大学アメフト

特集:第73回ライスボウル

関学・出光浩太朗 高校時代エースだった男が、ボロボロになってやりきった10年

西日本代表決定戦の試合前練習で張り切る出光(撮影・安本夏望)

アメフト日本選手権・第73回ライスボウル

1月3日@東京ドーム
関西学院大(学生)14-38 富士通(社会人Xリーグ)

アメフトの日本一を決めるライスボウルで、学生代表の関西学院大学ファイターズは社会人Xリーグ代表の富士通フロンティアーズに14-38で敗れた。私が関学高等部のアメフト部でコーチをしていたとき、高2、高3とクリスマスボウルで勝った代のメンバーが4回生としてのシーズンを終えた。その中で、決して主力選手ではなかったが、小さな体でやりきった心優しい男について触れておきたい。 

関学の出光浩太朗(関西学院)は、本職のDB(ディフェンスバック)としては控えだ。今シーズンは主にキッキングゲームで試合に出てきた。DBとしては関西学生リーグの同志社大戦、全日本大学選手権の西南学院大戦で勝負が決してから出る程度だったが、早稲田大との甲子園ボウルとライスボウルではけが人が出た関係で、緊張感のある場面でディフェンスの一番うしろで構えた。 

ライスボウルでタックルする出光(中央上、撮影・北川直樹)

とくにライスボウルでの出番は想像以上に早かった。第1クオーター(Q)、富士通のこの日3度目のオフェンスシリーズの途中でフィールドへ。緊張はしなかったそうだが、やられまくった。プレーの終わり間際に相手のOL(オフェンスライン)に突っ込んでこられ、身長169cm、体重72kgの体が思いっきり東京ドームの人工芝にたたきつけられた。タックルにいっては肩を脱臼。「もう、強すぎて……。これが社会人かって思いました」。素直すぎる感想が彼らしい。 

それでも、いい意味で忘れられないプレーもあった。第2Qに入ってすぐの関学のオフェンス。フィールド中央付近で第4ダウン残り3ydの状況となったスコアは0-14。関学は仕掛ける。パントの陣形からパスを投げるトリックプレーを繰り出した。

ライスボウルのトリックプレー。出光が走り抜けた後のスペースで中岡から前田広人へパスが決まった(撮影・安本夏望)

右にモーションしながらスナップを受けたQB中岡賢吾(4年、啓明学院)が、パスコースに出たWR前田広人(同、同)への短いパスを通した。攻撃権更新に成功した。いつもパントカバーで出場している出光にはこのとき、奥におとりとして走り込み、前田のキャッチするスペースを空ける役割があった。こういったトリックプレーは相手がどう対応してくるかが読みにくく、不確定要素が多い。だから練習で何度も何度もシミュレーションを重ねる。「めっちゃ練習しました。甲子園ボウルが終わってから、練習の始まる前と終わってから20回ずつぐらい。ほんまにずっと練習してたんで、決まったときはうれしかったです」と出光。仲間と練り上げてきたプレーを最高の舞台で成功させた喜びは、強く心に刻まれた。 

出光は関学中学部でタッチフットボールを始め、高等部でアメフト部の門をたたいた。体は大きくなかったが、クイックネスがあり、オフェンスの花形であるRBやWRで活躍した。一方で性格が優しすぎ、人に要求したり、自分の気持ちを表に出すのが苦手だった。同じRBには同期の主将がいて、出光はどこか影に隠れることが多かった。高3のとき、その主将が大けが。出光がエースとなり、高校日本一を決めるクリスマスボウルで、2連覇を決定づけるタッチダウンを挙げた。試合の最後にオフェンスが回ってきた。ニーダウンで時間を潰せば関学の勝ちだ。私たちコーチ陣は、けがで試合に出られなかった主将をフィールドへ送った。出光は嫌な顔ひとつせずにサイドラインへ戻ってきた。彼の根っからの優しさに、我々コーチ陣も深く感銘を受けた。 

関西学院高3年生のとき、クリスマスボウルでタッチダウンを決めた(撮影・篠原大輔)

私は出光が大学でもアメフトを続けると思っていたが、意外な道を選んだ。ラグビー部に入ったのだ。しかも選手ではなく、マネージャーという裏方の立場で。「友だちに誘われて、新しい環境もいいかなと思って。水くみとか、練習の準備とかしてました」。それを聞いて驚いたが「新しい道で頑張ってくれたら」と思っていた。するとまもなく出光から電話があった。彼は泣いていた。「やっぱり、アメフトに戻りたいんです。でも、ラグビー部に入ったばっかりだし、やめると迷惑をかけてしまう。どうしたらいいか分からなくて……」。結局、出光はアメフトに戻った。「モヤモヤしたままラグビー部にいても申し訳ないので、移らせてもらいました。でも、支える側を2週間だけでも経験できたのはよかったし、自分がプレーするときは、こういう人たちの思いも背負ってやらなあかんって分かりました」 

甲子園ボウルであわやインターセプトかと思われたシーン(撮影・安本夏望)

アメフトではRBやWRもやったが、3回生の夏にDBにコンバート。「正直『終わったな』と思いました。何回もやめようと思いました」。中学からずっと本格的にディフェンスをやったことがなく、なかなかタックルがうまくならない。それでも逃げなかった。キッキングゲームでチャンスを生かし、出番をもらった。「1プレーにかける思いが強くなりました」。エースRBだった高3のころとは正反対の立場になって、大事なことに気づけた。 

アスリートとしての心が成長しても、根本的な性格は変わらない。DBのポジションは副将の畑中皓貴(4年、滝川)と松本紘輔(同、関西学院)が厳しく引っ張り、出光は下級生に対するフォロー役だったという。「やっぱり、自分に引っ張る役はできませんでした。練習でアホみたいに声を出したり、暗い雰囲気にならないように心がけてました。とくに後輩への声かけなんかはしっかりやってきたつもりです」 

昨春の法政大戦のキックオフカバーで、相手のブロックを突き抜けてきた(撮影・篠原大輔)

ライスボウルの試合後、DBパートで集まり、輪になった。下級生の顔を見ていると、わき出てくる感情が抑えられない。泣くつもりもなかったし、主将の寺岡が泣いている姿を見ても涙は出てこなかったのに。「俺ら4年は畑中と松本くらいしか試合に出てなくて、下級生に助けてもらってばっかりやった。来年はどこに目標を定めるか分からんけど、もっといいDBパート、もっといいチームを作ってほしい」。東京ドームで大泣きしながら、絞り出すような声で後輩たちに伝えた。 

パントフォーメーションから走っていく出光(手前の2番、撮影・安本夏望)

もうアメフトを続けるつもりはない。「いままで朝9時に大学に集まってミーティングしたり、筋トレしたりしてたんですけどね」。ライスボウル翌日の14日は、昼前まで寝た。 

「途中でラグビー部にもいったけど、一つのことを10年も続けてこられた自分を褒めたいです。やらせてくれた親にも感謝してます」。出光らしい笑顔で、10years.のフットボール人生にピリオドを打った。

甲子園ボウルの緊迫した場面で出場し、試合後に「まさか僕まで回ってくるとは……」と言った(撮影・北川直樹)