アメフト

特集:関学アメフト・鳥内監督ラストイヤー

関学・鳥内秀晃監督退任に寄せて 三男の裕之さん「最後に甲子園で負け、親父の気持ち分かった」

昨年12月の甲子園ボウルで勝ったあとのツーショット(左が裕之さん、撮影・安本夏望)

アメフトの日本一を決めるライスボウルが13日にあり、学生代表の関西学院大は14-38で社会人Xリーグ代表の富士通に敗れました、今シーズン限りでの退任を表明していた関学の鳥内秀晃監督(61)にとって、ラストゲームとなりました。監督生活は1992年の就任から28シーズン。関学の監督としては異例の長さでした。その間、3人の息子たちはみな、父のもとでアメフトに取り組み、卒業していきました。4years.は三兄弟と妻の美香さんに、監督退任に寄せた手記をお願いしました。第三弾は三男の裕之さん(24)です。

小6のとき「アメフトやらんか?」断れず……

親父へ 

僕が生まれる前から監督をやってはったから、ほんまに長いことやってきましたね。感慨深いです。小さいころは「家の仕事やって、昼からどこ行ってるんやろ」って思ってました。「学校に行ってる」って聞いて、何の学校かと思ったぐらいです。どっちか言うと、家の仕事の記憶の方があるかな。配達やら何やらして、それから関学まで行って監督業をずっとやってきたと思うと、すごいですね。 

僕が小学6年生で「中学から何をしよかな」と思ってたとき、家族で食事に行きました。そこで親父に「アメフトやらんか?」と言われて、断りにくい雰囲気で始めることになった。最初は「何がおもろいねん」って思ってたけど、大学に入って考えが変わりました。「こんなに難しくて、おもろいスポーツがあるんや」と思えるようになったんです。 

4回生のときの親父との個人面談は、あんま思い出したくないですね。春のシーズン前に調子を上げてたつもりやったけど、親父にはやる気ないように見えたんやね。「やめたらええんちゃう?」と言われました。結果的にはその言葉のおかげもあって、春はバーシティ(1軍)の試合にスターターで出られたけどね。

僕らの代は、甲子園ボウルで負けるという一番アカンことをしてしまいました。しかも相手が親父が学生時代に負け続けた日大やったから、一生悔いは残りますよね。

4回生の秋の甲南大戦後の裕之さん(撮影・篠原大輔)

兄貴2人は自分が4回生のときに勝てたのに、僕だけ負けてる。あの場所で勝ちたかった思いは強いですよね。悔しさしかなくて。なんで親父が後輩たちのために指導者としてチームに戻ってきたのかって理由が、少しだけ分かった気がしました。あの気持ちを4年続けて味わうと、そら後輩たちには勝たせてあげたいと思いますよね。 

常に勝ち続けないといけないチームで、今年も後輩たちを学生日本一にしましたね。簡単に来て、簡単に勝てる場所ではないと思います。親父はすごいです。ほんまに、お疲れさまでした。

                                     鳥内裕之

とりうち・ひろし 鳥内家の三男。三兄弟で唯一、中学からアメフトを始め、ポジションはディフェンスのLB(ラインバッカー)。大学で2度の学生日本一を経験。2017年のシーズンが4回生だった。現在は大手保険会社に勤務。

昨年2月、長男貴央さん(中央)の結婚式で集まった三兄弟(左が次男將希さん、右が裕之さん、写真は貴央さん提供)