野球

連載:4years.のつづき

プロに行くために考え、自分だけの強みを作ったトヨタ自動車時代 服部泰卓3

社会人3年目にはチームのエースとして活躍、最優秀選手のタイトルも獲得しました(写真は本人提供)

連載「4years.のつづき」のシリーズ16人目は、元プロ野球千葉ロッテマリーンズのピッチャー、服部泰卓(やすたか)さん(37)です。徳島県立川島高校から駒澤大学へ進学、トヨタ自動車を経てプロ入りしました。引退後は講演活動などで野球の魅力を伝え続けています。野球応援団長の笠川真一朗さんが取材・執筆を担当しました。4回の連載の3回目は社会人時代、プロへ進むために努力した話です。

プロに進む過程としての社会人野球

服部さんは駒澤大でのラストシーズンにようやく開花。4年生の秋に6勝を挙げ、ベストナインに選ばれました。それでも夢のプロからは声がかからず、社会人野球の名門トヨタ自動車に進むことになりました。「ある日、太田(誠)監督に呼ばれて『オッケー。服部、安心しなさい。トヨタ自動車に決まりました。おめでとう』って言われて(笑)。目標はプロだから、間は関係ない。そう思って違和感なく進めた」

社会人3年目には日本選手権でチームが初優勝。服部さんは先発として大いに貢献しました(写真は本人提供)

そのタイミングで自分を振り返ったそうです。「比較的まじめだから与えられたこともしっかりやったし、自分でもガムシャラにやってきた自覚はあった。『こうなりたい!』っていう目標があればそれに向かって絶対に頑張れた。それでも現実プロになれてない」。社会人になり、プロへの道がさらに狭き門となる現実も踏まえ、これまでよりもいっそう頭を使うことにしたそうです。「プロの目にとまるには、スカウトの目にとまるには、どういう自分になればいいのか」と、自己分析を徹底しました。調子のいいときはどうなっているか、調子の悪いときはどうなっているか。社会人時代はその作業に没頭したそうです。

プロになれる「四つの素質」、編み出した「五つ目」

服部さんなりに導き出した仮説がありました。
「プロに入るピッチャーには、1試合見れば分かる四つの素質がある」

①球が極端に速い
②コントロールが抜群にいい
③とんでもない変化球を持っている
④スケールが大きい

この四つです。「この能力が飛び抜けている人、パッと見てわかる人がプロに進む」。そう感じた服部さんは、自分がどうかと考えた結果、どれにも該当しないと気付きました。「だからプロになれてない」と分かったのです。「じゃあ、ここからプロになる方法を考えたら、この四つのうち一つを身につけるか、新しい一つを作り出すか。社会人からプロとなると年齢的にタイムリミットがあるから、新しい一つを作り出すことにした。いままでガムシャラにやって四つのうちの一つもないんだから、いまさら四つとも身につけるのは確率が低すぎる」。服部さんは五つ目の新しい素質「自分にしかできないこと」は何か、とひたすら考えました。

「毎日絶好調のピッチャーになればいい」と導き出した服部さん。しかしなかなかできるものではありません(写真は本人提供)

一日では自分の能力を伝えられないと気づいた服部さんは「一年かけてアピールする」という方向にかじを切ります。「毎日調子のいい、毎日絶好調の投手になろう」と思い立ちます。「悪いときは何で悪いか、いいときはなんでいいのかを徹底して調べた。スカウトに『こいつ、何かずっと抑えてるな』と思わせようと思って」。常に絶好調で投げられるように、好不調の波を少なくすることを意識しました。

「抑える」ではなく「いい球を投げる」

ただ「好不調の波をなくす」のは、頭で思っていても簡単にできることではありません。結局、服部さんは大学から社会人野球に入った選手がドラフト指名を受けられる2年目には、プロに入れませんでした。それでも2年目の終わりごろには「近づいてきたな」という感覚をつかんだそうです。リミットは残り1年。現実的に、社会人で4年目になってからプロに入る投手はほとんどいません。3年目が服部さんにとっての「ラストチャンス」でした。

3年目を迎える前のオフ、服部さんに転機が訪れます。トヨタ自動車に講演に訪れたメンタルトレーナーの若山裕晃氏(現・四日市大教授)との出会いです。当時の服部さんは波を少なくしたいと思っているのに、先発して4回までは完璧に抑え、5回以降に相手打線につかまるというような波のあるタイプでした。講演を聞いた後、服部さんは自然と若山さんに駆け寄っていました。

「この秋にどうしてもプロにいきたいんです」「最後のチャンスなんです」「こういうピッチングを目指してます」。藁(わら)にもすがる思いで、思っていることをすべて伝えました。すると若山さんは「君はどういう思いで投げてるの?」と聞きました。「抑えようと思って投げてます」と服部さんが答えると、「だから波が出るんだよ。相手の打つ、打たないはコントロールができないんだから」。思ってもみなかったことを言われました。「抑えようと思って投げたその時点で、毎回同じ気持ちで投げられてない。でも、いい球をキャッチャーに向かって投げ込むのは、自分でコントロールできることだよね。そのために、毎回そのスイッチを入れられるルーティンを作ったらいいんじゃないかな?」。そう言われて、服部さんはハッとしました。

3年目、意識を変えたことで公式戦19勝1敗。抜群の成績を残します(写真は本人提供)

「いい球を投げるためにスイッチを入れて、再現性の高い状態を作る。1球、1球の積み重ねがワンアウト、1イニングにつながって、それが1カ月、1年につながっていく。そう考えて波を減らしていこう」。若山さんの教えにすがりつくようにルーティンを作り、実践したそうです。

捕手からボールが返ってくるたび、投球前に「フーッ」としっかり呼吸をするというルーティンです。その動作で「ベストボールをキャッチャーのミットに投げ込む」というスイッチを入れたのです。

「いつでも絶好調のピッチャー」になれた

社会人2年目と3年目を比べると、体力の面や能力的に大きな差はなく、ほとんど変わってないと言っても過言じゃなかったそうです。しかし、投球成績だけは抜群に伸びました。服部さんはルーティンを取り入れてから、毎日絶好調のピッチングを実現してみせたのです。

その結果、2007年の大学生・社会人ドラフト会議で千葉ロッテマリーンズから1位指名を受けました。「ほかにいない選手、代わりが利かない選手が上から順番にとられていくのがドラフトだと思ってる。周りとの違いを出せた。自分の立てた仮説は正しかった。そう思うと自信になったし、めちゃくちゃうれしかったね。自分以外の人が喜んでくれたのも、すごくうれしかった」。服部さんは笑顔で当時のことを振り返りました。

念願のプロからの指名、しかもドラフト1位。感無量でした(撮影・坂名信行)

「雲の上の人だと思ってた條辺(剛)さんが5位ってことは、1位の人ってどんなバケモノなんやろなぁって思ってた高校生のアイツが1位で指名された。石川(雅規)さんになれなかったアイツが、年数はかかったけど石川さんと同じドラフト1位になれた。同じ場所に立てた」

ここまでたどり着くのに、リミットいっぱいまで時間がかかりました。それでも服部さんは遠回りはしていないのです。頑張ってガムシャラに練習したからこそ、自らの能力の限界を服部さんは知りました。そして、その向こう側にたどり着く方法を、自分の頭を使って見つけ出したのです。

4years.のつづき