「ドットエスティ B.LEAGUE ALL-STAR GAME 2023 IN MITO」で実施された「リモートコーチング supported by SoftBank」©️B.LEAGUE
1月に開催された「ドットエスティ B.LEAGUE ALL-STAR GAME 2023 IN MITO」(以下オールスター)において、プロのコーチがアプリを使って遠隔で技術指導する「リモートコーチング supported by SoftBank」(以下リモートコーチング)が行われた。茨城県内の中学のバスケ部員が、ICT(情報通信技術)を活用したトレーニングに取り組み、その成果を会場で披露した。企画に携わったソフトバンク株式会社サービス企画本部コンテンツ推進統括部企画管理部の星川智哉部長に、バスケットボール界への思いやリモートコーチングの意義、今後の展開などについて聞いた。
部活動支援のサービス開始
Bリーグのトップパートナーであり、ウインターカップの冠スポンサーとして特別協賛するなど、バスケットボール界を盛り上げているソフトバンク。日本バスケ界と関わる契機となったのは、2015年のBリーグの発足だった。星川部長は「社として、プロ野球チームの福岡ソフトバンクホークスを持っていますし、野球以外でも様々なスポーツに関わっています。バスケで新しいリーグが立ち上がるなら、ぜひ一緒にやっていきたい思いがありました」と話す。
これまでにICTを活用したサービスを展開してきた。その一つが2015年9月に開始した「スマートコーチ」だ。スマートフォンやタブレットを利用してオンライン上で専門のコーチに相談し、動画添削による指導などが受けられるサービスを展開。このプラットフォームを利用し、2017年7月よりICT部活動支援として、体育授業や部活動で専門的な指導に悩む先生のサポートに活用してきた。
先生は子どもたちの練習の様子を撮影し、その動画をアップロードすると、遠隔の専門コーチが動作やフォームなどを動画上で添削し、音声やテキストで先生に指導アドバイスをしてくれる。先生は専門知識を得るだけでなく、子どもたちのモチベーションケアに集中できるようになる。
ICT部活動支援としてサービス活用の背景にあったのは教育現場におけるスポーツ指導の実態だった。星川部長は次のように説明する。
「そもそも小学校、中学校には専門的にスポーツ指導ができる先生が多くはいないようです。学校の先生からは、『部活の顧問になっても指導の方法が分からない』という声も聞いていました。こうした中、指導者不足を補ったり、指導者の負担を軽減したりしながら、子どもたちの運動能力の質を高めることはできないか、と考えまして。それがオンラインレッスンサービス『スマートコーチ』によるICT部活動支援の出発点でした」
もう1つの背景に、2023年度から中学校の休日の部活動が段階的に地域へ移行していく部活動改革の流れも。そこで、スマホやタブレットでお手本動画と撮影した自分の動作を上下比較して真似したり、AI骨格解析を活用してマッチ度を判定したりできる自己学習アプリ「AIスマートコーチ」を、筑波大学との産学連携で開発、2022年3月に開始した。
このサービスは部活動や体育の授業で活用され、星川部長が現場に足を運ぶと、様々な発見があったという。
「子どもたちはICT機器を驚くほど使いこなしています。ある体育の授業では、子どもたちに操作方法を説明しなくても自分たちで操作をし始めて、先生が指示しなくても、子どもたち同士でフォームなどを指摘し合っていました。『AIスマートコーチ』が、自分たちで考えながらスポーツをするきっかけになっていたのです」
星川部長は続ける。
「現状の姿を自分の目で確認し、その上でアドバイスを受けるので、他人との比較をしなくなったようです。上手な子を意識するのではなく、過去の自分よりもどれだけうまくなったか。これに重きを置く子どもが増えていました」
茨城ロボッツのユースコーチが指導
1月13、14日に水戸市で行われたオールスターでは、B.LEAGUEの社会的責任活動であるB.LEAGUE Hopeの活動「B.LEAGUE ALL-STAR GAME 2023 IN MITO B.Hope ACTION」が実施された。Bリーグとソフトバンクは、そのアクションの一つとしてリモートコーチングを展開した。
