福島の未来のために一丸となる福島ファイヤーボンズ ©B.LEAGUE

震災から10年、福島ファイヤーボンズが地域とともに描く未来

2021.3.31

東日本大震災から10年。この節目の年に、あらためて「震災を風化させない」「震災の教訓をどう生かすか」を考え、アクションするために立ち上がったB.LEAGUEの「B.Hope HANDS UP! PROJECT supported by 日本郵便」。子どもたちがバスケットボールを楽しみながら、防災知識を学べる防災プログラム「Defense Action(ディフェンス・アクション)」や各クラブの選手が防災に役立つ知識をSNSで発信するなど、さまざまな取り組みを行っている。震災被害が大きかった宮城、福島、茨城、岩手を拠点とする4クラブでは復興支援イベントも実施。今回はそのなかでも、福島ファイヤーボンズ(以下、ファイヤーボンズ)の地域への思いと、活動に迫る。

特別な思いを背負ったチーム

福島県郡山市をホームタウンとするファイヤーボンズの創設は2013年。東日本大震災後、放射能の影響から外で遊ぶことができなくなった子どもたちの笑顔を取り戻すために、バスケットボールスクール(福島スポーツアカデミー)を設立したのがはじまりだ。B.LEAGUE のなかでも震災後にこのような経緯で誕生したのはファイヤーボンズのみ。島田慎二B.LEAGUEチェアマンも「震災をきっかけに設立されたクラブなので、本当に頑張ってほしい」と言うように、地域の特別な思いを背負ったチームだ。

絆・結束という意味をもつ「bonds(ボンズ)」がチーム名に入り、福島の復興のシンボルとして地域とともに歩んできた。そして、2月27、28日に開催された「FIRE UP! FUKUSHIMA東日本大震災復興10年スペシャルイベント」で発表されたテーマが「ここから、未来へ」だ。

この“未来”をつくるために、コート内外でアクションを起こす2人の男がいる。1人はヘッドコーチの森山知広だ。

ファイヤーボンズのヘッドコーチ・森山知広 ©B.LEAGUE

福岡県生まれの森山は、九州共立大八幡西高(現自由ケ丘高)から仙台大に進み、シューティングガードとして活躍。卒業後は現在B2のライジングゼファー福岡の立ち上げに運営スタッフとして関わった。その後は指導者に転向し、大阪エヴェッサでは育成コーチとして、島根スサノオマジックではヘッドコーチ代行として経験を積み、2015-16シーズン途中までライジングゼファー福岡を指揮。そして、B.LEAGUE 初年度である2016-17シーズンより、ファイヤーボンズのヘッドコーチに就任した。

森山は「東日本大震災復興10年スペシャルマッチ」に臨むにあたり、選手たちにスペシャルマッチの意義について話をしたという。「震災から10年が節目なのか区切りなのか、その価値観は震災当時福島にいなかった私にはなかなか言えない部分だと感じています。ただし、震災を機に立ち上がったクラブであることを踏まえ、そこを学び、地域にどう寄り添えるかを考えて活動してきました。だからこそ震災復興のスペシャルマッチという特別な試合を前に、『このゲームに対するクラブの思い』『このクラブでプレーする意味』『震災と向き合うクラブの理念』を、あらためて選手たちに伝えました」

スペシャルマッチでは、地元・福島出身の菅野翔太、山内翼、半澤凌太の3人もコートに立った。森山の思いはここにも詰まっている。ここからの10年で、地元選手の活躍が「地元の希望になる」と考えているからだ。「福島出身の選手が活躍することで、『将来ファイヤーボンズに入りたい』と地元の子どもたちに思ってほしいですし、そうなることでより地域に愛されると思っています。そのひとつの形が、チーム立ち上げメンバーで主将の菅野と、震災当時はまだ中学生で彼のプレーを見て育った山内や半澤が、ファイヤーボンズにいるということ。震災後の10年を担ってきた菅野から引き継ぐことになる山内や半澤らは、次の10年を自分たちの色でより良いものにして、また次の世代につなげてほしいと思っています」

山内翼(右)と半澤凌太は、主将・菅野の地元への思いも引き継いでいく ©B.LEAGUE

“復興のシンボル”から“福島のシンボル”へ

福岡から福島に来て5年たつが、「地震だけでなく津波も放射能汚染もあり、自分の町から避難せざるをえなかったわけですから、福島の方々の苦しみや苦労は計り知れないものがあります」と話す。だからこそ、森山は自分にできることとして、震災の教訓を学びつつ、今後どのように地域とつながり、未来を描くかを考えている。

