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特集:第73回ライスボウル

関学のQB兼ホルダー兼パンター中岡賢吾「泥臭くやりきるのが4回生」

第73回ライスボウル
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得点を狙うキックの際にボールをセットする「ホルダー」として、中岡は生きてきた(撮影・安本夏望)

アメフト日本選手権・第73回ライスボウル

1月3日@東京ドーム
関西学院大(学生)vs 富士通(社会人Xリーグ)

アメフトの日本選手権・第73回ライスボウルが1月3日にあり、学生王者の関西学院大学ファイターズが2年連続で社会人Xリーグ王者の富士通フロンティアーズと対戦する。関学には、スペシャリストとしての道を歩んできた4回生がいる。QB(クオーターバック)/H(ホルダー)/P(パンター)と三つのポジションを兼ねる中岡賢吾(啓明学院)。甲子園ボウルではQBでありながら、相手の足元に飛び込むナイスブロック。中岡のフットボール人生をたどった。 

生き残るために取り組んだ三つの役割

フィールドへ出ていくエースQB奥野(左)の背中をたたく中岡(撮影・松尾誠悟)

中岡は唯一の4回生QBだ。不動のエースQB奥野耕世(3年、関西学院)がいるため、パートリーダーとして奥野をサポートする。フィールドゴール(FG)やトライフォーポイント(TFP)のキックの場面では、ボールをセットするホルダーとしてフィールドに入る。今シーズン中盤からはキッカーの安藤亘祐(4年、関西学院)がパンターも兼任しているが、シーズン序盤は中岡がパントを蹴っていた。アメフトではキッカー、パンター、ホルダー、スナッパーたちをスペシャリストと呼ぶ。キッカーの安藤は言う。「一緒に大舞台を経験していく中で、いまでは賢吾(中岡)じゃないと蹴られへんっていうぐらい信頼してる。今年はQBとしても忙しくて合わせる時間もあまりなかったんですけど、心配ありませんでした」 

甲子園ボウルでホルダーとしてコールを出す中岡(撮影・松尾誠悟)

中岡がアメフトを始めたのは小6のころ。もともとは関学でサッカー部だった父の影響でサッカーをしていた。だが、2007年の甲子園ボウルを観戦したことで人生が変わった。年間最優秀選手と甲子園ボウルMVPをダブル受賞した関学のQB三原雄太(かずた)さんにあこがれた。小学生対象のチェスナットリーグのチームに入ったが、ポジションはOL(オフェンスライン)とDL(ディフェンスライン)。ぽっちゃり体型だったこともあり、あこがれのQBにはなれなかった。関学の系列校である啓明学院中でアメフト部に入ると顧問の先生の勧めでQBになった。中学、高校ともエースQBとして活躍した。 

QBの中で最も小さく、身体能力も底辺

しかし、名門関学ファイターズでは同じようにはいかなかった。1学年上の先輩には独特のランが持ち味の光藤航哉さん(現・オール三菱ライオンズ)と強肩の西野航輝さんがいた。同期にも関学高等部から上がってきた頭脳派QBがいた。2回生になると奥野が入学してきた。「(奥野のことは)あんまり知らんかったけど、いざ見てみるとV(バーシティ=1軍)のディフェンス相手にもパスを通してて、すごいなと思った」と中岡。QBの中で、足の速さや筋力トレーニングの数値、遠投の距離は最下位。身長も168cmと最も低い。「自分には売りにするものが何もなかった。周りとの差を感じてました。自分の中では挫折だったし、焦りもあった。4回生になったときに自分がどうなってるかなんて、想像もつかなかったです」 

サイドラインで声を出す中岡(撮影・松尾誠悟)

それでも、地味ながら重要な役割との出会いが中岡を変えていく。2回生の夏からホルダーの練習を始めた。アメフトのチームではQBが兼任することが多いが、中岡はこれまでやったことがなかった。「QBで受けるセンターからのスナップとは勢いも違うし、最初は捕れなかったです」と振り返る。2回生のときはパンターとしての出番も多く、QBの練習よりもスペシャルチームでの練習が多かった。「ホルダーは基本的に相手と当たることはなくて、ボールしか見てない。ほかのポジションに比べて、練習でやってきたことがそのまま出ます。QBは想定外のことが多いけど、ホルダーはある程度のことは想定できます」。雨の試合に備えて濡らしたボールを使ったり、わざと乱れたスナップを出してもらったりして、ありとあらゆる場面に対して練習してきた。 

3回生からホルダーで出場

3回生の秋のシーズンから、ホルダーとして試合に出るようになった。だが、去年の関大戦で大きなミスをしてしまった。前半のTFPのキックの際、スナップをうまくキャッチできず、キックが失敗。結果的にその1点が響いて19-19の同点に終わった。「自分のせいで同点になってしまった」と悔やんだ。それからホルダーの練習を増やし、点差や残り時間を想定して練習した。とにかく自分との闘いだ。必死で追い込んだ。その後の西日本代表決定戦の立命戦。17-19で試合残り2秒からのFG。想定してきた中の一つの場面がやってきた。スナップは乱れた。それを中岡がカバーし、安藤が「逆転サヨナラFG」を決めた。チームにとって1年で一番大事な場面で、職人としての働きができた。うれしかった。あまり感情を表に出さない中岡が、これでもかと大きなガッツポーズをした。 

シーズン終盤になり、ワンポイントでQBとして登場するシーンも増えてきた(撮影・松尾誠悟)

「4回生のときに自分がどうなってるのか」。ずっと不安に思っていた最終学年になった。これまでQBとしてはJV(ジュニアバーシティ=2軍)の選手だったが、ようやくVメンバーになれた。秋のシーズン序盤は2番手、3番手として勝負が決まったあとに登場。しかし西日本代表決定戦では、タッチダウンにつながる大事なプレーに絡めた。下積みの時期は長かったが、決してムダではなかった。「ホルダーで学んだことがQBにもつながってます。常に自分の甘さと向き合い、納得するまで突き詰められるようになった。いまはQBとして泥臭くプレーするのを大事にしてます。ランのときは僕自身も思いっきりブロックにいく。QBらしくないプレーをやってやろうと思いました。1プレーを泥臭くやりきることが、4回生のQBとしてプレーで示せるところです」。愚直な努力で三つのポジションを練習して、ファイターズでの生き場所を見つけた。 

東京ドームで渋く輝け!

学生として最後の試合が近づいている。ライスボウルに向けて中岡は言った。「最初はQBで生きていきたかったですし、応援してくれてる人にもQBとしての姿を見せたかった。でも、うまくいかなかったから、いろんなポジションをやって、生き残る道を探してきました。4年間やってきたことのすべてを、与えられた役割で果たしたいです」。奥野のように華々しい活躍はできない。それでも関学の14番は、東京ドームで渋く輝く。