大学野球

特集:2020年 大学球界のドラフト候補たち

立教大学・中川颯 数少ない「サブマリン」は自分のプライド

昨年秋季リーグで救援として登板した中川(撮影・うさみたかみつ)

8月の開幕を目指し、再延期になった東京六大学リーグ。2017年春以来の優勝を目指す立教大学の先頭に立つのがエース・中川颯(はやて、4年、桐光学園)だ。今年のドラフト候補でもある長身サブマリンに下手投げへのこだわりなど、電話取材で話を聞いた。

下手投げは野球の世界で「生き残っていく」手段

アンダースローはサブマリンとも呼ばれる。マウンドすれすれの低い位置からボールが浮き上がってくる様が、海中から海面に上がってくる時の潜水艦(サブマリン)の動きに似ているからだ。

大学球界を代表するサブマリンが、プロも注目する立教大の中川だ。184㎝の長身を沈ませ、下から上への軌道を描くボールを繰り出す。昨秋のリーグ戦までは主に救援を担い、計49試合に登板して通算8勝をマーク。59年ぶり4度目の日本一になった1年春は、大学選手権で胴上げ投手になっている。

2017年6月11日大学選手権決勝、優勝を決めガッツポーズする中川(撮影・朝日新聞社)

中川は小学5年からサイドハンドで投げていた。サブマリンに転じたのは中学1年の時だ。「当時は体が小さかったのもあり、野球の世界で生き残っていく手段として、アンダースローにしたんです」。野球を始めたのは小学1年。以来、プロを目指して父・貴成さんと二人三脚で練習に励んできた。平日もキャッチボール、ピッチング、ネット打撃、そして8㎞のランニングを毎日続けた。貴成さんは「Y高」こと横浜商の出身。強豪で四番を打ち、2年夏には甲子園にも出場している。小学時代のチームでは、中川親子は監督と主将の関係だった。

「父は容赦なく厳しかったですね(笑)。技術面というよりは精神面がかなり鍛えられました」

背が伸びても身長を活かす発想はなかった

サブマリン投法の手本としたのは「世界一低いところからボールが出てくる」と評された渡辺俊介投手(元ロッテ、日本製鉄かずさマジック監督)だった。中川は渡辺の投球動画を繰り返し見ることでフォームを頭に叩き込み、試行錯誤しながら自分流にアレンジしていった。

習得していく過程では予期せぬことも起きた。サブマリンになったのは体が小さかったのも大きな理由だったが、中学時代に身長が30㎝も伸びてしまったのだ。しかし上背を活かすために上手投げに戻す発想は一切なかったという。

桐光学園では1年から先発として活躍。完封勝利もおさめた(撮影・朝日新聞社)

「アンダースローをまっとうすることが自分の中でのプライドであり、希少価値性が高いアンダースローであることを自分の魅力にしたかったんです。それに独特の投げ方が自分に合っていたのもありました」

メカニズムで重要視しているのは右ヒザ

サブマリン投手になって今年で9年目。メカニズムで重視しているのは「右ヒザ」だ。テークバックからリリースまでの一連の動きの中で、右ヒザが3塁側に流れると、骨盤が回らなくなり、右肩が開いてしまうからだ。そうなるとリリースポイントが体から遠くなる。遠心力で球速は上がるものの、持ち味の浮き上がるストレートが投げられなくなるという。「右足の内転筋を寄せる感じ、投げる時はこれを意識しています」。

変化球はスライダーを得意球とするが、大事にしているのは曲がりではなく、腕の振り。中川は「ストレートと同じ振りで投げることで、チェンジアップのような緩急の要素を加えたい」と話す。

甲子園にこそ出られなかったが、中川は高校時代から注目の投手だった(撮影・朝日新聞社)

下手投げでは体の柔軟性もポイントになる。ただし重要なのは体を柔軟にすることよりも、自分が持っている可動域を使い切ることだと考えている。「たとえば持っている可動域が100であっても半分しか使えなければ50になりますが、70でも全て使い切れば、100の人より広いことになります。これは筋力も一緒ですね」。

