野球

連載:4years.のつづき

苦しんだ経験を活かし、選手が楽にプレーできるように助けたい 今浪隆博4完

自分がプロのときに苦しんだからこそ、同じような人を救いたいといいます(2015年のCS最終ステージ第3戦、撮影・角野貴之)

今浪隆博さん(35)の「4years.のつづき」4回目です。京都の強豪・平安高校から明治大学に進みドラフト7位で日本ハムファイターズに入団、その後ヤクルトスワローズに移籍しプロで11年プレーした今浪さん。4回連載の最終回は、人に恵まれてきた今浪さんがいま目指すものについてです。取材・執筆は野球応援団長の笠川真一朗さんが担当しました。

人に恵まれた野球人生だからこそ、次は自分が助けたい

プロになる夢を諦めたところからプロ野球の世界に足を踏み入れ、1年で終わると思っていたプロ野球生活が気づけば11年間。こんな現実が本当に起きているといまだに信じ難いのですが、それを実現したのが目の前にいる今浪さんでした。「プロになるという夢はかなえたけど、次の明確な目標を立てられなかった。目標設定が曖昧で、それは一番良くなかったと思う。でも後悔はしてない。とにかく運が良かったし、人に恵まれた。それはすごく感謝してる」と語ります

引退後に今浪さんがたどり着いた職業は、スポーツメンタルコーチでした。「引退して『自分がなぜ苦しんでしまったのか』をまず自分なりに勉強したくて。それがこの仕事に就くキッカケになった。本当はプロ野球のコーチをしたかったけど声はかからなかった。そして勉強しているうちに『だったら自分がコーチになればいい!』と思ってスポーツメンタルコーチを始めることにした」。自らを苦しめた原因を勉強して知っていく過程で、次の道を決められたそうです。

「出会えなかった」自分の経験を糧にして

「自分が病気になったとき、すごく助けてほしかった。色んな専門家に会いに行ったりもした。楽になれるためならどこにでも足を運んだ。でも僕は助けてくれる人に出会うことができなかった。もちろん自分にも責任があるのはわかってる」。この言葉に今浪さんの人柄があふれ出ていました。「出会いがなかった」のではなくて、「出会うことができなかった」のです。今浪さんは自分に原因があることを理解されていました。決して人のせいにされませんでした。

不本意な選択もしてきた今浪さんですが、決して人のせいにはしません(撮影・藤井みさ)

「リアルにプロの世界を経験してる『元プロアスリートメンタルコーチ』という存在が当時いたら、僕は絶対に間違いなく会いに行っていた。そんな人がいたら自分の話を受け止めてくれると思ったから。世間一般の教科書には本当の『しんどさ』は書かれていない。決して華やかなだけじゃないのに。だから綺麗事を言う人がしんどかった。そういう話をされると耳を塞ぎたくなって、『もう大丈夫です』とすぐに帰ろうとしたこともあった」と自身の辛かった経験を語られました。

選手に楽にプレーしてもらいたい

「すごい実力があっても、なかなか1軍で打てない『2軍の帝王』と言われる選手がクビになるのをたくさん見てきた。僕は2軍で打てる人は1軍でも打てると思ってる。いかに自分のパフォーマンスを発揮できるかが大切で。そういう選手に限って、期待されているからこそ自分を追い込んでしまう。そして知らず知らずのうちに周りの人も選手を追い込んでしまっている」。そうした選手たちが共通して言うのが、「結果を出さないといけない」「僕には後がない」ということ。「出したい」ではなく、「出さないといけない」になってしまっていると今浪さんは言います。

「『自分は〇〇しないといけない』『〇〇をしないと自分に価値はない』という思い込みでプレーの幅を狭めてしまっているのはすごくもったいない。『本当に自分のやりたいことなの? 周りに求められるものになろうとしてない?』と、そこを考えてみてほしい。自分の内側から出てくる『ああしたい、こうしたい』を大切にして、自分がどういたいかを優先した方が良いパフォーマンスができると僕は思う。コーチは選手のそういった部分のケアをしてあげるべき」だという思いがありますが、コーチではない人が選手に対して言うのは管轄外であり、タブー。それだったら自分がコーチになれば良いと思い、「スポーツメンタルコーチ」という職業を選択したのです。すべては「選手に楽にプレーしてもらいたい」という気持ちからなのです。

自分の「したい」を大事にしてほしいといいます(撮影・岩下毅)

今浪さんだからこそ選手に寄り添える部分がたくさんあると僕は思いました。自分の可能性に限界を作るのは他人であってはいけません。自分の人生は自分の人生で決めたほうが絶対に豊かになります。だからこそ、やりたいこと、したいことを優先してやることがとても大切だと僕も思います。

