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野球漫画「ベー革」対談 為末大×クロマツテツロウ スポーツを科学する楽しさ

対談した「ベー革」の作者・クロマツテツロウさん(右)と為末大さん

徹底した効率的な練習で高校野球に革命を起こせ! 小学館の人気コミック「ベー革」の作者・クロマツテツロウさんと、400mハードル日本記録保持者で、現在は執筆やスポーツに関する事業などに取り組む為末大さんとの対談が実現しました。陸上競技と高校野球、それぞれの世界を生きてきた2人が、スポーツの科学的アプローチの重要性やスポーツ界の発展に向けた潮流を語り合いました。

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着眼点がすべて理にかなっている

為末大(以下、為末):「ベー革」を読ませてもらいました。一番印象に残ったのは「練習時間が短い」というところですね。あれは、ご自身の高校野球経験から生まれた着想なんですか。

クロマツテツロウ(以下、クロマツ):いえ。僕が野球をやっていた頃は、練習は長ければ長いほどいいという時代で、疑う余地もありませんでした(笑)。でも、最近の若い子は、学校の部活動とは別に野球教室にも通い、違う角度で野球を教えてもらう機会が増えています。その中で、たとえば球を速くするには、変な走り込みはやめよう、しっかり休んで栄養も補給しようというチームが結果を出しています。こうした新しい動きは漫画でも早く取り入れた方がいいなと思ったのがきっかけです。

「ベー革」の着眼点に興味津々の為末さん

為末:なるほど。いくつかのトレーニングの数値を追いかけて、それを総合して判断するというのも合理的ですよね。野球の様々な能力は最終的には投球に帰着するとか、速いボールを投げるのに必要なのは筋力であり、持久力を問われる局面はほぼないとか、すべて理にかなっている着眼点が面白かったです。

クロマツ:ありがとうございます。野球は他の球技と違って、攻守交代やピッチャーの投球間隔もあり、考える時間がとても長いんです。その間の準備はポジションごとに違うので、いかに全体を捉えるかという点では将棋とも似ているかもしれません。でも「ベー革」では個人競技としての野球にフォーカスして描いている面もあります。

為末:プレーとプレーの間が長いスポーツほど逆転が起きやすいといわれますよね。そこが観る側の面白さにもつながる。僕にとって野球は、サッカーやラグビーの世界と陸上競技の間ぐらいにある位置づけでしたが、個人競技として捉えるのは面白い視点だと感じます。

陸上と野球、選手の動きを分解してみると

――野球と陸上競技に共通点はありそうでしょうか。

為末:バイオメカニクス(運動力学)的な観点からすると、陸上競技のスタートから1歩目は、片足に乗せた体重を反対の足に乗せるという動作です。これを突き詰めると、投球やバッティング、サッカーのキックとほぼ同じ動きになると考える研究があります。僕もピッチング、とくに下半身の使い方は、スタートダッシュの動きに近いと感じています。

クロマツ:野球をやっている人は、ゴルフもうまいことが多いですが、ゴルフが上手な知人から、「ゴルフのスイングがバッティングと同じだと思っているのは勘違い。実はピッチングの方がスイングに近い」と聞いたことがあります。いまの話を聞いて、なるほどと思いました。やはり投球で重要なのは瞬発力で、速筋を増やすべきだという認識で合っていますか。

元高校球児の経験も踏まえて描く

為末:そうですね。僕らの視点から見ると、野球は基本的に速筋以外使っていないと思います。だから科学的な見地からいえば、野球選手が練習で長距離走をやるのはあまり意味がありません。脈拍が高くなるのを抑える効果が多少あるくらいでしょう。また、長い距離を走るというのは筋肉を小さくすることでもあるので、陸上のスプリンターには禁止する指導者もいます。

クロマツ:僕が高校生だった頃は30分間走とかありました。みんな大嫌いでしたが、やるしかなかったですから。

ベースランニング どうやったら速く走れる?

主人公の入来ジローがタイヤを引くシーン

クロマツ:亡くなられた野村克也監督は、よく「脚と守備には好不調はない」とおっしゃっていました。守備については僕も同感ですが、脚は調子の波があると思っています。為末さんはどう思われますか。

為末:もちろん波はありますよ。100mを9秒台で走る選手が10秒2ぐらいになることはよくあります。その幅が野球の走塁だとどう影響するのかわかりませんが……。むしろ僕が野球を見ていて気になるのは、たまに肉離れしそうな走り方をしている選手がいることですね。漫画を描かれる時、走り方も意識されますか。

クロマツ:漫画はデフォルメするので、たぶんみんな肉離れする感じの走り方になっていると思います(笑)。野球のベースランニングでどうやったら速く走れるか? ということもぜひ教えて欲しいです。

為末:これは難しい! 野球選手に走りを指導したこともありますが、ベースランニングだけはわからないという前提で話しました。まずコーナーが急すぎるんです。合理性を求めるなら、ある程度膨らみを持って入るわけですが、ベースを踏まないといけないですしね。

