ビッグゲーム前の関学4回生に密着、鳥内秀晃監督との魂と魂のやりとりを見た
アメフト全日本大学選手権決勝・第74回甲子園ボウル
12月15日@阪神甲子園球場
関西学院大(西日本代表、関西2位)vs 早稲田大(東日本代表、関東)
アメフトの全日本大学選手権は12月15日、決勝の甲子園ボウルがある。2年続けて関西学院大と早稲田大の顔合わせだ。鳥内秀晃監督(61)が今シーズン限りでの退任を表明している関学には30度目の優勝がかかり、早稲田は悲願の初優勝を狙う。
立命との再戦を前に、関学の「5 Scenes」を体験
2016年に甲子園ボウルの西日本代表を決めるトーナメントに関西学生リーグの2位校も組み込まれ、今年からは3位校まで入ってきた。その16年からずっと西日本代表は関学だ。今年もリーグ戦で敗れた立命館大(関西1位)を相手に西日本代表決定戦でリベンジ。私は昨年までは「関学スポーツ」の学生記者として、今年は4years.のライターとして関学ファイターズを取材してきた。ここ一番で強さを発揮できる要因には、選手層の厚さや巧みな戦術、経験豊富なコーチ陣の存在もあるが、最終的には4回生の心意気だと感じている。
ファイターズの4回生たちはビッグゲームの前夜から当日にかけ、腹をくくるための五つの「儀式」に取り組む。鳥内監督に「儀式みたいなもんですよね」と言うと、「儀式ちゃう」と言われたので、私はこれを「5 Scenes」と名付けてみた。11月30日、立命との西日本代表決定戦前日から、私は同じ関学の4回生である彼らに密着させてもらった。
SceneⅠ 下級生への感謝
【11月30日午前 10時 関西学院第3フィールド】
この日は厳しく冷え込んだ。ファイターズの練習拠点である第3フィールドには寒風が吹きすさんでいた。立命との再戦に向けて最後の練習を終えた選手たちはハドルを組んだ。コーチの話が終わると、主将、副将ら幹部が前へ出た。「何かあったら俺の背中を見ろ」「やりきったと言えるまですべて出しきろう」。幹部たちが話し終えると、4回生全員が下級生の前に並んだ。主将でDLの寺岡芳樹(関西学院)が代表して「いままでありがとう。またここに戻ってこよう」と言うと、ほかの4回生たちが深々と頭を下げた。「負けることもある」という覚悟を決めているから、これまで自分たちを支えてくれた後輩たちへ感謝の気持ちを伝えておく。1990年代後半からの宿敵である立命との決戦前だけの特別なシーンだ。
SceneⅡ 監督と4回生の前泊
【11月30日午後8時 大阪府池田市内のホテル】
決戦の前夜、4回生と鳥内監督が宿舎で前泊するのは「5Scenes」の代表格だ。鳥内監督がファイターズの現役のころはチームの規模がいまより小さかったこともあり、すべての部員で一夜をともにしたという。現在の形になったのは、ちょうど22年前。その年によって違いはあるが、京大戦前、立命戦前、甲子園ボウル前、ライスボウル前などの前夜に泊まる。今年は関西学生リーグ最終戦の立命戦前に続き、この日で2度目だ。3週間前と今回の試合会場は同じ万博記念競技場だが、前回は兵庫県三田市内、今回は大阪府池田市内のホテルに泊まった。なぜ宿舎を変えるのか、鳥内監督に聞いてみると「風水や。風水いうても占いやで。別にどうでもええねんけど、ええ方角があるんやったらそっちから入りたいやろ? 今回は東や」との答えだった。
4年間ファイターズを取材してきたが、大一番の試合後のインタビューでは必ずといっていいほど前泊の話が出てきた。これが4回生にとってとんでもなく大きな力になっている。一体何が起こっているのだろう。私も緊張した面持ちで4回生たちとともにホテルへ向かった。ホテル内の会議室。51人の4回生たちは輪になって椅子に腰かけ、鳥内監督が部屋に入ってくる。4回生と監督だけのミーティングが始まった。主将の寺岡から順に、反時計回りに決意表明していく。
