バスケ女子日本代表の恩塚亨ヘッドコーチ ©JBA
世界の頂点まであと一歩のところまで来ているバスケットボール女子日本代表。世界の強豪国に比べ、高さやフィジカルで劣る彼女たちがここまでの実績を積み重ねることができた裏には、確実なデータ分析にもとづいた練習やゲーム運びがある。そのデータ分析担当として2007年から女子日本代表を支えてきたのが、現在ヘッドコーチ(HC)を務める恩塚亨(おんづか・とおる、42)だ。指揮官の証言を基に、データ分析の面から女子日本代表の強さに迫る。
何者かになりたくて未知の世界へ
「何者でもないところからのスタートでした」。恩塚は自身のこれまでの歩みをそう表現する。今から15年以上前は選手としても指導者としても誇れる実績がなかった。でも、当時からバスケに対する情熱、日本バスケ界に貢献したいという気持ちは冷めることがなかった。そこで活路を見出したのが、“データ分析”の世界である。
「データ分析は2005年くらいから独学で始めました。自分にできるバスケへの貢献は何か、これから何を強みにやっていこうかを考えたときに、当時はまだ日本に根付いていなかったゲーム分析ならできるのではないかと思ったんです」
そう語る恩塚だが、大学4年まではパソコンもほぼ使ったことがなかったという。それでも、実績のある何者かになるべく、努力を惜しまなかった。転機となったのは、2006年12月にシンガポールで開催された「第2回FIBAアジアヤングウーメン選手権大会」。この大会へ向けて準備を進めていた代表チームに対し、東京医療保健大学女子バスケ部を立ち上げたばかりの恩塚は自らを売り込んだ。
「代表チームの練習見学に行かせていただいたときに、ヤングウーメンの指揮を執っていた梅嵜(英毅)さんに『勉強も兼ねて何かお手伝いさせていただけませんか』と申し出ました」
「(帯同させる)予算がない」。はじめはそう言われたものの、ここで諦めないのが恩塚亨という男。「では自腹だったら大丈夫ですか?」と返すと帯同が認められ、サポートスタッフという肩書きで初めて代表チームに関わることができた。
当時の仕事内容としては、「練習のビデオを撮り、そこからオフェンスとディフェンスを分ける編集を行い、気になった点についてレポートを提出したり、対戦相手の確認用のビデオ作成をすること」が主だったと言う。
ここでの仕事ぶりが認められ、2007年からは東京医療保健大学女子バスケ部のHCとの兼任で女子日本代表のアナリストとしても活動しバスケにすべてを注いだ。2007年当初は「まだ交通費だけ出していただけるくらいでした」と言うが、以後は2012年まで活動し、2016年のリオデジャネイロオリンピックでも再びアナリストを務めた。
データ分析で重要視される4つのキーファクター
映像や数字を駆使したデータ分析で、選手一人ひとりの最大限のパフォーマンスを引き出し、勝利への道筋を立てるスポーツアナリスト。現代では『Synergy(シナジー)』や『Hudl(ハドル)』といった専用ツールを用いて分析するのが一般的だが、独自のノウハウのようなものはあるのか。恩塚は「私のやり方というか、女子日本代表としては方針があります」と言う。
「まずは試合自体を数字で分析できるように体現化しています。それぞれのスタッツに対して基準値を設けて、その基準値を基にしてパフォーマンスを評価し、そこから映像での分析に入ります。ビデオでは良い部分と悪い部分を抽出してその原因を探り、そこからまた数値化をして向上するための優先順位をつけていく。年々アップデートしていますが、これが一連のフローです」
このフローに落ち着いて以降、「一番衝撃的だった」という事実が、2010年におけるリバウンドのパフォーマンスだ。
「日本は世界と比べると身長が低いからリバウンドは取られても仕方がないと考える選手や指導者が多かったのですが、リバウンドを取られたシーンを集めて、編集して、分析していくと、取られている原因の半分以上が実は身長が関係ありませんでした。単純にボックスアウトをせずにいて、相手を押し出して優位な状況を作り出せていなかったんです。例えばフリースローのディフェンスリバウンドの際、国内だったらそこまで熱くならないという空気がありますが、海外のチームは思い切りリバウンドに入ってくるのでボールを奪われてしまっていた。なので、『これはトレーニングして改善する必要がありますよね』という答えが導き出され、そこからはフリースローのリバウンドもしっかりとトレーニングするようになりました」
