陸上・駅伝

商店街と学生のコラボで生まれて14回目「ゑびす男選び@阪大坂」に行ってみた

朝7時半、男たちが阪大坂へ駆け出した(撮影・柳谷政人)

112日の早朝、大阪大学豊中キャンパス付近の通称「阪大坂」で「第十四回ゑびす男選び@阪大坂」があった。有名な西宮神社の「福男選び」ならぬ「ゑびす男選び」は、大阪大学経済学部の松村研究室と、キャンパスに近い石橋商店街による共同企画。今年で14回目となるイベントに込められた大学生と地域住民の思いに迫った。 

先着順に前からスタート

日の出前の午前5時45分。集合場所の石橋玉坂公園の前にはすでに10人以上の列ができていた。先着順に前からスタートできるため、勝負はここから始まっている。6時10分の受付開始は前倒しで6時となった。この日は約230人が参加。中には阪大の陸上部員や駅伝サークルのメンバー、地元中学校の陸上部員に、コスプレランナーもいた。 

レース前には子どもたちも一緒にラジオ体操(撮影・松尾誠悟)

午前7時から開会式とラジオ体操があり、いよいよ大人の部と子どもの部に分かれてゑびす男選びがスタート。約300m先にある豊中キャンパス西側の石橋口を目指して、太鼓の合図で一斉に駆け出した。S字カーブでキツい上りの阪大坂をダッシュ。ゴール地点には三つのハッピが丸められ、パン食い競走のように吊り下げられてある。3着までがハッピを取り、広げると「1番」「2番」「3番」と書いてあって、抽選でゑびす男が決まる。今年は着順通りになった。2020年の一番ゑびす(ゑびす男)は1着の広兼浩二朗さん(阪大M2、洛南)。二番ゑびすは2着の本間貴裕さん(同、桐光学園)、三番ゑびすは9回目の挑戦となった3着の池野昌弘さん。走り終わった後、参加した人たちは餅つきや抽選会を楽しみ、商店街の人たちが雑煮をふるまった。 

参加者たちは走ったあと、炊き出しの雑煮で体を温めた(撮影・松尾誠悟)

一番、二番ゑびすは阪大の理系アスリート

一番ゑびすの広兼さんと二番の本間さんは阪大の陸上部員で、ともにハードラーだ。広兼さんは桐生祥秀さんと洛南高校(京都)の陸上部で同期で、一緒に練習してきた。そしていま、広兼さんと本間さんは阪大大学院生命機能研究科の同じ研究室で学んでいる。昨年、2着で一番ゑびすとなった本間さんに誘われ、広兼さんはゑびす男選びに初挑戦。「自分の方が速いだろうと思って(笑)」と、自信満々で臨んだ。 

2020年のレースで表彰を受けたみなさん(撮影・松尾誠悟)
1着の広兼さんが今年の一番ゑびすになった(撮影・松尾誠悟)

広兼さんは豊中市の千里中央で一人暮らし。始発電車では間に合わないため、午前4時半に家を出て、走って集合場所までやってきた。原付バイクで来た本間さんと5時半に合流し、列の先頭に並んだ。広兼さんは「ジョグで来たのでキツくて、一番近くの右のハッピを取っちゃえと思って、取ったら福がありました」と笑った。同じ阪大生によるこのイベントについて聞いてみた。「いいですよね。地方活性化としてどんどんやってほしいです。もっと阪大生ばかりのイベントかと思ってましたけど、小さい子が多くてビックリしました」。本間さんも「おもしろいと思います。もっと広まって阪大も話題になればうれしいです」と話した。広兼さんは石橋商店街で使える1万円の商品券を手にし、「走った仲間と商店街で買い物したり、おいしいものを食べたりしたいです。来年もいっぱい人が来てくれればいいですね」と、ほほ笑んだ。 

昨年の一番ゑびすだった本間さんは2着で二番えびすに(撮影・松尾誠悟)

ゑびす男選びは2007年に始まった。石橋商業活性化協議会理事長の堤洋一さんが「阪大生と交流できたら」と考えたのがきっかけだ。「地域との連携」や「石橋の活性化」をメインテーマにしていた経済学研究科の松村真宏(なおひろ)教授のゼミで学ぶ学生たちと出会った。彼らとの雑談する中で「阪大坂を走ったらおもろいんちゃう?」という話になって、このイベントが生まれた。 

高松智美ムセンビも走った!

当初は実行委員会のメンバー10人、参加者も60人と小規模だった。これまで雨天中止もなく、200人超が参加するイベントに発展。池田市を拠点にしていた陸上中距離の高松智美ムセンビ(名城大)も参加していた。堤さんは「高松さんは僕らが育てた、って言うてます」と笑う。ゑびす男選びをきっかけに阪大生と石橋商店街とのつながりが強まり、交流も増えてきた。堤さんは「活性化どうこうはあんまり考えてなくて、結果的にそうなればいいなと思ってます。阪大生は石橋商店街にとって、なくてはならない存在です」と語った。松村教授も「阪大と商店街の結びつきが継続しているのはいいことです。コミュニティーができてきてます」と成果を実感している。 

堤さん(左手前)の最初の思いが、このイベント実現につながった(撮影・松尾誠悟)

実行委員長を務めた堀颯流(そうる)さん(阪大3年、近大付)は「とりあえず、終わってホッとしてます。すごい迫力でした」と話した。委員長には自ら立候補。3回生、4回生、大学院生を含めた約20人のゼミの学生たちが、昨年11月から準備を始めた。ポスター作成やスタートの横断幕づくり、市役所や警察への許可申請などやるべきことはいっぱいだ。「人に指示を出すような経験がなかったので、手間取りました」と振り返る。 

実行委員長を務めた阪大3回生の堀さん(撮影・松尾誠悟)

阪大生のランドマークに

前日から当日にかけての準備が最も大変だ。「裏ゑびす」と呼ばれる実行委員の試走から始まり、炊き出しの準備まで。睡眠時間は2時間。阪大坂を舞台とするゑびす男選びには「阪大生と商店街との交流」のほか、もう一つの思いが込められている。「毎日通る道なのに、しんどくてマイナスなイメージがあるんです。ゑびす男選びは、そのイメージをプラスの方向に結びつける仕掛けでもあります。イベントを通して阪大生のランドマークになればいいなと思う」と堀さん。 

夏の暑い日には汗をたらしながら上る阪大坂。たしかに「キツい」「しんどい」と嫌なイメージも強いのだろう。だが、年に1度のイベントではそこを駆け抜け、人々が心を通わせる。自然と笑顔の花が咲く。実行委員長の堀は言う。「これから先もつないでいってほしいです。長く続くイベントになればいいなと思います」。阪大生と地元商店街のみなさんのあったかい思いが詰まった「ゑびす男選び」は、これからも受け継がれていくだろう。

最後にみんなで記念撮影(撮影・松尾誠悟)