参加したのはオールスターが行われた茨城県の県北に位置する、大子(だいご)町立大子中学校の男子バスケ部。部員12人はオールスターの約1カ月前から、ソフトバンクが提供した「スマートコーチ」を使用し、Bリーグ選手のお手本動画、プロコーチ監修の練習メニューやトレーニングの動画を見て学んだ。そして遠隔地にいる茨城ロボッツの3人のユースコーチから動画やチャットによる指導を受けた。
トレーニングアプリ「AIスマートコーチ」も活用した。子どもたちは自分が撮影した動画をプロ選手や仲間、過去の自分の動画と比較したり、マッチ度診断で点数アップを狙ったりしながら、楽しんでスキルアップに取り組んだ。
プログラムの過程で子どもたちに変化
「初めはみんな、随分おとなしかったですね」。星川部長は部員たちが3人のコーチと初対面したティップオフイベント当日を振り返る。町内の中学では唯一の男子バスケ部であるため、競争意識や負けん気が育ちにくいと聞いていた。
リモートコーチングを通して、部員たちに変化が見られた。
「スマートコーチとAIスマートコーチを楽しみながら使うことで、部活動に対して積極性が出てきたようです。あと、選手一人ひとりのことをよく考えて伝えてくれるコーチからのメッセージも響いたようで、『自らの意志で自主練をする子が何人も出てきました』という話も顧問の先生から聞きました」(星川部長)
約1カ月間のリモートコーチングに取り組んだ子どもたちは、オールスターが行われたアダストリアみとアリーナで、ドリブル、パス、シュートを織り交ぜたクリアタイムを競う「リモートコーチング supported by SoftBank Jr.スキルズチャレンジ」に挑戦した。
お手本動画にも出演した千葉ジェッツの富樫勇樹が見守る中、2人の部員がリモートコーチングの成果を発揮。華麗でスピーディーなドリブルを披露した。
星川部長はその姿に目を見張ったという。
「技術が上がったのもさることながら、対面した初日と比べると、内面が大きく変わった印象です。あれだけの場所なのに堂々としていましたし、インタビューでもしっかり自分の言葉で話をしていたのが印象的でした」
2人は緊張しながらも楽しめたようだ。他の部員たちからも「リモートコーチングが刺激になった」「マッチ度診断は点数が出るので分かりやすい」といった声をもらい、星川部長は「今回の成果を感じています」と顔をほころばした。
スポーツをDX化していきたい
ソフトバンクは今後もBリーグとタッグを組み、リモートコーチングを展開していく。「競技団体と一緒に、というのは初めての試みですが、Bリーグだからこそ得られるものは大きいです。オールスターの場で成果を発揮できるのも、その一つでしょう。これからもBリーグと意見を交わしながら、改善を加えつつ、一緒に取り組んでいきたいです」と星川部長。さらに、今後はJBA(日本バスケットボール協会)と組んで、全国の部活動の現場での活用を推進する構想もあるという。
部活動の地域移行が進む中、大きなポイントになると言われているのが指導者の確保だ。地域によってはなかなか人材がいないところもある。こうした中、ICTによるリモートコーチングはますます注目されそうだ。
「大前提としてスポーツをDX化、効率化したいというのがあります」と星川部長は今後の展開を語る。
「リモートコーチングならそれができると考えています。コーチが感覚ではなく、具体的に教えるので、短い時間でも何が修正すべき点か、明確に把握できるからです。加えて、それが自分でも視覚で認識できるので、やらされているのではなく、納得して練習に取り組むことができます。つまり、コーチは教えるのではなく、選手が自ら気付くためのヒント、自ら向上するためのヒントを与えているわけです」
令和という時代に合った指導が求められている今、リモートコーチングは指導者にも気付きを与えてくれそうだ。日本のバスケ界で始まったDX化の取り組みは競技の枠を越え、日本のスポーツ界全体の発展にもつながっていくに違いない。