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特集:第96回箱根駅伝

明治大・阿部弘輝 けがに泣いたラストイヤー、最後の箱根はチームのために

第96回箱根駅伝
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けがからの復帰が待たれていた阿部は、最後の箱根駅伝では「1区を希望。でもどこでも任された区間を手堅くしっかり走りたい」と口にした(撮影・松永早弥香)

2年ぶりの箱根駅伝となった前回、明治大は「シード権獲得」を目指して挑んだが、結果は17位に終わった。それでも光ったのが、3区で見せたエース阿部弘輝(現4年、学法石川)の力走だ。区間賞こそ、区間新だった青山学院大の森田歩希(ほまれ、現GMOアスリーツ)に譲ったが、区間歴代4位の好タイムを記録した。最後の箱根駅伝で阿部は1区を希望している。その理由を「なるべく早く終わりたいから」と笑顔で言ったが、もちろん、それが真意ではない。

明治大、下級生の活躍で予選会4位通過 本気で狙う箱根駅伝シード権

走れなかった2カ月、鎧坂哲哉先輩にも学び

10000mで27分台の記録を持つ阿部は今シーズン、世界選手権を目標に掲げていた。今年4月のアジア選手権では6位入賞こそ果たしたが、タイムは29分17秒47と振るわず、5月の日本選手権10000mでも29分05秒43で13位だった。6月ぐらいから体の変調を感じ始め、急きょ出場を決めた全日本大学駅伝関東地区選考会(10000m)でも違和感がぬぐえなかった。

7月になり、その不安が的中した。イタリア・ナポリで開催されたユニバーシアード前に走れなくなり、10000mのレース直前になんとか調整。銀メダルではあったが、ラストの勝負に敗れての結果に納得できなかった。同じ7月にあったホクレンディスタンスチャレンジ網走大会で5000mに出場。それを最後に、レースから遠ざかることになった。「これはおかしいと思ってました。でもユニバーシアードでは中途半端なところで終わってしまったんで、ちょっと欲張ってしまったのかな」と阿部。右の股関節と腸腰(ちょうよう)筋を痛め、約2カ月まったく走れなくなった。

7月のホクレンディスタンスチャレンジ網走大会以後、阿部は走れなくなった(撮影・藤井みさ)

チームが夏合宿をしている間も、阿部は別行動でリハビリに取り組んでいた。それでも主将として合宿の区切りになるときにはチームに合流し、けが人の自分ができることに取り組んだ。阿部自身、これまで大きなけがを経験したことがなかったが、けがしたことで見えてきたこともあった。そこでけが人を集め、一人ひとり密にコミュニケーションをとり、練習再開に向けた具体的なアプローチなどの相談にのった。

治療そのものに関しては医師の力を借りたが、走れなかった2カ月は、基本的に自分の力で乗り越えようとした。明治大の仲間にもあまり相談をしなかったが、先輩でともにアジア選手権を戦った鎧坂哲哉(明治大~旭化成)には1度、アドバイスをしてもらう機会を得た。「いろいろ経験されてきた方に話を聞いてみたい」という思いから阿部は鎧坂の話を聞いていたが、その言葉から自分にはまだない経験値、そして覚悟の気持ちを知らされた。「これはある意味、宿命だと思ったんです。自分がもうひとつ強くなるために必要なことだったのかなと感じてました」。走れないもどかしさを抱えながらも、阿部には競技者として多くの学びを得られたという思いがある。

夏に走れなかった不安はある、それでも全力を尽くす

10月に入り、やっとジョグを開始できるようになった。10月26日の箱根駅伝予選会はサポートにまわり、スタート前、さらにコース数カ所をめぐりながら選手たちを励ました。明治大には夏の時点で10人程度のけが人がいた。13位で本戦出場を逃した2年前に雰囲気が似ている。阿部自身、不安を抱えながら選手たちを支えていたが、1時間3分28秒の記録で9位だった手嶋杏丞(きょうすけ、2年、宮崎日大)の快走もあり、明治大は4位で本戦への切符をつかんだ。「阿部さんが走れないのは分かってたんで、自分がやってやるという気持ちで走りました」と手嶋も言うように、エース阿部の不在で下級生たちが奮起。チームがひとつになり、阿部に次ぐエース格の台頭や中間層の底上げにつながった。