鮮烈デビューの後に待っていた長い足踏み

甲子園出場こそあと一歩で果たせなかったが、中川は桐光学園高時代からプロ注目の投手だった。高校通算26本塁打の打撃にも非凡なものがあり、打者としての将来性も買われていた。だが「高卒で通用するとは思わなかった」とプロ志望届けは出さずに立教大に進学。入学後すぐの1年春から神宮のマウンドを踏み、いきなり2勝を挙げた。35季ぶり13度目のリーグ優勝に貢献すると、勢いそのままに大学選手権でも躍動する。3試合に登板し、計12回を無失点に抑え、決勝を含む2試合で勝ち投手に。ルーキーにして全国優勝を経験するとともに最優秀投手賞も手にした。

大学選手権の舞台でも1年生ながら堂々としたピッチングを披露した(撮影・朝日新聞社)

思えば、高校時代も1年夏の大会からと台頭は早く、そこから順調に進化を重ねていった。ところが、大学では同じようにはいかなかった。1年秋と2年春の2季で1勝しかできず、防御率も跳ね上がる。中川は「1年春から勝ったことで周囲の期待が大きくなったのか、いろいろな方からアドバイスを受けまして…それを上手く咀嚼(そしゃく)できなかったので、自分のフォームがわからなくなってしまったのです。正直なところ、リーグ戦で投げるのも怖かったですね」と振り返る。

最上級生になったことで自分がよく見えるように

それでも2年秋は3勝し、3年春はリーグ5位の防御率を記録。秋は1年春以来となる2点台の防御率をマークした。傍目(はため)には復活したようにも映ったが、本人は全く満足しておらず、その兆しすらも感じていなかった。ようやく手応えをつかめたのは現チームになってからだ。「最上級生になり、周りが見えてくるとともに、自分も見えてきました」。春は新型コロナウイルスの影響でキャンプが中止になり、オープン戦も満足に行えなかったが、その中でも好調を維持していたという。

前例のないこの時期も前向きに過ごしている(撮影・うさみたかみつ)

溝口智成監督から授かった言葉からも力を得た。

「あるメンタルコーチが『急にできたと思うような技術は自分のものにならない。技術を本当に手にするには時間がかかる』と言っていると教えてもらったんです。確かにそうで、指導された時はできてしまって、つかんだ気になっても、練習を継続しなければすぐに忘れてしまいます。大切なのはいかに積み重ねるか。1年春以降、自分が納得できる成績が残せなかったのは、それが足りなかったからだと気付かされました」

追い込まれたほうが力を発揮できる

4月7日に緊急事態宣言が発令され、野球部の活動も休止になった。中川は野球部の寮を出て、神奈川の実家で過ごしている。オンラインで授業を受けながら自主練習に取り組む日々だ。

「家の前を走ったり、自宅にあるウェイト器具でトレーニングをしたりですね。ピッチングも父に受けてもらってやってます。自分なりに実戦以外の練習はできているかと。僕の投球動画と渡辺さんら下手投げ投手の動画を見比べながら、細かいところのフォームチェックもしています。開幕は5月下旬から8月に再延期になりましたが、いつでもいけるように準備はしているつもりです」

チームとしては、一堂に会せないからこそ、つながりを大事にしている。ポジションごとにLINEのグループを作り、その日の自主練習の内容を報告し合っているという。

先のことが確実に見えない中、今春から先発に専念する中川はその適正をアピールする機会もお預けになっている。ドラフト指名がかかるサブマリンにとっては厳しい状況だが、焦りも悲壮感もない。「こういう時にどう過ごすか、試されている」と前向きに受け取っている。自粛期間に自分と向き合ったことで、発見もあったという。

「僕は昔から追い込まれた時のほうが力を発揮できるんです」

長身にしてサブマリン。同じタイプには昨年のプロ野球パ・リーグ新人王であるソフトバンク・髙橋礼投手(専修大学出身)がいるが、意識はしていない。自分を磨き上げることに集中し、プロからの評価を待つ。