立命館大・榮枝裕貴副将の高き志、さらに上を目指して ラストシーズンにかける
新型コロナウイルスの影響で、日本の大学スポーツ界はこれまでにない困難に直面している。関西学生野球春季リーグ戦も、8月に規模を縮小しての開催が予定されていたが、中止となった。そんな中でも、硬式野球部副将の榮枝裕貴(4年、高知)は、最後の秋季リーグへと前を向き、全国制覇への道を突き進んでいく。
立命館大学体育会硬式野球部も、部での練習は2カ月以上自粛されていた。「改めて野球ができるありがたみを痛感した。この時間をもっと大切にしていこうと感じた」と榮枝は話す。
こんなに長くみんなで野球ができないことは、これまでの野球人生で一度もなかったからだ。しかし、逆境の中でも体は休めていられない。不安な気持ちを押し殺すように榮枝は休むことなく自主練に励み続けた。今年が学生野球最後の年となる。榮枝のラストイヤーにかける思いは人一倍強かった。
明徳義塾との1点に泣き続けた高校時代
小学校1年生から野球を始めた榮枝は、高知高校付属中時代には軟式野球で全国制覇を経験した。しかし、高知高校時代は何度も明徳義塾高校との「1点」に泣かされることとなる。
高校野球ファンの間では有名な話だが、2011年から5年連続で高知は明徳義塾に1点差で負け、夏の甲子園を逃している。榮枝も1年生の秋からスタメンマスクをかぶり、2年生では4番を任されるほどの主力として戦ってきたが、その1点の重さを幾度となく感じてきた。
普段の練習のちょっとしたミスでさえも「そういう詰めの甘さが夏の1点につながってくる」と、日々明徳義塾という最大のライバル高校を意識しながら、緊迫した雰囲気で練習に取り組んだ。
もともとは大学で野球を続ける予定ではなかった榮枝だったが、高校2年生の甲子園予選決勝で明徳義塾に1点差で負けたときに考えが一変した。「こんなにキツイ練習を乗り越えて頑張ってきた。小学校1年から続けてきた野球をここでやめたら俺に何が残るのか」と強く感じ、大学でも野球を続けることを決意した榮枝。地元の高知を離れ、京都の立命館へと舞台を移す。
自主性の問われる大学野球を生かす
大学野球は、最も「自主性」が問われる。高校までは、ただ与えられたメニューをこなし続けていれば、自然と力はついていく。けれども、大学では練習時間も短くなり自由な時間がぐっと増える。その自由をいかに自分のプラスにできるかが重要になってくるのだ。
自分で考えて行動していかないとまったく上達しない。逆に、自分で考えてやればやるほど成長することもある。榮枝は、「大学野球って本当に『考える野球』だな、と感じた」と入部当時を振り返る。また、部員間の野球に対するモチベーションの差に驚きを感じると同時に、「慣れてくるとこういう風になっていくのか」という不安も感じていた。
しかし部員の中には、日頃から上のレベルを目指して自主練に励む先輩もたくさんいた。榮枝自身も野球で食べていけるように、野球で勝負できるように真摯(しんし)に野球と向き合うことを決心した。その決意から3年半が経つが、実際に今までを振り返ってみても、榮枝が野球に向き合わなかった時期は一度もなかったという。
「逆の立場になって考えると、自分はその通りになれているな」と語った。これは、榮枝の芯の強さの表れであり、野球に対する人一倍熱い思いの象徴ではないか。さらに、榮枝は同期のメンバーとも切磋琢磨し、お互いに刺激を与えながら頑張ってきた。
主将の橋本和樹(4年、龍谷大平安)や三宅浩史郎(4年、神港学園)とともにプライドを持って練習に取り組んだ結果、1年生秋からAチーム入りを果たし、ベンチメンバーの座を勝ち取り続けた。
この榮枝の積み重ねてきたひたむきな努力が実り、代打での出場機会を増やしていく。また、勝負強さを生かしたバッティングが首脳陣にも大きな信頼を築き、「代打の切り札」としてさまざまな場面で立命館の勝利に大きく貢献し、チームにとっても欠かせない存在と成長していった。
悲願の全国制覇、そしてプロの世界へ
しかしなんといっても、一番の魅力はランナーの盗塁を許さないスローイングだ。塁間1.8秒という驚異の強肩はチームのピンチを何度も救ってきた。榮枝自身も、守備には絶対的な自信を持っている。
昨年の12月に行われた侍ジャパン大学代表選手選考合宿に参加し、確かな感触を得たという。「守備に関しては、誰にも負ける気はしなかった」と自信を持った表情で答えてくれた。また、周りからの声や球団スカウトなどの評価を聞くたびに、プロの世界を意識する機会も増えたそうだ。
秋季リーグは学生野球最後のリーグ戦であり、プロという次のステージで戦うための大事なアピールの場でもある。これまで試合ができなかった苦しみや、勝利への思いを全力でぶつけてほしい。
榮枝は秋リーグへ向けて、「春の代替試合が中止になり、とても残念だったが、チームですぐに秋に向けて切り替えることができた。秋リーグは本当にこれが最後なので、まずチームとしては全勝で優勝を達成したい。キャッチャーとしては、ここまでたくさん積み上げてきたので、立命館の榮枝は関西学生リーグで頭一つ二つ抜けてるな、と植え付けたい」と抱負を語ってくれた。
榮枝は勝負の厳しさを幾度となく経験し、仲間たちと一生懸命の努力を積み上げて、高い山を毎日休むことなく登り続けてきた。強い芯を持ち、野球に全力で向き合ってきた彼に、野球の女神は必ず微笑んでくれるだろう。そして、立命ナインが悲願を達成し、最高の笑顔を見せてくれるその日まで、私は彼らを追い続けたい。