大学陸上・駅伝

東海大・西川雄一朗 感謝の気持ちを込めて高校の恩師と走った全国男子駅伝

西川は堅実な走りで兵庫の2位に貢献した(撮影・安本夏望)

第25回全国都道府県対抗男子駅伝

1月19日@広島・平和記念公園を発着点とする7区間48km
2位 兵庫 2時間17分28秒
第3区15位 西川雄一朗(東海大4年) 24分11秒

全国男子駅伝が1月19日にあり、兵庫は2位に輝き5年ぶりに入賞を果たした。3区(8.5km)を走った東海大の西川雄一朗(4年、須磨学園)は、前を走った中高生の力走に応えた。

中学生から勇気をもらった

1区(7.0km)を走った西脇工業高校の松尾昂来が先頭と13秒差の15位と好位置でつないだ。続く中学生区間、2区(3.0km)を任された氷丘中学校の長嶋幸宝(そなた)が力走を見せる。12人抜きで3位まで浮上。長嶋は区間賞の走りで、一気に入賞圏内へと持ち込んだ。西川は先頭と3秒差で襷(たすき)を受ける。「1区で粘ってくれて、2区の中学生がいい位置で来てくれました。なかなかいい走りで、中学生から勇気をもらった。僕もしないとって思いましたね」

前半から攻める気持ちで走り始めた。3位グループを率いる形でレース中盤から終盤へ。順位は一つ落としたものの、最後まで西川のペースは落ちなかった。「一つ落としてしまって申し訳なかったけど、チームが2位になれたのでよかったです」と微笑んだ。

恩師の言葉が心の支えに

兵庫の監督を務めた山口哲先生は須磨学園高時代の恩師だ。西川は「厳しい指導で叱られることもありましたけど、人間的に成長させてもらった」と振り返る。山口先生は西川について「決して折れないくじけない子でしたね」と話し、「東海大に行ってからも、いいときも悪いときも相談してくれましたね」と柔らかな表情で語った。山口先生に相談できたことで、西川は心を支えてもらった。

昨年12月、箱根駅伝事前取材での西川。ストイックな姿勢を明かした(撮影・藤井みさ)

「自分を裏切らない取り組みをやるように」。よく言われた言葉を胸に、「黄金世代」と呼ばれる東海大の同期の中でストイックに取り組んだ。練習がしんどいときも気持ちが落ち込むときも「自分に期待してくれている人がいる。この4年間、自分を裏切らず、応え続けないといけないと思いながらやってきました」と言う。

感謝の気持ちを走りに込めて

ラストシーズンは苦しい時期もあった。主将の館澤亨次(4年、埼玉栄)が夏合宿を前にけがをし、長期離脱を余儀なくされた。そして副将の西川が代役を担った。「館澤がいなくなって、走りでも背中でも見せないとって思いました」と重圧がのしかかった。館澤不在のまま駅伝シーズンを迎え、出雲駅伝は優勝どころか4位に沈んだ。学生駅伝三冠の夢はあっけなく散った。そのときも西川は山口先生に相談。山口先生から「副キャプテンとして、チームとして結果が分かってたんじゃないの?」と突きつけられた。

11月の全日本大学駅伝、2位集団をひっぱる西川(撮影・安本夏望)

そこから11月の全日本大学駅伝へ向けて歩みを始める。西川は2区での堅実な走りでチームに貢献し、16年ぶりに優勝。出雲駅伝後に恩師からアドバイスをもらった結果でもあった。その恩師とともに臨んだ今大会。「恩返しできればと思って走りました。粘りの走りを見せることができたと思います」と、感謝の気持ちを走りに込めた。

最後の箱根駅伝で西川は3区(21.4km)を走り、区間6位。東海大は往路を4位で終えた。復路は新記録ペースで追い上げたが、青山学院大を捉えられず、結果は準優勝「箱根で優勝したかったので悔しい思いはあります。でも、ここまでやってきたことに悔いはありません」。西川は東海大での4years.を振り返り、力強く言い切った。

この春からは住友電工で競技を続ける。箱根駅伝で7区区間賞を獲得した明治大の阿部弘輝(4年、学法石川)が同期だ。そして、先輩には今大会で3区区間賞を獲得した田村和希がいる。「田村さんのような走りをしたいですし、阿部は強い存在です。食らいついて切磋琢磨(せっさたくま)したいですね」。目標は2021年の世界陸上出場。次なる舞台に向けて、歩みを止めない。