どんな男になんねん 関学のWR阿部拓朗は、甲子園で満点の回答を出した
アメフト全日本大学選手権決勝・第74回甲子園ボウル
12月15日@阪神甲子園球場
関西学院大(西日本代表、関西2位)38-28 早稲田大(東日本代表、関東)
甲子園ボウルの3日前。私は関学の甲子園練習のときにエースWRの阿部拓朗(4年、池田)と話をした。彼の前に関学の81番をつけた男の話だ。阿部と同じ大阪府立池田高出身のWRだった水野良祐(りょうすけ)。3年前の甲子園ボウルのキックオフカバーで、4回生だった彼はまったく減速することなく早稲田のブロッカーにぶち当たった。相手が甲子園の芝の上に倒れた。水野が体を張ったおかげで、関学の別の選手がリターナーをタックルできた。
そのシーンを思い起こして、阿部は言った。「すごかった。思わず、ひきました。僕にはできないです。でも、ちょっとしてから『これが4回生なんや』と思った。4回生としての魂を見ました」と阿部。水野とは小学校も中学校も同じで、池田高からアメフトを始めたのも同じ。自然と水野の81番を引き継いだ。「僕も最後の甲子園で4回生の魂がこもったプレーをして、チームを引っ張りたいです」。3日後、阿部の言っていた通りになった。
マンツーマン勝負に完勝、10回のキャッチ
この日の関学オフェンスの3プレー目。第3ダウン残り7yd。阿部は左サイドに2人出たレシーバーの外側。縦のルートを走り、マンツーマンでついてきた早稲田のCB(コーナーバック)をわずかに抜いた。QB奥野耕世(3年、関西学院)は奥を狙わず、阿部の手前に投げた。阿部は足を止め、確実にキャッチ。28ydのゲイン。彼をマークしたCBは後手に回ってボールが投げられたのに気づかず、阿部のキャッチを邪魔できなかった。奥野と阿部の息の合ったプレーが、ホットライン開通の合図だった。
3-7で迎えた第2クオーター(Q)最初のオフェンス。早稲田のCBとのマンツーマン勝負に勝っている阿部への3本のパスなどでゴール前8ydまで前進。右に2人出したレシーバーの内側が阿部。スッと中に入ってきた先を目がけて奥野が右腕を振り抜く。低いボールに阿部が飛びついて捕り、タッチダウン(TD)。10-7になった。奥野は、もし相手のカバーがよくても絶対にカットされないところへ投げている。これも毎日のように練習前、練習後にコンビネーションを磨いてきた成果だ。昨年の甲子園でも4回のキャッチで80ydを稼いでいた阿部だが、TDはなかった。「今年こそ」の思いは、早々にかなった。
練習で磨いたQB奥野とのコンビネーション
次のオフェンスでも阿部の2度のキャッチなどでゴール前4ydへ。ここ阿部はさっきとは逆にエンドゾーンの奥に走り込み、フリーに。奥野がやすやすとパスを通してTD。17-7とした。次の早稲田のオフェンスでTDされて17-14に。勝負をかけてきた早稲田のオンサイドキックが失敗。関学は敵陣46ydからのオフェンスを得た。3プレー目、阿部は奥野からの23ydのパスを受けた。プレーが崩れて、奥野が右へ出ていく。阿部をマークしていたCBが奥野が走ってくるとみて、上がった。阿部は縦へ。奥野がその先に投げ、パスが通った。これも山のような練習を積み重ねてきたたまものだ。フィールドゴールでの3点につながり、20-14で試合を折り返した。
「小さな振り」が生きる道
この時点で阿部は9回のパスキャッチ。最多は第40回大会(関学 48-46 明治大)で、関学の伝説のWR堀古英司さんが記録した15回。試合の行方とともに、阿部のキャッチ回数がどこまで増えるのか注目した。しかし後半はラン中心のオフェンスになり、阿部にパスが投じられたのは2度だけ。結局10回のキャッチで135yd、二つのTDというのが、阿部の最後の甲子園だった。甲子園ボウル最優秀選手を手にした。早稲田のエースWRブレナン翼(4年、米・ユニバーシティラボラトリースクール)と比べてみれば分かるが、阿部には突出したスピードもパワーもない。それを補ってきたのが「小さな振り」だ。進みたい方向と逆に体を振ったり、走るスピードに緩急をつけたり、目線や首の振りでだましたりして相手のマークを外す。西日本代表決定戦で立命のマンツーマンディフェンスにやられてから、甲子園ボウルに向けて磨きをかけてきた「振り」が、面白いようにはまった。
表彰式や全体での写真撮影が終わったあと、阿部が報道陣に囲まれた。「4回生になって副キャプテンで期するものはあったんですけど、ここまでは背中で見せられてませんでした。でも今日だけは背中で見せられたと思います」。ホッとしたような表情が印象的だった。
私が堀古さんの大会記録に5キャッチ届かなかったことを伝えると、「それ聞いたら、いっときたかったです。先に言うといてほしかった」と言って笑った。さらに1試合最多TDパスキャッチの大会記録には1回届かなかった。「あれを落としてなかったら。太陽が……」と。第4Qにエンドゾーンで落球したのを悔やんだ。
奥野「3年間で一番、息が合ってました」
第3Qが終わった時点では、27-28とリードされていた。阿部はオフェンスのメンバーに言ったという。「面白い展開やん」と。すると奥野も言ったという。「めっちゃ面白いです」。奥野はこの日の阿部とのコンビについて、こう言った。「拓朗さんとは、とっさのときの息が合うんです。今日は3年間一緒にやってきて、練習も含めて一番合ってました」。阿部は「今日は奥野がほんとにいいボールを投げてくれました」と感謝した。
かっこいい男、とは
阿部の囲み取材では、今シーズン限りで退任する鳥内秀晃監督(61)の話にもなった。「正直、春とか秋の途中までは監督が最後やからってのは考えられなかったです。それどころじゃなかったんで。でも立命戦、甲子園と近づくにつれて、監督を日本一にしないといけないという気持ちがあって、それが今日の結果につながってよかったと思います」。関学の選手たちは鳥内監督から一つの問いかけを受けて4年間を過ごす。「どんな男になんねん、って言葉がすごく響いてて。大学に入るまでは甘やかされてきたんですけど、社会に出るにあたってどういう人間にならないといけないのか、ってのを監督に教えてもらいました。その中で出てきた『かっこいい男』ってどんなんやろっていうのをずっと考えてて、僕の中では活躍して日本一になることやと思ってやってきました」と阿部。かないましたね? 阿部は少し照れながら「かないました。学生ではそういう男になれたのかなと思います」と語った。
そして鳥内監督は阿部のプレーについて「執念が違いますわな、下級生のレシーバーとは」と、たたえた。
後輩よ、俺のライスボウルを見とけ
さあ、ライスボウルだ。「前回は(4回生のWRだった)松井理己さんの活躍が僕の中にすごく残ってるんです。後輩たちの中にそういう思い出を残せるような最後の試合にしたいです」。阿部は言った。
新年1月3日、その松井もいる最強軍団・富士通に挑む。関学のOLが踏ん張り、奥野―阿部の最後のホットラインが開通すれば……。