打撃は数値、守備はイメージ

プロの世界で多くの辛い経験を味わった今浪さんに、あえて聞いてみました。「プロ野球選手のとき、野球は好きでしたか?」と。すると今浪さんは「良い質問するね。正直に言うと、完全に仕事やったね。好きとか嫌いとかの感覚が無かった。終わってみてやっと『好き』っていうことに気付けた。」と正直な思いを口にされました。この感覚は人それぞれです。正解はないと思います。

今浪さんが11年間プロ野球の世界で活躍されたうえで、何が自分自身の長所だったと思うかとも尋ねてみました。すると「守備をうまく見せる能力には長けていたと思う」と興味深い答えが今浪さんから返ってきました。

「よく関係者やファンの人に『守備がうまい』って言ってもらってたんだけど。実際は守備に関するいろんな数値を見たら全然大したことないんだけど、そういうイメージを持たれていた。守備に対してはどうやったらうまく見えるかを客観的に見て練習してたね」。守備に関しては、数値よりも見る人のイメージが評価につながっていると今浪さんは言います。

守備を「うまく見せる」技術、興味深いです(撮影・上田潤)

「山田哲人(ヤクルトスワローズ)と菊池涼介(広島東洋カープ)のふたりは、世間のイメージでは菊池のほうが『守備がうまい』と言われてるんだけど、実は山田の守備はプロ野球界の歴史で見てもトップクラスの数値が出てる。でも試合に出始めた頃の山田はたしかに守備は下手で、エラーをたくさんしてた。そのイメージがいろんな人の頭にあるから評価されにくいし、未だに『ヘタだ』と思われてる」と例を挙げて教えてくれました。打撃は数値が圧倒的に重視されるけど、守備は数値が重視されなくて、イメージが先行していると、すごくおもしろい話をしてくださいました。

野球は本当に奥が深いスポーツだと改めて思い知りました。「うまくなるために」を深く考えたら、自分はどこに向かってアプローチしていくのか、調べれば調べるほどたくさん出てくると勉強になりました。むやみやたらに練習するよりもしっかり自分を分析してから練習することがすごく大切だと思います。

今浪さんの話を聞いてると驚くような話がたくさんありました。言い方はものすごく悪いかもしれませんが、野球ばかりしてきて勉強をあまりしてこなかったとご本人が言っているにもかかわらず、頭がものすごく良いなという印象を受けるのです。野球に注いだ時間は、野球をやめても生きると思います。身体を使ってるだけじゃなくて、それよりも頭を使わないと長く野球をすることができないはずです。とても大変な職業だと痛感し、大変だからこそ人に夢や希望を与えるのだと思いました。

「やっててよかったな」と思える人になってほしい

そして最後に、今の学生たちにメッセージを送ってくれました。「スポーツをやってきた人にしか得られない感覚があるのかな。醸し出す雰囲気だったり、『野球をやってた人はビシッとしてる』ってよく言われるけどその通りで。馬鹿だけど、仕事はできないかもしれないけど、気が利くとか、かゆいところに手が届くというか。野球をしてるとそういう部分が身につく。もちろん勉強は大切でやったほうがいいし、遊ぶことも大切。でもそれと同じくらいスポーツをやることも大切だと思う。無駄はないはず。競技人生の終わりはいつか来るから、楽しんでやってほしい。苦しいものかもしれないけど、振り返ったときに『やってて良かったな』と思える人になってほしい。『あそこの大学に行ったからダメだった』とか『あの監督と合わなかったから』とか終わってから言ってほしくない。競技人生が後の人生にどう生きてるかのほうが大切だから。もし仮に、将来成功した自分がいるとして、その成功したという自分の観点から『現在の自分の行動、取り組みがどうなのか?』ということを考えられたら絶対に良い時間を過ごせるよね」

やっていることに無駄はない、その後の人生にどう活かすかを考えてほしいという言葉が心に響きました(撮影・上田幸一)

恐らく今浪さんはプロ野球選手になってなくてもそれを人のせいにしたり、言い訳をしなかったと思います。お話を聞いてそれはハッキリとわかりました。望んだ環境と違っても、挫折をしても、言い訳をせず、自分の非はしっかりと認められていました。そして何よりも野球をやめなかったのです。努力の大切さも知っています。だからこそ今浪さんは人に恵まれ、運に恵まれ、それが自分の実力としっかり合わさって「プロ野球の今浪隆博選手」が生まれたのだと僕は思います。

そして多くのファンが今浪さんにエールを送りました。
愛される選手になるべくしてなったのです。
多くの人に愛された今浪さんが、次はより多くのアスリートの力に。
野球界にとってすごく大きなコーチが現れたのではないでしょうか。

今浪さん!
僕も自分がどうありたいかを大切にして仕事に励みます!
本当にありがとうございました!

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今浪さんのセカンドキャリア、スポーツメンタルコーチ。今浪さんがご自身で運営されているホームページはこちら。

https://motive-wave.jp/

4years.のつづき

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