「Bリーグ×まちづくり委員会」の初会合が10月に開催された ©B.LEAGUE
2026-2027年シーズンから始まるBリーグの構造改革「B.革新」に向けて、全国各地でアリーナが次々と誕生している。最上位リーグ「Bプレミア」への参入条件になっているのが、「夢のアリーナ」構想だ。リーグ主導でこのテーマに取り組むため、「Bリーグ×まちづくり委員会」が発足、10月に初会合が開かれた。
「夢のアリーナ」の実現に向けて
Bリーグが標榜(ひょうぼう)する「夢のアリーナ」は、単なるバスケットボールを楽しむための場所、バスケットボールファンのものだけではない。Bクラブが持っている社会的、経済的価値というソフトの力を、アリーナというハードの力によって増幅させ、まちの魅力を拡大させる核になることを目指している。
リーグ主導でこのテーマと向き合うために発足したのが、「Bリーグ×まちづくり委員会」だ。全5回の開催予定で、10月30日に第1回の会合が行われた。委員会には、秋田ノーザンハピネッツ、茨城ロボッツ、川崎ブレイブサンダース、シーホース三河、琉球ゴールデンキングスの各クラブや、長野市と佐賀県、中央省庁、有識者が参加した。
Bリーグの佐野正昭専務理事は、委員会の趣旨について「まずはフロントランナーであるクラブがどのような取り組みをしているのか。アリーナにはどのようなポテンシャルがあり、何が課題となっているかを明らかにしたい。パートナーや省庁、有識者の方々を巻き込みながら、解決の道筋を作り、その知見を他のクラブへも横展開することで、リーグがクラブを後押しすることができると考えました」と述べる。
「アリーナの整備は進んでいるが、アリーナをどのように地域の活性化に生かしていくかの議論はこれからというクラブや自治体も多い。まちづくりで求められる『企画力』『集客力』『営業力』『提案力』といったケイパビリティは、まさにBリーグ・クラブがバスケットボールエンターテインメントという本業を通じて磨いている機能やミッションそのものだと言える。それを伝えることで、『夢のアリーナ』はバスケファンの拡大だけでなく、市民、地域の人にも役に立つものであるという認識をしっかりと作っていきたい」
茨城ロボッツがまちの課題解決のツールに
初回は、「クラブの街づくり事業における可能性」をテーマに行われ、茨城ロボッツと秋田ノーザンハピネッツがそれぞれの事例を紹介した。
茨城ロボッツ・スポーツエンターテインメントの代表取締役社長の川﨑篤之氏は「水戸ど真ん中再生プロジェクトと官民共同」と題して、クラブ創設から10年間のまちづくりの取り組みについて語った。
2016年にスタートした「水戸ど真ん中再生プロジェクト(M-PRO)」は、水戸市の出身である茨城ロボッツのオーナーでグロービス経営大学院大学学長・堀義人氏が、衰退していた水戸の中心部ににぎわいを取り戻したいと立ち上げた。
当時の水戸市は、他の地方都市と同様に、都市の核が失われつつあった。中心市街地が空洞化し、地域アイデンティティーが失われ、人口が流出。プレーヤーやチャレンジャーが減少し、事業が起こらなくなって、街の活力は低下するという悪循環に陥っていた。
「そうした状況を踏まえて、水戸ど真ん中再生プロジェクトは政策提言にとどまるのではなく、事業を起こしていくことを重視しました。ヒト・カネ・チエのプラットフォームとして、同時多発的に複数のプロジェクトを実行し、10の事業を生み出そうとスタートしました」と川﨑社長は説明する。
「まちづくりには、『アイコン』『リーダー』『場』の3つの要素が必要だと考えています。アイコンは茨城ロボッツ。リーダーを作るためにビジネススクールを立ち上げ、思いを持った人が集まれる場として、水戸のど真ん中にあるデパートの跡地をロボッツの拠点として整備して広場を作りました」
広場というのは、ロボッツの本拠地であるアダストリア水戸アリーナと水戸駅のちょうど中間地点にある「まちなか・スポーツ・にぎわい広場(M-SPO)」のことだ。カフェやスタジオ、アリーナはロボッツが、広場やトイレなどは水戸市が、と官民が連携、役割分担をして整備し、2017年にオープン。広場は地域の子どもたち100人とロボッツの選手たちが一緒に芝生化した。
