しています」

小さなころから一つの興味をとことん追求し、それを仕事やライフワークとする人がいる。これまでの取材活動を顧みても、アスリートや指導者にはこのようなタイプが多い印象がある。一方で勝久さんや、以前紹介させていただいた陸川章さん(東海大バスケ部HC)佐々木クリスさん(バスケットボールアナリスト)のように、色々な試行錯誤を経た末に見つけた“好き”を持つ人には、ぶれることのない強さを感じる。

大学を就職のための準備期間ととらえ、急ごしらえで仕立てた「未来」のために生きてみるのもいい。しかし、勝久さんのように「いま」を見つめ、自分自身を探しながら過ごす時間も、人生において尊いものであることは間違いないだろう。

“好きなもの探し”で思いはバスケと日本へ 川崎ブレイブサンダース勝久ジェフリー3

4years.のつづき

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