筑波大看護学生がスポーツを撮影 病院を彩った「アスリートの笑顔展」
今年1月、茨城・つくば市の筑波大学附属病院の廊下に、笑顔を見せるアスリートの表情を撮影した48点の写真パネルが並んだ。プレー中の表情、練習や試合から離れた場面での表情……。そこは様々な笑顔があふれる空間となっていた。
病院で写真展の依頼、「笑顔」をキーワードに
この写真展「アスリートの笑顔展」を企画したのは、当時筑波大医学群看護学類4年生の須藤ゆみさん。須藤さんは筑波大学アスレチックデパートメント(以下、筑波大学AD)からの依頼で、筑波大学ADに所属する野球部、男女バレーボール部、男女ハンドボール部の活動を撮影し続けてきた。元々医療×芸術に興味があり、写真が好きな須藤さんは「看護×写真で笑顔のきっかけになれるようなことがしたい」と考えていた。そんな中、昨年5月に面識のあった病院のアートコーディネーターから「病院の廊下でスポーツの写真展をやってみませんか?」と打診を受ける。
当初、須藤さんは競技中のプレー写真を中心に構成することをイメージしていた。しかし、撮影を通じて知り合った筑波大ADのメンバーから「その写真で満足しているの?ゆみさんの写真の良さは笑顔やイキイキしている写真じゃないの?」と助言を受ける。その一言にハッとさせられ、笑顔をコンセプトにした写真展へと方向転換した。
病院で開催するにあたり「笑顔」は重要なキーワードだった。病院に通院する患者さんは病気や慣れない療養環境などに対してのストレス、病院で勤務する医師や看護師は日々の仕事で命を守ることへのプレッシャーが大きい。夜勤を含めた不規則かつ多忙な業務などによるストレスも抱えている。そのストレスを和らげるのは笑顔ではないか……。須藤さんはこのような考えも持っていた。「大学生アスリートの笑顔で、病院内の雰囲気が明るくなってもらえたら」。そんな思いで「アスリートの笑顔展」のプロジェクトは動き始めた。
その一方で「笑顔で傷つく人もいるのではないか?」という葛藤もあった。須藤さんは言う。
「『自分が弱っている立場なら、笑顔の写真が見たいだろうか?』とも考えましたね。でも、筑波大ADの人からの一言や看護の先生に相談した際の『やっぱり笑顔の写真は良いんじゃない』という言葉で『笑顔で行こう』と決めました」
笑顔が笑顔をつなぐ
写真展では様々な感想が須藤さんに寄せられた。患者さんからは「笑顔の写真を見て励まされた」「息子の応援に行ったことを思い出し、また応援に行くため闘病生活を頑張ろうと思った」と感想が届く。病院のスタッフからも「写真を見て元気になった」「また開催してほしい」という意見もあった。企画した須藤さん自身は、どんな気付きがあったのだろうか。
「写真やスポーツの持っている力のすごさを感じました。それに笑顔ですね。『笑顔の写真を見ると、自分も笑顔になってくる』という感想も多く、笑顔は広がっていくんだなと思いましたね」
写真展は一般公開もされていたが、4月に新型コロナウイルス感染防止の影響で一般公開は中止となった。今でも展示は続いており、来院した患者さんの中には足を止めて作品をじっと見る人もいる。
同じ大学生だからこそ、撮れるものがある
須藤さんの撮影した笑顔の写真を見ていると、被写体との距離感の近さを感じさせるものが多い。その一つに、野球部寮で撮影した食事中の写真がある。写真展開催を決めた後、新たに笑顔の写真を撮影しようと野球部寮を訪れた。その意図を須藤さんはこう語る。
「プレー中のカッコいい写真は他のカメラマンさんがいっぱい撮っていますよね。私だからこそ撮れる写真は何だろう、と考えたときに、同じ大学生だからこそ撮れるものがあると思ったんです。例えば『○○選手』ではなく『○○君』という、素の姿を撮りたかったんです。看護でも同じことを考えていて、『患者さん』としてではなく『その人自身を見たい』という気持ちがあります。それに近い考えかもしれません」
寮の食堂で撮影する際、最初はうまく中に入れず片隅でチャンスをうかがっていた。するとカメラに向かってポーズを取ったり、変顔をしてくる部員も出始める。徐々にリラックスし始め「オレも撮ってよ」と賑やかな雰囲気に。須藤さんも気持ちが乗り始め、シャッターを切っていった。
予想外に撮れた一枚もあった。食事が終わり片づける光景を最後まで見守っていると、主将の篠原涼(現JX-ENEOS)が厨房で食器を洗う姿を見かける。高校、大学と侍ジャパンで主将を務めた選手の、その素顔を感じさせる写真となった。「『せっかくだから撮っておこう』と思った写真で、本当に撮れたのはたまたまでした」と須藤さんは振り返る。
「ゆみさんとゆみさんの写真は、いい影響をもたらしている」
また、昨年11月には全日本インカレに出場する男子ハンドボール部から撮影依頼を受け、チームに同行。同じ宿舎に泊まり試合前のミーティングや試合のハーフタイム中も密着した。期間中、撮影した写真の中に、朝日をバックにポーズを取る一枚がある。この写真は初戦となった福岡大戦の朝、散歩中に撮ったものだった。須藤さんはそのときのエピソードをこう語る。
「朝5時50分頃に撮った写真ですね。きれいな朝日だったので『写真を撮ろう』と声を掛けて撮りました。福岡大は西日本チャンピオンで強いチーム。後になって『朝日が昇るのと勝ったうれしさが重なる写真だね』と言われましたし、『まだ朝日が昇っている段階。引き続き頑張ろう』という意見も出ましたね。チームの幕開けや快進撃を予感させる写真です」
ハンドボール部は福岡大戦を25対19で勝利すると、筑波大はその後も勝ち続け決勝へ進出。決勝戦では日本体育大に25対24で競り勝ち14年ぶりのインカレ制覇を果たした。優勝後、選手の中からはこんな言葉を掛けられた。
「ゆみさんが思っている以上に、ゆみさんとゆみさんの撮った写真はハンドボール部に良い影響をもたらしています」「良い写真をありがとう。日本一のカメラマンです!」
カメラマン冥利に尽きる言葉だった。須藤さん自身もインカレに同行したことで、選手へのリスペクトの気持ちがより強くなった。
「何だろうなぁ……。スポーツに限ったことではないですが、目標や夢に向かって全力で頑張る姿はカッコいいですし、すごく刺激を受けました」
須藤さんは今年3月、大学を卒業。国家試験に合格し、4月からは看護師として日々の仕事に向き合う。仕事と並行して、看護学生のためのwebメディア「医路とりどり」を開設した。「看護だけでなく、自分の得意なことを活かしながら看護師をする道もある。先輩のキャリアを伝えることで、看護・医療系の人が納得感を持ってキャリア選択をできますように。人を笑顔にする職業だが、その人自身も強みを生かし、笑顔でその人らしく色とりどりの人生を送れますように」という思いで発信を続けている。
「また大学スポーツを撮りたいですか?」と聞くと、須藤さんからこんな答えが返ってきた。
「はい。やっぱり笑顔を撮り続けたいですし、今度は笑顔の裏にあるものも撮っていきたいです。それに家族をつなぐ架け橋になりたいという思いもあります。家族と離れて一人暮らしをする選手の家族に対し、写真を通してその活躍を伝えられたら良いですね」