25年間空き地になっていた場所には、地域の幼稚園の子どもたちが遊びに来るようになった。平日の夜にはバスケやチアのスクール、休日にはロボッツやJリーグの水戸ホーリーホックが参加するイベントなどが行われ、人の流れが戻ってきている。さらにシャッター街だったM-SPO周辺の商店街にも新しい店が増え始めている。
「僕たちが子どもの頃の水戸駅周辺は、デパートの屋上に遊園地があり、映画館もボーリング場もあった。今40代の僕たちはあの頃の楽しい記憶があるから水戸の街をなんとかしようと思える。だからこそ、子どもたちの記憶に残る故郷を作っていくことが、まちづくりのコアだと考えています。そしてそれこそがスポーツにできることなのではないでしょうか。「選手と一緒に芝生を植えた子どもたちは、きっと大切な場所だと記憶してくれていると思います」と、地元出身の川﨑社長はまちの変化に目を細めた。
水戸市の小田木健治副市長も「バスケを通じて、またはアリーナができて、そこから何ができるかというアプローチではなく、まちの問題解決のツールのひとつとしてプロスポーツクラブがあるということが非常に大きなポイント」とロボッツと水戸市のまちづくりがうまくいっている要因について語る。
こども食堂で秋田の子どもたちをサポート
「県民球団」を掲げる秋田ノーザンハピネッツは、持続的に地域活性化に努めるという思いのもと、こっぺぱん専門店『ハチトニ製パン』の運営、クラフトビール『秋田あくらビール』の醸造・販売および関連飲食店の運営、秋田県由利本荘市から指定管理業務を受託している道の駅・岩城『アキタウミヨコ』の運営など事業の多角化を図ってきた。
その理由は、秋田県が人口減少率、高齢化率ともに全国ワースト1位という「課題先進県」である危機意識からだ。水野勇気代表取締役社長は、「2045年には現在90万人の人口が60万人を割ると言われています。もっと衝撃的なのは、65歳以上の高齢者率が50%になるということです。どんな時代でも普遍的な価値を持つプロスポーツは、ますますなくてはならない存在になるのではと考えています」と力説する。
その中で、今回水野社長が紹介したのは、2021年から始めた秋田ノーザンハピネッツのこども食堂「みんなのテーブル」の事例だ。元々は選手に食事を提供できる場を作りたいと考えていたが、選手が毎回食べに来るとは限らない。「それならば、子ども食堂を一緒にやればよいのではないか」と思い立った。
調べてみると、秋田県内の子ども食堂の数は全国で最少。試しに月に1度子ども食堂を開催してみると、「利用してくれたひとり親家庭の方々は、世帯収入が多くないにもかかわらず、車やスマホを持ち、身なりもちゃんとしている。それを見て、きっと食費が切り詰められているのでは、とますます子ども食堂の必要性を確信しました」。水野社長は「食を通じて子どもたちをサポートしたい」と県内初となる常設の子ども食堂の運営に乗り出した。「みんなのテーブル」は週4回営業で、管理栄養士が監修した料理を提供する。ひとり親家庭は会員になると週1回は無料で利用できる。
子ども食堂の運営には年間700〜800万円かかるという。委員会でも「多くのNPOが持続的な活動に至っていない中で、秋田ノーザンハピネッツはどのように運営しているのか」という質問が挙がった。水野社長は、クラブが培ってきた600社以上のスポンサーのネットワークによるところが大きいと話す。「例えば、パートナーであるポークランドグループより『桃豚』を毎月1頭分提供いただいたり、JAの直売所から規格外の野菜を寄付していただいたり、いろいろな形で食材費を抑えることにアプローチしています。活動を始めたことで、どんどん輪が広がっているのを感じています」
昨年、Jリーグのブラウブリッツ秋田が潟上市に新設したクラブハウス内に子ども食堂を開設する際、話を聞きにきたという。水野社長は「この活動が秋田の各地、全国に広がっていくことを目指している。そのために我々のノウハウを提供していきたい」と語った。
Bクラブは地域のつなぎ役となり、地域の課題解決に貢献できる。茨城ロボッツと秋田ノーザンハピネッツともに、そのバリューをいかんなく発揮している。
11月には第2回の会合が開催された。各地域の事例共有は、自地域のまちづくりに生かせるだけでなく、地方が共通で抱える課題解決の糸口にもなる。この委員会を通じて「スポーツ×まちづくり」の可能性が広がっていくだろう。(文・山田智子)