クロマツ:はい、一応、内側を踏むのがセオリーですが、そこで肉離れする人が確かに多い気がします(笑)。

為末:塁間は27mぐらいですよね。短いけど、まあ距離がある。僕の感覚では、外の足で踏むより内の足で踏んだ方がいいような気がします。

クロマツ:たぶん今の子はそう習います。でも、僕らの頃は「どうせできないから、どっちで踏むかとか考えるな」と言われました。コツがあるならぜひ知りたいです。

為末:走ることだけ考えるなら、塁までの歩数を決めてしまうのは有効だと思います。僕がやっていた400mハードルはハードル間が35mで、選手はみなゴールまでの歩数を決めてトレーニングします。でも、野球のように打って走り出す姿勢が毎回違うとなると、難しいでしょうね。

クロマツ:歩数が狂うこともありますか。

為末:調子が良くないと歩幅が出ないですし、向かい風なら歩幅が数cm縮みます。でも、歩数を変えるとレースにならないので、なんとか微調整を繰り返して走っている感じです。

クロマツ:それはすごいなあ。

ベースランニングで速く走るコツを為末さんに尋ねた

科学的アプローチの先に、次の大谷翔平は生まれるか

為末:野球のデータ解析で、ボールの回転数やバットの入射角などが注目されたのは、いつ頃からですか。

クロマツ:大リーグで弾道計測器などを使ったデータが公開されるようになったのが2015年頃からですね。

為末:スポーツのデータ解析は、グラウンドで行われていることを研究室で再現しやすい競技が向いています。陸上競技は一部の種目以外は道具も使わないので、身体のポイントさえ押さえれば、かなり正確なデータを出せます。おそらく1990年代からデータが蓄積されてきていると思います。野球界はこれまで以上に緻密(ちみつ)なデータが取れるようになって、今が一番激変期にある感じがしますね。

クロマツ:技術の進歩によって、ようやく野球も陸上に追いついてきた気がします。ただ、あまりデータで縛りすぎると、野球が面白くなくなってしまう危険も出てきそうです。野球は道具を使うので、感覚の部分などを人に指導する際の言語化がより難しいなとも感じています。

科学的なアプローチにはふたつの面があると語る

為末:科学的な指導法をめぐる監督と選手の対比も作品のテーマなのでしょうか。

クロマツ:そんなに大げさなものではありません。野球部経験のある読者が僕の作品に求めているのは、たぶんリアルな部分だと思うので、そこは外さないようにと心がけています。そのうえで「効率的な練習をすれば誰でも150キロのボールが投げられる」といったフィクションを楽しんでもらう。めちゃめちゃデフォルメしていますが、そこの裏付けや信頼性は大事にしています。

為末:この方向の先にはあり得るかもしれない……という物語ですね。確かにデータ絶対主義や万能主義になってしまうと、読者も懐疑的になってしまいそうです。

クロマツ:そうなんです! そもそも僕は根性論をまだ信じているというか、大事だと思っている部分もあります。そこを否定するようには描いてはいませんし、今後も描かないと思います。

為末:科学的なアプローチには、ふたつの面があると感じています。ひとつは既存のデータをもとに積み上げていく方法です。効果が確実に予測できる半面、この手法から大谷翔平選手は生まれにくい、なぜなら過去のデータには彼がいないからです。もうひとつは、常識を疑い、時に無謀に見える前例のないことにチャレンジしてデータを集めていく方法。効率は悪くとも、大谷選手が生まれる可能性は高くなるかもしれません。画期的なイノベーションには、そうした挑戦や根性みたいなものが必要になる場合もあるのでしょう。スポーツの世界はその両方をいったりきたりしながら発展してきた印象があります。それがスポーツの面白さでもあるのでしょうね。

「ゲッサン」編集部を訪問して記念撮影

――9月には「ベー革」の新刊が発売されます。読者に向けて、メッセージをお願いします。

クロマツ:ずっと続いていた試合が完結するので、すっきり読んでもらえると思います。もし買い忘れている人がいれば、前の巻から買った方がいいですね(笑)。

為末:新刊も楽しみにしています。ぜひ陸上ネタも採用してください(笑)。今日はありがとうございました。

クロマツ:こちらこそ、ありがとうございました。本日うかがったお話、今後の「ベー革」に生かしたいと思います!

【profile】

為末 大(ためすえ・だい)/元陸上選手、Deportare Partners代表。広島県出身。男子400mハードル日本記録保持者で、スプリント種目の世界大会で日本人として初のメダルを獲得。主な著作に『熟達論』『Winning Alone』『走る哲学』。

クロマツテツロウ/漫画家。奈良県出身。「ゲッサン」(小学館)で『ベー革』を連載中(2021年~)。代表作に『ドラフトキング』(集英社)、『野球部に花束を』(秋田書店)など。元高校球児で現在も草野球でプレーを続ける。右投右打。

 

高校野球を科学する『ベー革』とは

舞台は全国屈指の高校野球激戦区・神奈川県。甲子園を夢見る球児・ジローは昨年ベスト4入りした新鋭の私立相模百合ヶ丘学園に入学する。しかし、そこで待っていたのは「平日は練習一日50分」「月曜はお休み」「部員は全員元投手」といった型破りなチーム。科学的なアプローチで「ベースボール革命」を目指す監督と部員たちの熱い闘いを描く。9月11日頃に最新第6巻が発売。


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