ホッケー

誰よりもチームを愛した近藤弘明、ホッケー人生の最後に宙を舞う

大学からホッケーを始め、競技歴4年目で主将に抜擢された近藤

最高のシナリオの主人公は間違いなくこの男だった。昨年は、全日本インカレベスト8、関西学生リーグ1部昇格と、飛躍を遂げた関西大陸上ホッケー部。その主将を務め、チームを支え続けたのが近藤弘明(4年、四條畷)だ。

手に入れた最高のシナリオ

元々陸上競技をしていた近藤が関大に入学し、陸上ホッケー部の門を叩いたのは2016年の春。当時、チームは関西学生リーグの1部に所属していた。しかし、その年の秋に2部降格を味わい、その後は長い氷河期を迎えていた。何度も2部優勝を経験したが、入れ替え戦で勝利できず。1部の壁は高かった。それから3年もの月日が経ち、当時1年生だった近藤は最上級生になっていた。

試合に出られなくても、近藤(左)は本気でベンチから声を出していた

競技歴4年目ながら主将に就任した近藤は、「やめたいと同期に言ったこともあった」と、悩むことも多かった。だが仲間たちの支えもあり、自身もチームを献身的に支える。自分は試合には出場せず、ベンチから声を出すこともあった。その結果、春のリーグ戦では2部優勝こそ逃したものの入れ替え戦に進むことが決定。早くも昇格のチャンスが訪れた。だが、関西学院大に1-2で惜しくも敗れ、2部残留が決定。

春の入れ替え戦ではまたしても1部の壁を越えられなかったが

あと一歩届かなかった1部への思いは、一層強くなっていった。「ここで1部に上がって、僕らの代で秋2部にまた落ちるっていう最悪のシナリオもなくなった。逆に僕らの代によって秋リーグで1部に上がって引退、という最高のシナリオが手に入った」と、近藤はまっすぐに前だけを見ていた。

物語はクライマックスへ

9月の秋季リーグ戦、そして10月の全日本インカレが開幕した。全日本インカレでは、SO(シュートアウト)戦にもつれ込む熱戦を制し、47年ぶりに法政大を撃破。2部所属ながら全国ベスト8に進出した。波に乗った関大は、破竹の勢いでリーグ戦でも白星を重ね、2部リーグを制覇。物語はクライマックスへと向かった。

インカレでは2部所属ながら全国ベスト8と、ムードは最高潮に達した

迎えた入れ替え戦。試合前、4年生たちは「試合時間残り3分で点差が2点以上開いていたら、4年生全員でフィールドに立たせてくれ」と懇願。4年生の引退試合でもあるこの一戦に、部員たちの気持ちは一つになった。次世代の選手たちが次々と得点を重ね、第3クオーター(Q)終了時点で4-0と関大が大きくリード。最終Qで待っていたのは、4年生にとって最高のフィナーレだった。

迎えた最高のフィナーレ

試合前に交わした約束は、思わぬ形で実現した。第4Q開始時、4年生たちがフィールドに姿を現した。後輩たちの予想以上の奮闘により、3分からの約束が1Qまるまる出場することになったのだ。

正岡(右)との「ホッケー大学始めコンビ」でも得点を決めハイタッチ

部員全員で力を合わせて実現させた夢のシチュエーション。途中からボールが見えなくなるほど、涙を流す4年生もいた。さらに、近藤主将と正岡純也(4年、東海大仰星)の「ホッケー大学始めコンビ」や、2部リーグ最優秀選手賞の濱口達也(4年、郡山)が得点を重ね、ゲーム内容も文句なし。試合終了のホーンが響くと、近藤主将はこぼれる涙を腕で払い、両手を高く突き上げた。「シナリオ通り」。近藤が思い描いた通りの1部昇格のストーリーが完結した瞬間だった。

最高のシナリオが完成した瞬間、近藤は両手を突き上げた

引退後、「(大学から競技を始めてみて)ホッケーは難しかった。試合にも出れなかったし。だけど、この1年が一番楽しかったし、ベンチにいて本気で声出して、みんなに指示を出してやっているだけでも、『試合に出れてない、残念だ』という気持ちも沸かなかった」と語った。この1年、誰よりもチームを愛した近藤の姿は、間違いなく物語の主人公にふさわしかった。

誰よりもチームを愛した近藤を、チームメートが感謝の思いを込めて宙に