サッカー

特集:第68回全日本大学サッカー選手権

「日本一」には届かなかった関学サッカー 竹本主将が決めた3度目の覚悟

想定外の敗戦も、竹本主将に後悔はなかった

第68回全日本大学サッカー選手権大会 準決勝

12月19日@浦和駒場スタジアム
明治大 7-3 関西学院大

関西学院大にとって「日本一」だけを目指した大会が終わった。応援団にあいさつを終えた主将、DF竹本将太(4年、横浜市立東)が、今年2度目の涙をこらえる。その胸元には銅メダルが輝いていた。

夏の総理大臣杯出場を逃した関学にとって、今年初の全国大会となったインカレ。しかし、準決勝で「最強」明治大に完敗し、3位で大会を終えた。「ここで終わるとは思ってなかった。でも、最後は同点に追いつかれてからでもしっかりと切り替えてきた明大のほうが、圧倒的に日本一にふさわしいサッカーをしていた。勝てなくて悔しいけど、後悔はない」と語った竹本。ロッカールームを出るときには、すでに清々しい笑顔があった。

プロになるために選んだ「最強」の大学

「大卒でプロになる」。竹本が最初に決意を固めたのは中学1年時だった。偶然出会った中村憲剛の著書。大学で才能を開花させ、スター選手となった生き方に衝撃を覚えた。「初めて大卒でプロになる道を知った。自分も大卒でプロになって、視野を広げたい」。当時の仲間たちは強豪クラブを目指す中、竹本はユースに入る道は考えず受験勉強に専念。プロになるために、早くから覚悟を決めた。

大学は「最強」を目指す必要があった。「高校を選ぶときは、そこそこ有名だけど試合に出れるところを選んだ。だから、大学ではちょっと突き抜けないとって。もしそこで試合に出れなかったら、プロになれる器じゃなかったと諦めればいい」。竹本が決めた新しい居場所は、高校3年時の夏、関西選手権と総理大臣杯を制した関学。腹をくくり、2度目の決意を固めた。

やはり、レベルの違いは圧倒的だった。入学後、関学では一番下のカテゴリー、C2チームからスタート。竹本が高校時代に練習試合で大敗を喫していたチームの選手がゴロゴロ在籍していた。「選手権のヒーローだった中野克哉(現京都サンガF.C.)や大塚翔(現FC琉球)がBチームに在籍していたときは、さすがにビビりました(笑)」。チームの強さに圧倒されながらも、最高の環境で練習に打ち込んだ。毎日の練習は、五角形の土のグラウンドから整備された人工芝に。「昔から下手なりに積み重ねてきた、『みんながしんどいときに、ちょっと頑張る』こと。これを生かせば関学でレアになれる」。竹本は自分を信じて、がむしゃらに技術を磨いた。

主将として掲げた目標は「日本一」だけ

高校2年時まではフォワードだった竹本は、大学入学後から手探りでディフェンスを習得。恵まれた体格と練習環境を生かし、徐々に感覚をつかんだ。めきめき実力を伸ばし、2年時の最後はJチームの練習にも参加。「俺でもプロが見えてきたって自信がついていた。3年生でセンターバックの最高学年になって、責任感も持っていた。でも、去年はそれがリンクしない時期が長かった」。一番悔しいシーズンだったとこぼす昨年度。春季からスタメンには定着したが、思った結果が出せなかった。

関学がジャイアントキリングを起こした天皇杯のガンバ大阪戦。チームは勝利を収めるも、当時の正キーパーに「助けられたシーンが何度もあった」と不完全燃焼。総理大臣杯出場をかけた関西選手権の準々決勝では、自らのミスが失点につながり阪南大に敗北した。更に、当時の4年生に感謝を体現しようと意気込んだインカレでは、前日にけがを負い欠場と、やり切れない時期が続いた。

主将となった竹本は、「日本一」を目標に結果にこだわったのだが……

主将になった今年は「日本一」だけを目標に掲げた。毎年、サッカー部で決めていた活動目的を撤廃。練習強度を上げて結果だけにこだわった。だが、今年も総理大臣杯出場をかけた関西選手権準々決勝で、試合終了間際に逆転を食らい大経大に敗北。チームを守り切れず、大粒の涙を流しがっくりと肩を落とした竹本。しかし、そこからチームは奮起した。後期リーグではひとつ順位を上げ2位。インカレ準々決勝では、延長戦の末に立正大を退けた。1年間、失点が多かった中で今年2度目の1-0のスコア。「もっと厳しくやろうぜってやってきたことが、間違いじゃなかった。だから、最後は勝つだけ」。だが、夢がかなうことはなかった。

「張り合いがない人生は幸せじゃない」

大学サッカーを終えたいま、3度目の覚悟を決めている。竹本は12月初旬、卒業後も競技を続けることを公言。海外でのプレーなど、異例の挑戦を掲げている。その裏には、幼いころから築き上げてきた人生観が深く関わっていた。「これが俺にとって、一番厳しい道で、だからこそ生きてる意味がある。張り合いがない人生は俺にとって幸せじゃない」。新たな挑戦へ胸を躍らせる。

岐路に立ったとき、竹本は常に厳しい道を選択してきた

大学生活を終えてもなお、サッカーにこだわる理由を問われると、「それは、サッカーが難しいから。俺、サッカー向いてないって思うもん」と笑いながら答えた。「これからも、一番厳しい選択をしようと思います」。また一歩新たなステージへ。竹本将太の青春は、まだまだ終わりそうもない。