「いろんな気持ちが駆け巡るけど、こんなとこで終わってられへん」
「自分のミスでチームに迷惑をかけてきた。繰り返してしまうんちゃうかっていう恐怖しかない」
「立命に負けたら、この1年やってきたことがすべてムダになる」
「怖い気持ちがある」
4回生はそれぞれの思いを吐露していく。涙目になっている選手もいた。ある選手は「正直、体が持つかどうか分からん」と告白し、「刺し違える覚悟で戦う」と仲間に誓った。4回生全員が話し終えると、鳥内監督がスッと立ち上がった。
「お前らにはファイターズの青い血が流れてへん! お前ら、泊まらんかったら何考えてる? 考えてみぃや。自分らの代、俺らの代って思ったら寝られるか? そこから始まってんねん。苦しいのは当たり前。だから、しんどいねん」
「寝ながらでも(立命のこと)考えたらええねん。寝て、起きたらしゃあない」
「本気でファイターズを背負ってるか? 個人の財産づくりのためにやってるわけやない。結果、個人の財産になる。それが4年のすごさ、明日しかないっていうすごさ、迫力やねん。最後にやるヤツ、それが4年や」
「負けたら終わり。俺も終わりや。まだ考え方が足りん。最後やと思われへん」
最後にこう言って、監督はホテルの自室へ戻った。「男になれや」
監督は前もって、4回生と泊まる理由を私に語ってくれた。「家で一人おったら不安で寝られへんやろ? 『俺だけちゃうんや。お前もか』。その不安な思いを共有しようやってところから始まってるんや。昔は泣いてるやつもおったよ。それがファイターズの4年ちゅうもんや」。この日、2019年度の4回生たちは決戦前夜にもかかわらず監督に「話しにならん」と愛想をつかされた。「お前らには青い血が流れてへん!」。そう強い言葉で伝えたのは、ファイターズを背負う覚悟のない4回生が多すぎたからだ。「負けるかもしれんから悔いのないように、って言うとるヤツがおる。なんであんな言葉が出てくるかが分からん」と不満げだった。そのあと、4回生だけのミーティングは午後10時半まで続き、主将の寺岡が締めた。「最後に花を飾りにいこうとするのはやめよ。明日は戦やぞ!」。仲間たちは寺岡の言葉に心を打たれた様子だった。ホテルの部屋に戻ると、それぞれ家族へ手紙を書いたり、同じポジションの後輩に電話をしたり、同部屋の仲間と話したりする。こうして夜が更けていく。
SceneⅢ バス車内で歌う校歌
【12月1日午前10時 池田市内のホテル~万博記念競技場】
決戦当日。きれいな青空が広がっていた。バスが宿舎を出る15分前、鳥内監督はすでにバスに乗っていた。「ええ天気やなぁ。暑いやろか?」。4回生が続々とバスに乗ってくる。午前10時に、バスは決戦の地へと出発した。音楽を聞く選手もいれば、ただ目を閉じる選手もいる。監督はずっと窓の外を眺めていた。車内はシーンとしていた。4回生の表情や息づかいから「一つになってる」と感じた。会場へ近づくほどに、気持ちが高まってくる。到着する直前、寺岡の合図で4回生たちが校歌「空の翼」を歌い始めた。大きな声で。最後に「勝つぞ!」と寺岡が気合を入れた。涙を流す4回生もいた。端から見れば異様な光景かもしれないが、ファイターズを背負って戦う覚悟がひしひしと伝わってきた。
SceneⅣ 監督との握手
【12月1日 午前10時30分 万博記念競技場】
4回生たちは試合開始の3時間半前に競技場に着いた。バスを降りた4回生と鳥内監督がハドルを組んだ。監督は開門前に長蛇の列をつくった関学ファンを指して言った。「あの列を見ろ。お前らが勝つのを見るために、あんなにも並んどるんや。勝たなカッコ悪いやろ? 勝負なんやから負けることもある。お前らも最後、俺も最後や」。ハドルが解けると、一人ひとりが監督と握手を交わす。歴代の4回生も言っていたが、監督の手が温かく、握手するとグッとくるのだという。監督も「任せたぞ」との思いをこの握手に込めている。
SceneⅤ お祈りとFight on
