サッカー

特集:第67回全日本大学サッカー選手権

チームのため、主将はFWになった 筑波大・小笠原

インカレはFWで勝負する主将の小笠原 (写真提供・関東大学サッカー連盟/飯嶋玲子)

8-0。2年前のインカレ決勝は、衝撃的なスコアで幕を閉じた。筑波大が日体大を圧倒し、13大会ぶり9度目の優勝。爆発的な得点力でインパクトを残したものの、全4試合を1失点でしのいだ守備も素晴らしかった。当時のセンターバック(CB)が、現主将の小笠原佳祐(4年、東福岡)だ。2年生ながら大会ベストDFにも選ばれた。

これまでのインカレでは失点しないことに心を砕いてきたが、最後のインカレでは一転して得点に全力を注ぐ。「個人的にはゴールを決めて、チームの勝利に貢献したいです。点を取らないとトーナメントでは勝てませんから」

メンバー外で腐りかけ、同期に救われた

11月4日、関東大学1部リーグの首位を争う早大との大一番。小笠原はスタンドにいた。シャツの袖をまくり上げ、ゴール裏の応援団のど真ん中で叫んで歌い、ピッチで戦う仲間を鼓舞した。ハーフタイムには声が枯れた。結果はリーグ優勝から遠のくスコアレスドロー。スタンド前に挨拶に来た選手たちを労い、励ました。その前節の順天堂大戦では、身を隠すようにして応援。「自分のチームじゃないような気がした」。メンバーから外されて腐りかけていたが、同期の選手たちから「このままではダメだろ?」と言われて思い直した。早大戦では3試合連続ベンチ外になった悔しさを押し殺し、仲間とともに戦った。
「本気で応援できました。体が勝手に動いて、自然と応援団の前に出てました。本来はそんなキャラじゃないんですけど……」。小笠原が照れ笑いを浮かべながら振り返る。

すでにJ2のロアッソ熊本への加入内定が発表されており、その実力は誰もが知るところ。2年時にレギュラーの座をつかむと、主力のCBとして活躍。3年時も守備の要となり、Jクラブを次々と撃破して天皇杯ベスト16に進出、さらには関東大学1部リーグも制した。正確なキックと鋭い読みには定評があり、Jクラブのスカウトたちの評判も上々だった。

そんなプロ注目のCBが、今年の夏前、志願してFWになった。「後ろ(DF)にはいい戦力が余ってる。僕が前(FW)で働くほうが、チームのためになる」。東福岡高の2年時まではFWだったこともあり、自信ものぞかせていた。筑波大の背番号3が前線で必死に走り回る姿には、大学サッカーの関係者だけでなく、プロのスカウトたちも目を疑った。リーグ戦の前期はFWとして3ゴールをマークしたが、懐疑的な声も聞こえてきた。「プロが評価するのは、あくまでCBの小笠原なのに……」と。

それでも、本人は意に介さなかった。ただひとえに、得点力不足のチーム事情を考えての行動だった。進路を心配する小井土正亮監督からは「本当にいいのか?」と何度も確認されたが、小笠原の意志は揺るがなかった。就職活動もやめ、大学サッカーに力を注ぎ続けた。
「自分の置かれている状況は分かってました。すべて納得の上のことです。一番の目標は、筑波大でタイトルを取ること。いまの僕があるのは、筑波大のおかげなので」

シーズン序盤、低調だったチームの調子は上向いてきた。しかしJクラブからの正式オファーは届かず、時間だけが過ぎていった。夏にリーグ戦の中断期間となり、2020年春の就職に向けての活動を始めようとした矢先だった。J2の熊本から獲得を前提とした練習参加への声がかかった。最終的にはFW転向の事情などを理解してもらった上で、熊本からのオファーを受けた。
即決はできなかった。熊本はJ3降格の危機にひんしていた。それが心に引っかかった(のちにJ3降格が決定)。頭の片隅には大手企業に就職し、安定した人生を送りたいという考えもあった。悩みに悩んだ末に、プロ入りの決断を下した。つくば市内の中学校で教育実習した際、プロサッカー選手に近い存在だと思われ、生徒たちからキラキラした目で見られた。その思い出にも、強く背中を押された。
「プロサッカー選手は、僕が想像していたよりも特別な存在なんだなと思った。多くの人に夢を与えられる職業なんだな、って。僕にも可能性があるなら目指そうと決めました」

ボールをキープする小笠原 (写真提供・筑波大学新聞)

自分で決めたこと

進路が決まり、モヤモヤした気持ちが晴れたかと思えば、次はピッチで苦難が待っていた。リーグ戦の後期はFWとして結果を残せず、10月13日の第16節から先発メンバー落ち。MF三笘薫(3年、川崎U-18)のFW起用や3年生のFW犬飼翔洋(中京大中京)の台頭もあり、ベンチからも外れるようになった。監督からはポジションを移るときに「特別扱いはしない。調子が悪ければ外す」と念を押されており、チーム内の競争の結果を受け入れるしかなかった。

11月24日のリーグ最終節、小笠原は7試合ぶりにスタメンに復帰した。チームは敗れたが、FWとして先発フル出場を果たした。
「純粋にポジション争いをして、試合出場のチャンスをつかんだと思ってます。練習からいいパフォーマンスを見せられたので。コンディションはいいです」

無得点に終わったことは反省したが、インカレに向け、手応えも得ていた。コンバートを志願したことは、いまも後悔していない。「自分で決めたことなので。監督にも(インカレは)FWで頼むぞ、と言われてます」。プロ入り後は本職のCBでプレーする予定だが、いまだけは心も体もストライカー。誰よりもまっすぐにチームを思う主将は、サッカー人生において最初で最後となるかもしれない「FWで日本一」を目指す。