野球

特集:東京六大学 2020真夏の春リーグ

「4年生力」を引き出し秋春連覇を 慶應義塾大野球部・堀井哲也新監督(下)

学生にとって勝利は2番め、1番は人格形成だと話す(撮影・上原伸一)

2019年12月に慶應義塾大学野球部の第20代監督に就任した堀井哲也監督。社会人野球では三菱自動車岡崎とJR東日本で計23年間監督を務めました。通算で都市対抗優勝1度、準優勝4度の実績がある名将へのインタビュー。後編は新監督になって着手したこと、秋春連覇に向けた展望についてです。

社会人も大学も、大事なのは人格形成

社会人野球の監督として名将の地位を築いた堀井監督も、監督になって1年目(1997年)は指導に迷いがあったという。チームも勝てず、他競技の指導者から学ぼうと、バスケットボールの社会人チームの監督にアドバイスを求めたりもした。そして、たどり着いた答えが、選手に遠慮していてはダメ、ということだった。

「どこかで『選手からいい監督だと思われたい』という気持ちがあったと気が付きましてね。そういうのをかなぐり捨てて、信念を持って選手にぶつかっていこうと腹をくくったんです」

堀井監督が体当たりで選手にぶつかると、選手も本音でぶつかってきた。ぶつかり合うことで互いの理解が深まると、やがてチームはひとつに。翌年、監督として都市対抗初出場を果たすと、この2年後の2000年にはベスト8に進出。「関東の強豪にも引けを取らないチームになってましたね」

昨年12月のオープン戦前、選手に作戦を伝える堀井監督(撮影・杉山圭子)

一方、毎年頂点に立つことを期待されている名門・JR東日本では、三菱自動車岡崎と同じアプローチはしなかった。常に頭にあったのが、勝つためにはどうするか。「私たち指導陣も選手も、結果にこだわって野球をすることが求められていました」

では学生野球の監督になった今、社会人野球の監督時代とは指導方法を変えていくのか?堀井監督は「社会人野球の場合、会社から給料をもらっているので、勝つことが一番になりますが、学生野球では、二番目になります。一番はやはり野球を通じての人格形成」と考えている。もっとも社会人野球も大学野球も、人格形成が大事という点では共通しているという。

「そもそも人格形成は若い時代の一大事業ですからね。現役の間は他の社員の模範にならなければならないし、いつか野球をやめる時が来るのですから、勝つことと同じくらい人格形成が大切。ですから、両者の違いはほとんどないのかもしれませんね」

監督就任後すぐに選手との面談に着手

慶応の監督に就任すると、すぐに着手したのが部員との面談だった。まず選手を知ることから始めたのだ。「人対人が基本ですからね」。とはいえ、旧チームの4年生はチームを離れていたものの、慶應は大所帯。新4年生から新2年生だけで120名以上の部員がいるが、すでにその8割と1対1の面談を済ませている(3月下旬取材時点)。中には5回、6回と面談を重ねた選手も。「新4年生であればやはり就職のことが、新3年生以下はいまの課題が、面談の主なテーマです」

堀井監督はJR東日本の監督時代から、選手とのコミュニケーションを重視している。どちらかといえば聞き上手。自分の考えを押し付けるのではなく、相手の顔をしっかり見ながら最後までじっくりと話を聞き、その上で慎重に言葉を選ぶ。ちょっとした変化も察知する、目配り気配りの人でもある。

監督が着用しているユニフォームも練習試合用のものだ(撮影・上原伸一)

一方で、厳しさも打ち出している。昨年まで慶應はオープン戦の際、チームで所有するリーグ戦用のユニフォームを着用していたが、これを白地のシンプルなものに変更。選手1人1人に背番号を割り振ったものを各自で購入し、個人持ちとした。マークは左胸に小さく「KEIO」と入っているだけ。帽子も白と、まるで練習用のユニフォームのようだ。

「KEIOのユニフォームは歴史と伝統がある重たいものです。それはリーグ戦のベンチに入れた“選ばれし者”だけが着る権利がある。その重さを選手には知ってほしいのです」

慶應の監督になったのを実感するのは、自分が鍛えられたグラウンドで選手たちを見ている時だという。時は流れ、選手の気質も変わったが、根っこにある純粋さは変わっていない。「見返りを求めずに、ただ目の前の野球に没頭している。その姿を見ると、ああこれが慶應だな、自分たちの頃と変わってないなと」。

就任以来、新監督ということもあり、社会人野球の監督時代と比べると格段に取材件数も増えた。「そういうところでも、慶應の監督になったんだな、と感じますね。注目されている分、責任も重いと思ってます」。

自らも体験した衝撃が米国遠征での収穫

今春、慶應は2月18日から3月5日まで、4年に1度の米国遠征を行った。実はこの第1回、1983年の遠征メンバーだったのが当時4年の堀井監督だった。「まさか30名のメンバーに入れるとは思わなかった。最後の1人か2人くらいだったのでは」と回想するが、貴重な経験になったという。

「衝撃でしたね。同世代のアメリカの学生が、こんなにファイティングスピリットを持って野球に対峙しているのかと。日本の学生だと照れ臭くてできないようなプレーも、平気でやるんです」

雨でぬかるんだグラウンドで、自らスライディングの手本を示していたUCLAの監督からも刺激を受けた。60歳近い監督が当たり前のようにやる。「自分がそういう年齢になりましたが、指導者は年齢に関係なく泥にまみれてやらなければならないと、その時に教えられました」

選手の走塁練習を見守る。学生たちへのまなざしは厳しくも温かい(撮影・杉山圭子)

今回の遠征でもアメリカの選手は、1983年当時と変わらないファイティングスピリットを見せていた。慶應の選手たちは37年前の堀井監督のように、アメリカの選手からいろいろと吸収できたようで、それを言葉にもしているという。

「本場の野球を情報としてではなく、身を持って知ったことが最大の収穫かと。これから様々なところで活かされると思います」

秋春連覇のカギを握るのは「4年生力」

昨秋、慶應は3季ぶり37度目のリーグ優勝を果たすとともに、19年ぶり4度目となる神宮大会制覇を達成した。今春は秋春連覇がかかるが、ベテラン指揮官に気負ったところはない。「学生野球は毎年選手が入れ替わるのが現実。去年とは戦力が異なる中、目の前の選手を見ながらベストの布陣を考え、リーグ戦に臨むつもりです」と冷静に来たるシーズンを見据えている。

チームのキーマンは、主将の瀬戸西純内野手(慶応義塾)と、嶋田翔内野手(樹徳)と木澤尚文投手(慶應義塾)の両副将を中心とする4年生全員。堀井監督は「大学野球は4年生がその年のチームを作る」と言葉に力を込める。

「陸の王者」の新指揮官は、4年生が2020年の慶應のチーム力を引き出せるよう、心を砕いていくつもりだ。