森山はチームの先頭に立ち、地域とのつながりを作っていく ©B.LEAGUE

「福岡から来た私ができることは、この先の10年をどうより良くしていくかを考えることだと思っています。いままでもチームは“復興のシンボル”として頑張ってきましたが、それにプラスして、これからは“福島のシンボル”として全国に福島を発信することも大切な役目です。郡山だけでなく、『福島のスポーツチームと言えば、ファイヤーボンズ』とならなければいけないと思っています。今後は、まず福島の子どもたちのために、ユースチームなどバスケットボールに真剣に取り組める環境づくりをおこなっていきます。また、社会や地域の課題をスポーツが持っている力を通して解決していくこともプロスポーツクラブとして必要です。震災復興の課題解決はもちろん、SDGsの推進などをここからの10年でやっていくことで、私たちが持っている社会的意義が達成できると思っています」

未来に向け一歩を踏み出す

森山と同じく福岡県生まれで、福島に来た男がいる。ファイヤーボンズ副社長の西田創(つくる)だ。西田はラグビー界では名が知れたスクラムハーフで、東福岡高時代は全国大会準優勝を経験。立教大では主将を務め、トップリーグのNECグリーンロケッツで10年にわたり活躍。そして、母校・立大でヘッドコーチを務め、株式会社識学に入社。2020年に識学がファイヤーボンズのオーナー企業になったことから、副社長に就任した。

ファイヤ―ボンズの副社長・西田創 ©Kenji Otsuki

「私は震災当時は福島にいなかったので、福島のことやファイヤーボンズのこれまでを語るのはおこがましい気持ちもあります」。だからこそ、西田がいま考えることは森山と同じく、ファイヤーボンズの未来だ。福島のため、子どもたちのため、クラブの価値を広げていく役割があると考えている。

2月のスペシャルマッチにて発表したファイヤーボンズのテーマ「ここから、未来へ」に人一倍強い思いがあるのも西田だ。震災を風化させないだけでなく、これからの一歩を力強く踏み出すという思いを込めて企画した。さらに未来に向けてふたつの新たなチーム理念も掲げた。

「一つはこれまでの踏襲で、『バスケットボールを通じて、勇気や感動を伝えていく』。二つ目は『組織、コミュニティーの力を最大化していく』ということです。この理念をもとに、郡山市、そして福島の力になっていきたいと考えています。ファイヤーボンズは震災を機に立ち上がったチームなので、『地域とともに頑張ろう』という意識は強かったですが、新たにコミュニティーの発展まで思い描くことで、また新しい未来が拓(ひら)けていくと思います」

地域とチームを外側から支え続ける

西田は地域とともに歩むために、子どもだけでなく大人、とくにシニア層に対する取り組みが、もっと大切になってくると考え、活動している。「子どもに対する取り組みとしては、現在、郡山市といわき市の2カ所で運営しているユースチームを、福島市と会津市でも展開していきます。原発事故の影響が大きかった浜通り側の地域でも、新しくチームを起こすことを考えています。シニアの方に対しては、ライフサポート事業を昨年12月にスタートさせました。郡山市には一人暮らしのシニアの方も多いので、例えばオフシーズンのときに選手が訪問して会話をする、といったサポートを行っています」

選手もスタッフも一丸になり、福島に元気を届ける ©Fukushima Firebonds

西田はチームと地域を外側から支え続けている。副社長に就任以前も足しげく郡山に通い、地域の方の話を聞き、市役所にも顔を覚えてもらうために何度も足を運んだ。「コロナ禍なので、市内の飲食店をファイヤーボンズで盛り上げる施策も考えています。ほかにも地域のためになる依頼なら、基本的にファイヤーボンズは断りません」と笑う。

社会・地域貢献活動は、ファイヤーボンズにとって自然なこと

震災から10年、被災地のチームであるからこそ、ファイヤーボンズの活動はこれからも続き、全国にも影響力を与える。森山や西田だけでなく、選手やほかのスタッフも福島の未来のために、前を向く。地元・郡山出身選手の山内翼は「僕たちはバスケットボールを通してしか、福島のみなさんに勇気や希望、笑顔を届けることができないですが、応援してくださる方のためにも、福島のためにも、恩返しをしていきたいとあらためて感じています。僕自身は、地元出身としてできることは全力でやりますし、もっと成長していければと思っています」と話す。

シューティングガードの山内翼はこれからのファイヤーボンズを担う存在だ ©B.LEAGUE

最後に西田は言う。
「社会や地域貢献活動という言葉がありますが、ファイヤーボンズには貢献活動をしているという認識はないんです。チームが立ち上がった当初から地域への当たり前の活動を当たり前に行っているだけです。それは選手やスタッフが入れ替わっても同じです。ファイヤーボンズの一員には、その当たり前の活動ができなければなれません。だからいま地域を元気づけるために、また子どもたちのために行っている活動はごく自然なことで、全員が福島の未来を思い描いてのことです。この先もずっと、ファイヤーボンズにはその意識が引き継がれていきます」(文・上原伸一)