明治大柔道部主将・増山香補 コロナ禍でも前向きに、目指すはパリ五輪
新型コロナウイルスの影響から、全日本学生柔道連盟は8月12日、全日本学生体重別選手権と全日本学生体重別団体優勝大会の中止を発表。これにより、既に中止が発表されていた体重無差別の団体戦を合わせた、大学生の全国大会3つ全ての開催がかなわなかった。競技の特色故、柔道界ではその他多くの大会も延期や中止に見舞われている。
そんな中、昨年度アジアパシフィック選手権や全日本学生体重別選手権にて初優勝を飾った増山香補主将(ましやま・こうすけ、4年、修徳)はこの前途多難な状況にも屈せず、日々歩みを止めない。
先行きの見えない現状でも
今年度、主将を任された増山。春には個人で連勝すること、また近年ベスト8の壁に阻まれていた団体での日本一を目標に掲げていた。しかし、年初早々に苦難が訪れる。
個人戦で出場予定だった3月のグランドスラム(ロシア・エカテリンブルグ)と、4月の全日本選抜体重別選手権が予定日程直前での延期発表。仕上げに入っていた時期だっただけに「ショックは大きかった」。
また冒頭に記述した通り、8月には大学生の全国大会3つ全ての中止が決定。「学生(大会)は団体だけでも最後にやりたかった」。増山は他大学の仲の良い同級生らとも、真剣勝負できる場所をみんなで楽しみにしていたという。
それでも11月には無観客で開催予定である国内ビッグタイトルの個人戦・講道館杯が控えている。「まずはそこに向けて調整する」。90キロ級のホープは早くも気持ちを切り替え、前を向いている。
どんな環境下でも自身を磨き上げる
「落ち込んでいるというより(現状を)活用している」という増山は、自粛期間中は体質改善やウエイトトレーニングに励んだ。その結果、以前は減量することの方が多かったが、今では「なかなか簡単に太らなくなった」。
現在の見た目は試合の際ほどの痩せ具合だが、筋肉がついたので体重自体は増加。その一方で、柔道は対人のスポーツのため「脂肪はクッションにもなる」。均等の取れた身体作りを心掛けた。
全柔連が定める活動指針が少し緩和された8月からは、母校・修徳高校にて個人練習を始めた。後輩相手の練習では「同じように投げるのではなく、技をいろいろと変形させながら投げている」という。
それは試合において指導勝ちではなく、「投げて勝つ選手」でいることを一番に意識するため。「同じ形で投げ続けるのは難しい。なので変化を求めて、投げ続けられる選手になる」。増山は常に固定概念にとらわれず柔軟でいることを意識し、どんな環境下でも自身を磨き上げ続けている。
誰よりも駆け抜けた2019年
昨年は怒涛の日々を過ごした。アジアパシフィック選手権直後には、確かな手応えを胸に「今年は貪欲にいく」と語った増山。当時混戦していた90キロ級の東京五輪枠を目指し、世界に挑戦する決意を口にした。
特に昨秋は全日本ジュニア選手権から始まり、全日本学生体重別選手権、国体、世界ジュニア選手権、そして講道館杯と非常に過密なスケジュールを組んだ。厳しい日程の中でも国内の個人戦では連勝も果たし、着実に力を身につけていった。
しかし、迎えた本命の講道館杯。直前にあった世界ジュニア選手権で負った両膝のけがの影響もあり、無念のベスト4に終わった。試合終了後には「しばらく柔道のことを考えたくない」。そうこぼしてしまうほど全身全霊をかけた「2019」という年は、増山に多くの経験と学びをもたらした。
4年後のパリ五輪に向けて
「自分が(五輪を)目指せる立場になってから目指そうとしていた」。リオ五輪直後から4年後の枠を狙っていた選手たちとのモチベーションの差を痛感した昨年。増山は「目指せるようになってから目指すのではなく、常に目指すこと。4年間の積み重ねが、オリンピックにつながる」と身をもって学んだ。
いつか観客の前で試合ができる日が来たときには「ひと回りふた回りも大きくなった姿を見せる」。常に前を見続ける増山にとって、柔道とは「努力の連続」。多くの苦難を乗り越え、逆境を逆手に取ってきた。
この先掲げる目標は「オリンピックに出るだけではなく優勝する」こと。90キロ級は外国人選手の層が厚く、日本人選手はなかなか勝ち抜けていない階級。それでも「優勝にこだわる」。不屈の精神で、世界の荒波の中を自ら突き進む。そんな増山は4年後にきっと、パリの大舞台で金メダルを掲げているはずだ。