アメフト

【4years.開幕宣言】日大のQBと語った夜

9月2日、日大QB林(左)と語る篠原編集長

9月2日の夜だった。私は開幕したばかりの関東大学アメリカンフットボールリーグの試合会場で取材していた。明治大の選手に話を聞き終わると、背後から「篠原さん」と声をかけられた。振り向くと、久々に見る笑顔があった。

彼の名は林大希(たいき)。日大の2年生で、アメフトの花形であるQB(クオーターバック)。昨シーズンは1年生ながらエースQBとなり、27年ぶりの学生日本一に大いに貢献した。だが今年、彼が公式戦のフィールドに立つことはない。

私が林と会ったのは5月6日以来だった。ゴールデンウィークの最終日、日大と関西学院大との定期戦があった日だ。林は1月のライスボウルでのけがが完治せず、試合には出なかった。試合後に彼と語り合った。彼らに何が待っているかなど、考えもしなかった。

その日の夜、例の「悪質タックル」の動画がSNSで拡散していった。故意としか思えない重大な反則に、私は言葉を失った。試合中はカメラを構えてボールを追っていたから、その反則のひどさに気づいていなかった。

その後、大学側の対応の遅さも相まって社会問題化し、日大は関東学生連盟から2018年度中の公式戦出場資格停止の処分を受けた。この秋のリーグ戦は7戦すべて不戦敗となり、1部TOP8から実質的な2部に当たる1部BIG8へ降格する。来年度は復帰が認められても、BIG8から甲子園ボウルへの道はない。約30人いた4年生は選手5人、スタッフ5人だけを残して部を去った。秋の夜空の下で、林は私に明かした。「正直、何のためにトレーニングとか練習してるんやろ、って思うときもありますよ。みんなそうやと思います」

昨冬の甲子園ボウルで大活躍した林(中央)

彼は昨年、学生フットボール界に現れたスターだ。肩が強く、鋭い走りをする。試合中は1年生らしからぬ落ち着きがあり、ど根性も勝負勘も備わっていた。それなのに試合前は緊張で何度もトイレに駆け込むと聞いて驚いた。27年ぶりの学生王者となったチームの主役となり、ルーキーとしては初めて甲子園ボウル最優秀選手と年間最優秀選手に同時に選ばれた。

私が林大希に惹かれたのは、彼の生きざまを知ってからだ。いつ道をそれてもおかしくない人生を歩みながら、家族の支えもあり、アメフトに関しては「やると決めたら、とことんやりきる」という姿勢を貫いてきた。
2人の姉と両親と一緒に大阪市住之江区で育った。神戸学院大でアメフト選手だった父の義宜(よしのぶ)さんに勧められ、小学校入学と同時にフットボールを始めた。QBになり、競技にのめり込んだ。歩道橋を駆け上がって脚力を鍛えた。嫌がる姉たちに路上でディフェンス役をさせてランを磨いた。家では駐車場に張ったネットにボールを投げ込んだ。

スポーツ推薦で強豪の関大一高(大阪)へ進む。秋には早くも試合に出たが、勉強はしなかった。成績が足りずに進級できず、転校することに。林はふてくされた。親や先生がアメフト部があって2年生から編入できる学校を探してくれているのに、「もうアメフトなんかせえへん」「中卒でも社長になった人はおる」などと言って部屋にこもった。2番目の姉が怒った。「あんた、逃げんと向かっていき! 」。父は「逃げるヤツに未来はないで」と諭した。母の早苗さんが「やりたなったらやれるように、アメフトのある学校にしとき」と言うと、ようやく末っ子の顔は晴れた。

2年生から大阪府立大正高へ。アメフト部は10人ちょっとしかおらず、卒業まで1勝もできなかった。ただ、林は自分の体を強くすることはやり抜いた。1日10食。朝と夜に筋力トレーニング。ベンチプレスは高校生のQBとしては規格外の160kgを支えるまでになった。2年の1月に大阪選抜で出たオールスター戦で、各大学のコーチの目に留まった。3年のとき、久々にキャッチボールの相手をした父は、速すぎるパスに腰を抜かしそうになった。日大に入ると、泣きながら猛練習に食らいついた。体重は10kg落ちた。動きがシャープになり、秋のリーグ戦からエースの座をつかんだ。やり抜くことで、人生が上向いた。

投げてよし、走ってよし

林は去年、何度も言っていた。「僕は人生で修羅場があったんで、試合でピンチになるぐらいは何ともないんです」。そして学生日本一という栄光から半年で突き落とされた奈落の底。それでも林は言う。「僕の人生、落ちたとこから上がるって決まってますから」
来シーズンに一発で元のリーグに戻れれば、林が4年生になる再来年は甲子園ボウルが狙える。「ほんまに活躍できるのは4年のうち2回って言われてるんです。だから、僕は1年と4年なんですよ、多分ね」。林が満面の笑みになった。

4年という限られた時間に、ありったけの本気をぶつける。それが大学スポーツだ。全国には20万人の大学生アスリートがいる。周りで支える人もいて、その人の数だけドラマがある。彼ら、彼女らの物語に一つでも多く寄り添っていきたい。その思いこそが、4years.の背骨である。きょう2018年10月25日に4years.の歴史が始まった。みなさんと一緒に一歩ずつ前進していけたらと思う。

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