応援

東京大学運動会応援部 どんな状況でも諦めず、前を向いて思いを届け続ける

「絶対に逆転するぞ」心の底からの気持ちで応援する部員たち(すべて写真提供・東京大学運動会応援部)

東大の俊英の中には、あえて泥臭い修行の道を選ぶ者たちがいる。東大応援部・リーダーの部員たちだ。なぜ、とことん実直に応援し続けることができるのか?主将の菅沼修祐(4年、武蔵)に応援に対する思いを電話取材の形で聞かせてもらった。

目の前のことにひたむきになりたかった

「ぜったいに、ぎゃくてん、するぞー。」

東大野球部、9回の攻撃。どんなに大差をつけられていても、神宮球場のスタンドには東大応援部の勇ましい声が響く。はた目には敗色濃厚でも、逆転を信じて疑わない。その声はひたすら純粋で、どこまでも真っすぐだ。

1947年に発足した東京大学運動会応援部は、学ラン姿がトレードマークの「リーダー」、応援に華やかな彩りを加える「チアリーダーズ」、そして一糸乱れぬ演奏で選手たちを鼓舞する「吹奏楽団」の3つから成る。今年度、東大応援部を束ねる役割を担うのが、主将の菅沼である。

主将の菅沼が今の思いを語ってくれた

「本来なら4月は新歓のシーズンで、キャンパスが活気で溢れている時期なんですが……」菅沼は残念そうに新型コロナウイルスの影響を話す。自身は3年前の同じ頃、応援部に入ることを決めた。高校時代は、学業と両立させながら硬式野球部でプレーしていた。

「大学ではサークルでなく、運動会(体育会)に入るつもりでした。自分を鍛えたかったのと、目の前のことにひたむきに取り組みたかったんです。応援部ならその両方ができるかと。リーダーの勇壮なデモンストレーションと、先輩部員のカッコ良さに魅せられたのもありました」

心身ともに追い込まれる「出走」

「人生修行の場になる」と門を叩いた応援部だったが、練習や上下関係の厳しさは予想以上だった。特に心身ともに追い込まれたのが「出走(しゅっそう)」と呼ばれるメニューだ。主に長期休暇の期間中に行われる「出走」は、先頭を走るリーダー長に1、2年生の下級生が続き、学校を飛び出す。ただ集団で走るのでなく、途中で何度も応援練習が行われる。行き交う人たちの視線を痛いほどに浴びるが、下級生はなりふり構わず声をふりしぼり、あらん限りの力で手を叩く。練習はリーダー長から「気合」が認められるまで続く。

夏合宿ではこの「出走」が毎日、山道で行われる。登り下りがあるので、よりスタミナを奪われる。菅沼は「下級生の時は、『とにかく早く1週間終わってほしい』とそればかり考えてましたね」と明かす。1年生は過酷な夏合宿を乗り越えると、晴れて部員バッジがもらえる。夏合宿を経験してはじめて正式な部員として認められるわけだ。

陸上競技部の応援。陸上部は2年連続で部員が箱根駅伝を走った

上級生の3年生になると、合宿での「出走」でも指導する側に回ったが、下級生時代とは違った厳しさ、難しさがあるという。「下級生と同じ距離を走りつつ、叱咤激励をし続けなければいけないので。脱落者が出ないよう、下級生の健康状態にも気を遣います」

夏合宿で養われる諦めない心と体力

夏合宿の最終日には最大の難関「大出走」が待っている。内容的には「出走」と同じだが、距離がフルマラソン(42.195㎞)並みとなる。走るだけでも体力が奪われる上に、応援練習も盛り込まれている。練習は全員揃ってやるのが原則。遅れている者や、脱落しそうな者が到着しないと終わらないので、時間もかかる。朝早く宿舎を出発しても、帰還した時にはすっかり日が暮れている。

それでも無事全員で「大出走」をやり遂げると、何物にも代え難い達成感がある。ご褒美も待っている。一緒に合宿をしているチアリーダーズと吹奏楽団による拍手の出迎えだ。菅沼は「1年の時はこの出迎えを受けて、同じ仲間になれたんだなと思いました」と振り返る。

「昭和の熱血スポ根漫画」のような毎日が続く夏合宿。下級生はこの夏合宿を通して、リーダー部員としてのベースが作られるという。

スキー部の応援。呼ばれた場所で全力を尽くすのが応援部の流儀だ

「極限まで追い込まれても足を止めず、一心不乱に前に進む。愚直にそれを成し遂げたことで、諦めない心と、体力が養われるのです」

東大野球部と勝利の味を分かち合いたい

1年秋(2017年)、菅沼は神宮の応援席で3度勝利を見届けた。このシーズン東大野球部は、2カード目の慶應との1回戦で2季ぶりの白星をもぎ取ると、4カード目の法政戦では連勝で勝ち点を挙げた。勝ち点奪取は2002年秋以来15年ぶりで、法政からの2戦2勝での勝ち点は実に89年ぶりのことだった。勝つ喜びを味わうのは早かったものの、その時は東大野球部にとっての1勝の意味がよくわかっていなかった。「まだ1年生で、野球部員が神宮で勝つためにどれだけ努力を重ねているかも知りませんでした」。

東大は2017年秋の法政2回戦を最後に勝利から遠ざかり、昨秋まで引き分けを挟んで42連敗中だ。菅沼は「1年秋に野球部が勝つ喜びを味わったからこそ、今は野球部員の苦労がわかるからこそ、野球部と勝利の味を分かち合いたい」と言う。

厳しい練習で培われた「諦めない気持ち」が選手たちに力を与える

とはいえ、応援部にできるのは、勝利を信じて応援することだけ。「ですから、はじめから終わりまで勝利を信じるのが応援部としての礼儀なんです」。

応援部は呼んでいただいてこそ

東大応援部の活動は神宮応援の他にもいろいろある。合格発表の日は超難関をくぐり抜けた受験生を祝福し、入学式では新入生にエールを送る。また野球部以外にもアメリカンフットボール部やボート部など、学内に30近くある運動部の応援活動もしている。春と秋は野球部の応援がメインになるが「早朝にヨット部の応援に行き、終わってすぐに神宮に向かうこともあります」。練習も週に3日と、活動は多忙を極めるが、菅沼は「応援団は呼んでいただいて、必要とされてこそ存在するので、呼んでいただいたらできる限りのことはやりたい」と言葉に力を込める。

菅沼は応援部についてこう考えている。

「応援部は他の部と違って大会や試合があるわけではありません。応援そのものは競い合うものではなく、勝ち負けもありません。目の前に頑張っている人がいるから、全力で応援する。それを集団でやるのが応援部かと。いうなれば人と人との心を突き詰めていくのが応援部だと思います」

応援スケジュールがぎっしり詰まっていた春シーズンだが、応援部の活動も学校からの達しで、3月27日より停止になっている。応援部の部員も自らの心を奮い立たせるのが難しい状況だが、オンライン練習などで心をつなぎながら、来たる日に向けて準備をしている。たとえ先が見えなくても、絶対に諦めない。それは東大応援部で培ったものである。

「普通は大量にリードされた最後の攻撃で、混じりけなしに『絶対に逆転するぞ』とはなかなか言えないかもしれません。心から言えるのは、僕たちが東大応援部だからだと思います」

コロナ禍の中でも東大応援部は前を向いている。