【12月1日 午後2時の試合開始前 万博記念競技場】
ファイターズはすべての試合の前にお祈りの時間をとっている。キリスト教主義の関学にとって特別な時間だ。この日も競技場内の一角でお祈りの時間を持った。お祈りのあと、鳥内監督が選手たちの前に立った。「負けは全部おれが背負うから心配すな。誰もアカン言わんから心配すな。攻めて、攻めて、やれよ。守りに入るなよ。下向くなよ。ええか?」。4回生たちの目から涙が滴り落ちた。監督の話が終わると、DL藤本潤(4年、明治学院)が「手つなご」と言った。みな、隣の仲間と手をつないでいく。寺岡が口を開いた。「一人で戦ってるんちゃうぞ。横でやってるヤツを信じきれ。自分が攻めて、攻めて攻めまくって周りのやつ信じろ! 最後の瞬間まで攻めきって、絶対勝つぞ!」。嗚咽(おえつ)混じりに泣く選手もいた。寺岡の話が終わると、全員が入場の花道へ向かっていく。関学の応援歌「新月旗の下に」が流れ、選手とスタッフが入場した。いつにも増して体をギュッと寄せ合い、ハドルを組む。部歌「FIGHT ON,KWANSEI」を高らかに歌いあげた。1949年に誕生した部歌はファイターズの心のよりどころであり、大一番の前だけに歌われる。歌い終わると「もうやるだけや」と、チームが一つになるのだ。
そしてファイターズはパンサーズにリーグ戦の借りを返し、甲子園ボウル出場を決めた。
人間臭さこそが、ファイターズの強さの源
ファイターズは「試合巧者」と表現されることが多い。洗練されたゲームプランや創意工夫を尽くしたプレー、経験豊富なコーチ陣の能力……。だが今回、大一番を前にした4回生に密着取材をさせてもらい、「人間臭さ」こそが関学の強さを支えているのだと感じた。前泊のミーティングでの鳥内監督と4回生の言葉には迫力があった。私は息を潜めて聞き入った。「5Scenes」の一つひとつが、人間同士の魂のこもったやり取りだ。SNSの時代に、人と人が直(じか)に思いをぶつけ、共有する。そんな文化が、ファイターズにはある。
ファイターズを取材してきて4年。思い返せば、4回生の意地を感じた場面が何度もあった。真っ先に思い浮かぶのは、2016年の西日本代表決定戦だ。前年に立命に敗れ、関西6連覇を逃した。リーグ最終戦で立命にリベンジし、2年ぶりの甲子園ボウル出場をかけた一戦。前半で20点差をつけたが、目の色を変えた立命に3点差まで迫られた。第4クオーター、自陣2ydからのオフェンス。QB伊豆充浩のパス、RB野々垣亮佑、橋本誠司らのランで前進。最後はゴール前7ydからRB加藤隆之がエンドゾーンに駆け込んだ。名前を挙げた4人はみな4回生。雨が降りしきる万博で、2年ぶりの甲子園切符をもぎ取った。「全員で気持ちを出せた」と話し、涙を流す4回生の姿を、よく覚えている。1回生だった私に関学の「4年のすごさ」を最初に見せてくれた。当時の4回生たちも同じことをして決戦を迎えていたと思えば、納得がいく。
不安を出しきり、「やるしかない」の境地に達する
「5Scenes」の奥底にあるのは、大学、チーム、仲間を背負うという気持ちだ。「後ろにすごいもんがある。それを背負うから体を張れるし、力をもらえる」と鳥内監督。守るべきものがあるから強くなれる。青い血も騒ぐ。その中で本気で負けを覚悟し、リスクを負って勝負をかける。不安な気持ちをすべて出しきり、「もうやるしかない」という状況に持っていく。この境地に達するからこそ、魂のこもったプレーが生まれる。「5Scenes」はファイターズにおいて「4年のすごさ」を生む上で欠かせないものなのだろう。また一つ、このチームの奥深さを知った気がする。今回、鳥内監督を始めとするスタッフのみなさんや4回生たちの理解を得て、特別に立ち会わせてもらった。みなさんに心から感謝したい。
いよいよ鳥内監督にとって最後の甲子園ボウルだ。4回生たちは、また新たな「5Scenes」を経て、青き戦士たちが早稲田との決戦に臨む。