関学応援団総部・大島奈緒「アメフトの応援は誇り」 東京ドームで最後の「指示出し」
12月15日、アメフトの大学日本一を決める甲子園ボウルには、3万3000人の大観衆が詰めかけた。フィールドからスタンドを見上げると、選手たちに笑顔で声援を送るお客さんたちの姿があった。応援は大学スポーツの一大構成要素だ。甲子園ボウルで勝った関西学院大ファイターズを応援で支えた一人、関学応援団総部吹奏楽部の大島奈緒(3年、早稲田摂陵)を紹介したい。
あらゆる状況を頭に入れて、次の曲を指示
吹奏楽部にあって、大島の役割は楽器の担当でも指揮者でもない。「指示出し」だ。これは関学の場合、吹奏楽部の渉外担当の3回生が受け持つ。主な仕事は試合を見ながら次に演奏する曲を選び、ボードを使って指示を出すこと。アメフトの応援において「指示出し」の重要性は大きい。目まぐるしく攻守が入れ替わるし、反則や負傷者が出た際のレフェリータイムアウトのときは演奏を止めないといけない。戦況に合わせ、40〜50曲の中から選ぶ。
たとえば、選手が入場するときの曲は応援歌「新月旗の下に」。攻守にかかわらない応援曲としては「Beautiful Smile」のような聞きなじみのある曲が使われる。今年は、新たに攻守交代のときに流れる曲として「ディズニーユーロビート」を加えた。敵陣に入ると、みんなで「タッチダウン!」とコールする「タッチダウンマーチ」。タッチダウンやフィールドゴールで得点すると応援歌「新月旗の下に」が流れる。
タッチダウンのあとのキックの際は、キッカーに配慮して音の強弱をつける工夫までなされている。ハドルを組んで試合が動き出すまでの間は✕印が書かれた「バツボード」を掲げ、音をピタッと止める。
「指示出し」はボードだけでなく、ジャムブロックやカウベルと呼ばれる楽器も使う。審判が反則を示すイエローフラッグが投げ入れられると「イエロー」と叫び、楽器を「カンカンカンカン」と4回鳴らす。けが人が出ると「レッド」と叫び、「カンカンカン」と3回。けがした選手がフィールドから出るまでの間は吹奏楽部もチアリーダーも「ニーダウン」。アメフトのニーダウンと同じように膝をついて待機する。ここに挙げた以上のことを頭に入れ、ルールも覚えていないと指示が出せない。大島は「指示出し」になった当初を振り返り「アメフトも野球もルールを知らなくて大変でした」と話した。
最初は早稲田の応援で甲子園ボウルに
とくにアメフトは大変だった。「何も分からなかったです。でも、人から教えてもらうんじゃなくて、自分で勉強しようと思いました」。独学でルールを覚え始めた。ルールが紹介された動画や近年の「関立戦」を何度も見返した。試合の動画はフル再生できるものを見るようにした。「自分が反応できなかったら、応援団全体として何もできなくなってしまう」と、その責任の重さを感じていた。ある試合でゴール前1ydからの関学のプレーで、タッチダウンしていないのに曲を流してしまったことがあった。そのときの反省から、いまでは審判が両手を挙げる動作をするまで待つようにしている。「指示出し」を始めて1年。いまは完ぺきに1試合を裁けるようになった。
大島は早稲田摂陵(大阪)の吹奏楽コースで高校時代を送った。同校は世界で初めてステージマーチングを披露した阪急少年音楽隊の伝統を継承する、その道の名門だ。吹奏楽コースは1学年20人程度で、3年間同じクラスで過ごす。高3の冬、2016年の甲子園ボウルでは早稲田大の友情応援として甲子園にやってきた。大学生と一緒に「紺碧の空」や「コンバットマーチ」といったワセダの代表曲を演奏。アメフトに接したのは、そのときが最初だった。「さっぱり分からなくて、言われた曲をただ吹くだけでした」。このとき、すでに指定校推薦で関学に進むのが決まっていた。敵だった関学の応援を聞き、「これだけ本気で応援しているのって、すごいなぁ。来年からあっちに行くのか」と、胸を高鳴らせた。
あれから3年、大島は指示出しとして甲子園のアルプススタンドに立った。まだ薄暗い午前7時から阪神甲子園球場の関係者やファイターズのマネージャー、相手の早稲田の応援部との打ち合わせ。吹奏楽部員の場所取りもあって大忙しだった。「あっという間でした。できる限りの準備をして、団員が応援に集中できるような環境をつくりました」。お客さんがすぐそばにいるアルプススタンドで指示出しをして、驚きもあったという。「応援団のファンの方が周りにいらっしゃって、『ここでこの曲を出すんやで』って。曲のコールをマスターなさっていて、びっくりしました。お客さんの反応がすぐ伝わってきて、楽しかったですね」。アメフトの聖地での特別な日を満喫した。
喜びも悲しみも音で表現
彼女に聞いてみた。あなたにとって応援の醍醐味とは? 「声で気持ちを表すのには限界があります。チャンス、ピンチ、喜び、悲しみを音で表現すると、お客さんも気持ちが乗るし、選手や相手のスタンドまで届きます。私たちがお客さんや選手を鼓舞(こぶ)するきっかけになればいいなと思ってます」。関学のお家芸であるアメフトを応援できる喜びは格別だ。「コンサートの何倍も人が入るので、幸せやなと思います。誇りに思いますし、ありがたいです」。大島が満面の笑みで言った。
新年1月3日のライスボウルが「指示出し」として臨む最後だ。来年の春から応援団の副団長になり、「指示出し」から本職のトランペットに戻る。「もう終わりかと思うと寂しいです。来てもらったお客さんに楽しいと思ってもらえるようにしたいです」。選手にとって応援は力だ。「試合でしんどい状況のとき、応援が励みになった」という言葉を何度も聞いたことがある。大学スポーツは選手やスタッフだけで成り立っているのではない。応援も大学スポーツの欠かせないパーツであり、尊い4years.だと思う。