恩塚によれば、ひとつの試合から膨大な数字が導き出される現在のデータ分析において、特に重要となる項目は次の4つ。『eFG%(エフェクティブフィールドゴールパーセンテージ)』と『FT Set(フリースローセット)』、そしてターンオーバーとオフェンスリバウンドの割合を示す『TO%』『OR%』である。
『eFG%』はシュート精度を測る指標で、「ざっくり言うとシュートを打ったときに何点入るか、1点入る確率が何%あるか。FG%に3ポイントシュート分の付加価値を加味した成功率のような意味合い」だと言う。『FT Set』は打ったフィールドゴール本数に対し、何本のフリースローを獲得できたか示す割合で、フリースローを打つには相手からファウルを受ける必要があるため、「いかに力強くプレーできているかがわかる数字」でもある。『TO%』は「全てのオフェンスの中でどの程度の割合でターンオーバーを犯したか」であり、『OR%』に関しては「ミスショットに対して、何%の割合でオフェンスリバウンドを取れたか」を表す数字。以上の4つは「Four Factors」とも呼ばれ、現在の女子日本代表の試合でもハーフタイムには必ずチェックし、後半への作戦を立てる重要な指標となっている。
“点”ではなく“線”で伝える
「それまでの代表活動では、私たちが勝手に分析チームと名付けていましたが、東野(智弥)さんが技術委員会委員長に就任されたときにJBA(日本バスケットボール協会)の組織としてテクニカルハウス部会というものができました」
15年以上前からデータ分析に携わる恩塚の感覚では、世界的にこの分野が発達しだしたのは2010年頃であり、日本では東野智弥がJBAの技術委員会委員長に就任した2016年から潮目が変わったという。ただ、前述したデータ分析ツールなど、技術が発達した現代では「どこの国も知り得る情報は変わらない」とも口にし、「私の読みでは“情報のダイエット”がポイントになるのではないかなと思っています」と、これからのデータ分析との関わり方について考えている。
「今の時代は情報過多なので、こんな情報もあんな情報もありますと伝えても、選手たちは両手で持ちきれません。なので、要点を絞って“スリム化した情報”を与えることが大事です。これからは情報の整理がしっかりできる人材が良いパフォーマンスを発揮できると思っています」
恩塚がデータ分析をするうえで最も大事にしていること、それは「“点”ではなく“線”の情報として伝えること」。言うなれば、数字が並ぶ堅苦しい情報でさえもきちんとストーリー性をもたせて共有することであり、「ロジカルを突き詰めた結果、ロジカルの限界は必ずある」と気づいた自身の経験からもこの重要性を主張する。
「データ分析ソフトで出てきた数字をそのまま使うのではなくて、そこから紐解いてストーリーとして思い描くことが大事です。そのためには戦略や理想に対しての目的が明確になっていないと与えるべき情報が選べないため、戦略、目的を理解したうえで具体的にどう戦うのかを共有すべきだと思っています。また、選手の最高のパフォーマンスを引き出すには、何をするかではなく、何をどんな気持ちでするかが鍵になります。何をどうするかということを、選手の気持ちに寄り添って導くことも重要です」
“第二の恩塚”誕生へ「すごく期待している」
現在、男子のB.LEAGUEではB1の22クラブ中、半数以上のクラブでビデオコーディネーターやアナリストとしてデータ分析を行う人材がおり、女子のWリーグでも2チームにアナリストの肩書を持つスタッフが在籍している。
恩塚はバスケに対する情熱と、何者でもない自分でも何かに貢献したい、認められたいという思いで道を切り開き、日本代表を指揮するヘッドコーチまで上り詰めた。これからの若いアナリストや指導者にも多くの可能性を感じている。
「まずは、どんな人になりたいかというビジョンから逆算して今やっていることを紐付けてほしいです。あとはこういう人になりたいと思う人にたくさん会いに行って、自分の人生を考える機会を作っておいた方がいいと思います。アナリストになった当時の私はゲーム分析ばかりしていましたが、そうやって狭い世界に入り込んでしまうと、どうしても自分の人生がつまらなく思えてしまう時期がありました。それでは非常にもったいないですし、人生で成功することが一番の目的だと思います。人生の中にアナリストとしての成功がありますし、素晴らしい人生を送るためにゲーム分析を活用してほしい。そういった考え方で自分の幸せをつかんで下さい」
異色の経歴を持つ第一人者に勇気づけられ、“第二の恩塚”を目指す者がこれからも続々と現れるだろう。「私自身もすごく期待しています」と顔をほころばせる恩塚は、自身もさらに上を目指し、世界の頂点を狙う。