馬術

同志社馬術部主将・田中蒼、「人馬一体」の走りで相棒とともに日本一に挑む

厩舎で相棒・ザミーラと寄り添う田中

幾度の挫折を乗り越え、ラストシーズンを迎える男がいる。同志社馬術部主将の田中蒼(4年、奈良県立山部)だ。ここまで成績不振や相棒のBIZザミーラ(以下、ザミーラ)のけがなど、何度も苦汁をなめてきた。社会情勢から大会日程が大幅に変更されている中、不屈のエースは日本一に向けて、ただ冷静に前を見つめている。

「知らない世界で戦いたい」と大学へ

馬術を始めたのは小学2年のころ。高校では全国有数の乗馬クラブに通い、日々研さんを重ねた。高校卒業後は仕事に就くか、大学に行くかの2択で悩んでいたときに、乗馬クラブのOBであり、後に2018年度に同志社の主将も務めた縄田雄飛(京都翔英)に声を掛けてもらった。

「知らない世界で戦ってみたい」。自分で試行錯誤をする能力が求められる大学スポーツの世界。自分の力を試さんとその門をくぐった。

別の馬とタッグを組んでいたときの田中

現在の相棒、ザミーラとの出会いは大学1年の秋。入部当初乗っていた馬は4年生が卒部すると同時に退厩し、それと入れ替わる形で同志社に入厩したのがザミーラだった。しばらくは別の選手とタッグを組んでいたが、2年の春に本田正博監督からザミーラの担当を任命され、田中蒼・ザミーラペアの物語が始まった。

MVP級の活躍の裏にあったジレンマ

ザミーラは「障害に対して積極的だけど、こちら側の工夫も必要そう」というのが第一印象だった。気難しいところがあり、騎手の技量が試される部分もあったが、ポテンシャルの高さはペアを組む以前から伝わっていた。

担当になって間もない春の大会に出場。大会最高難易度のMB(130cmクラス)にて減点0で優勝し、同志社の春学4連覇に大きく貢献した。

しかし、MVP級の活躍を残した田中だが心中では喜びきれない自分がいた。「正直、監督が(馬の)ピークをそこにくるようにかなり調整してくださったのが勝因だったので」。馬の調子は万全だったが、ザミーラのことを理解し切れておらず、息の合った走行ではなかった。自身の実力による優勝ではないことが田中にとってはジレンマとなった。

そんな彼らの前に壁が立ちはだかった。春学のような活躍を夏学でも期待されたが、まさかの2反抗で失権。自信を失う結果だった。

「競技のパートナー」として築いた信頼関係

「このままで自分は(ザミーラに)本当に乗れるようになるのだろうか」。練習中に試合の状況を想定したが、10個以上の障害を独特な雰囲気の中で失敗せずに飛び越えられるイメージは持てなかった。加えて、秋にザミーラの爪のけがが発覚。ザミーラへの申し訳なさ、大会に出場できないことの申し訳なさに押しつぶされそうになった。

「過保護になりすぎるくらいでちょうどいい」。馬との信頼関係やけがに悩まされたこの時期、本田監督から掛けられた言葉だ。言葉が通じず、感情を読み取るのが難しい以上、こちらからアプローチをしていかなければ信頼関係は築けない。

セレクションとして高いレベルを求められていた彼にとって、初心を思い出させてくれる大切な言葉だった。「とにかく『よしよし』しました。馬はうっとうしいと感じていたかもしれないけど(笑)」。

スキンシップを増やし、焦ることなくゆっくりと信頼関係を築いていった。普段は甘く優しく、競技中は真剣に、このような関係を「競技のパートナー」と田中は呼んだ。

装てい師や部員のサポート、またザミーラ自身の頑張りのかいあり、3年の春には戦列に復帰できるまでに状態を上げた。そして春学のMC(120cm)に出場。9カ月ぶりの大会とは思えない堂々とした走りで減点4の5位入賞。けがのブランクがありながらもまずまずの結果を残したが、団体成績は3位で5連覇は逃した。

「自分がもっと頑張っていれば」。前4年生から障害チームの先導を託され、責任ある立場となった最初の大会で記録を途絶えさせてしまったことは大きなダメージとなった。

ついにたどり着いた“人馬一体"の走り

続く夏学では2落で入賞圏外。春から1度も反抗がないため、信頼関係は十分あるはずだが、結果が出なかった。「春学で他の馬にも乗って7エントリーくらいしたんですけど、一度も満点で帰ってくれなくて。あそこで自分さえ満点で帰ってこれていたら、という気持ちは未だにあります」。チームを引っ張る立場の自分が結果を出せないことに葛藤を感じていた。

最高学年、主将として頼もしい後輩たちを指導する

だが、それは杞憂となった。春学のMBで2位を飾った武道茉紀(2年、埼玉県立蕨)・シロッコ・プラダが夏学で個人優勝、高橋勇人(3年、関東国際)・スフィーダが5位入賞と後輩たちが大活躍。団体でも関西の頂点に立ち、関西王者の実績を引っ提げ、インカレ(以下、全学)を迎えた。

全学は1日目と2日目の合計で結果を算出する方式だが、その1日目で武道、高橋が満点走行をたたき出した。「別に今まで1人で全部抱えていたというわけじゃないけど、ものすごく頼もしく感じたし、本当に2人には感謝しかない」。強いチームメートがいて、信頼する監督がいて、なにより頼もしい相棒がいる。後は余計なことを考えずに、最高のパフォーマンスをすることだけに集中するだけで十分だった。気持ちを奮い立たせて迎えた2日目。見事、満点で帰ってきた。

「春学で優勝したときと同じくらいザミーラを信頼できていた」。まだ相手のことを理解できていなかったからこそ、馬に全てを委ねていた春学。以降は馬のことを知り、人が手を加えようとして逆にうまくいかないことが続いた。苦悩、葛藤を乗り越えた全学での「信頼」は2年の春学のときとは明らかに違うもので、馬に力を与えた、まさに人馬一体の走行だった。

集大成の戦いはすでに始まっている

全学の結果は日大と僅差で団体2位。「彼らなら今度こそやってくれる」と前主将の中村優太(岐阜県立各務原)からたすきを渡された。

今度こそ、と迎えた今年度は新型コロナウイルスの影響により大会スケジュールが様変わりした。春夏の大会が秋に詰め込まれる形となり、調整が難しくなることが予想される。

「いつ試合があってもいいように、馬の状態を万全にしておきたい」。戦いはすでに始まっている。最高学年となり、主将も務める今季。頼れるチームメート、パートナーたちと共に田中は4年間の集大成をぶつけにいく。