箱根駅伝予選会で手嶋は積極的なレースを展開し、9位でチームに貢献した(撮影・小野口健太)

状態を確認するため、阿部は11月23日の10000m記録挑戦会への出走を直前に決めた。脚にはまだ痛みがあった。29分10~20秒で走れたらと考えていたが、結果は29分30秒05と思い描く走りにはほど遠いものだった。それでも「これからの1カ月で絶対調子は上がっていく」と前向きにとらえ、自分に足りなかったものはなんだったのかを冷静に見つめ直した。

12月半ばになり、けがの影響はだいぶ落ち着つき、気持ちも体もようやくかみ合ってきた。ただ感覚としては、「上がっている」よりも「戻ってきている」というもの。夏場に走れなかった不安は大きい。「ここまできたら切り替えるしかないです。やってないことをずっと引きずっててもしょうがない。だったら少しでもコンディションをよくして、レースで力をどれだけ出しきれるかを意識した方がいいのかなと思ってきました。箱根当日に“100”に近い状態にもっていければいいけど、おそらくいまの状態だと“100”は不可能だと思ってます。7~8割ぐらいの力を本番までにもっていきたいです」。昨年の最後は質の高い練習を重ねてきたが、今年はコンディショニング重視で調整をしていく。

東洋・相澤と「2区で勝負しても話にならない」

先に実施された東洋大の箱根駅伝壮行会で、エースの相澤晃(4年、学法石川)は箱根駅伝で2区を走りたいという意向を示した。相澤と阿部は同じ福島県須賀川市出身で、「円谷ランナーズ」そして学法石川高校でともに走ってきた仲だ。これまでトラックレースでは何度も相まみえたが、ロードレースではまだ勝負をしたことがない。最後の箱根駅伝では同じ区間で勝負をしたいという気持ちがあるのでは? そう阿部に尋ねたが、「2区で勝負しても話にならない」と口にした。

「いまの現状からするとまったく歯が立たないと思います。それに僕らの目標はシード権を獲得することなので、個人的な思いで対決してしまったら目標とずれてしまうと思うんです。僕はシード権がとれればいい。個人の結果は正直どうでもよくて、シード権獲得のために何ができるかをすごく意識してきました。自分がチームのために何ができるのか。何区で、どういう位置で、どういう走りをしなければいけないのかを意識してきました。おそらく相澤は2区で日本人最高記録を更新すると思います。東洋大学さんは優勝を狙ってますけど、ぼくらはシード権獲得を目標にしてますので、あまり周りに飲まれることなく、自分が一番狙う目の前の目標を達成したいと思ってます」

相澤とは普段から連絡を取り合い、互いにライバルとして認め合っている仲だ。自分が走れない状況で相澤が活躍している姿を目の当たりにし、悔しいと思う気持ちはある。その一方で、自分がベストの状態だったらどれだけ勝負できるのかを楽しみにしている気持ちもある。「やっぱり自分の可能性をすごく信じてて、相澤に負けてるという気持ちはまったくないです。これから見返せる場面は長い競技人生の中でたくさんあると思うんで。いまは相澤の方が強い感じですけど、まだまだ勝負は始まったばかり。そういった形で切磋琢磨(せっさたくま)できればと思ってます」。そう話す阿部の表情は、どこか楽しんでいるようにも見えた。

阿部に頼らないチームをつくろうと選手一人ひとりが自覚してきたことで、いま、チームはひとつになった(撮影・松永早弥香)

最後の箱根駅伝を前にして、阿部は「箱根駅伝がなければ僕自身も成長することはなかった」と言う。1年生のときに4区を走り区間13位。チームは18位だった。2年生のときは予選会を突破できなかった。3年生のときには2年ぶりに本戦出場をつかみ、3区を快走するも、チームは17位に終わった。その悔しさが、一人の競技者としての自分を奮い立たせてくれた。

山本佑樹監督はシード権獲得のため、「往路に調子のいい選手を走らせて10位以内でゴールし、復路はしのぐ」という戦略を口にした。特に2区と5区を最重視する。「これからの調子の上がりようで、どこの区間を走ってもおかしくない」と阿部自身が言うように、今後のコンディション次第では1区以外での阿部の起用も十分あり得る。

チームが勝つためだけに走る。主将としてエースとして、阿部は強い覚悟を胸に、最後の箱根路に挑む。

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