大学陸上・駅伝

特集:第96回箱根駅伝

関東学生連合の育英大・外山結 箱根への夢が苦悩の高校3年間を支えた

初めて挑んだ箱根駅伝予選会で、外山は関東学生連合のメンバー入りを果たした(撮影・北川直樹)

育英大学は2018年4月、群馬県高崎市を拠点として開校した。陸上(駅伝)部もまだ2年目。2024年の第100回箱根駅伝出場を目指している。初めて臨んだ今年の箱根駅伝予選会では、駅伝部主将の外山結(とやま・ゆい、2年、前橋育英)が1時間5分12秒で65位となり、関東学生連合のメンバーに選出された。外山は「2年目でいけるなんて思ってなかったので、出られたら素直にうれしいです」と言って笑った。

関東学生連合、目標は箱根駅伝10位相当 東大・阿部飛雄馬も「爪痕を残したい」

予選会で早稲田の千明に「一緒にいくぞ」

駅伝部の練習メニューは嶌津(しまづ)秀一監督が作るが、その中には「各自ジョグ」がかなりある。距離やペースは選手に任せられており、体調や狙う大会から判断して、各自で調整する。外山は週2、3回は必ず16~20kmのロングジョグを入れ、ほかのメンバーよりも距離を踏んできた。

初めての予選会となると、目標設定から考えないといけない。前回の予選会に出たチームの平均タイムと自分たちのハーフマラソンの平均タイムを比較すると29番目だったため、29位以上を目標に掲げた。本番はレース中盤で一気に気温が上がった。思うような走りができない選手もいたが、30位という結果に「予想通りではありました」と外山。

外山は学連チーム入りを狙っていた。学連チームで主将を担うことになった東大の阿部飛雄馬(ひゅうま、4年、盛岡一)から1秒遅れでゴールしたが、レース中に外山が意識していたのは早稲田大の千明(ちぎら)龍之佑(2年、東農大二)だった。外山と千明は同じ群馬県片品村出身。外山は中学でも高校でも千明を意識していた。

予選会で外山(左から2人目)は終盤、苦しい走りになったが、「自分の力を出しきれた」と言う(撮影・北川直樹)

そして予選会で千明の背中をとらえた。抜く瞬間、千明が苦しそうに見えたため「一緒にいくぞ」と声をかけた。しかし最後の下りで千明に抜かれ、外山は2秒遅れでゴール。レース後、千明からは「ナイスペース」と声をかけられ、外山は「追いつくからな」と返したそうだ。「千明はとくにライバル意識は持ってないと思うんですけど、自分は千明に勝ちたいって、ずっと思ってます」。本戦でも同じ区間を走ってリベンジしたいですか?「タイプが違うんで、難しいかもしれないです。でもお互い頑張れたらいいな」と、笑顔で返した。

青学初Vで箱根にあこがれ、高校3年間はけがばかり

外山は大学進学にあたり、もともとは箱根駅伝の常連校に進みたかった。しかし外山自身、高校時代はけがに泣き、思うような実績をあげられなかった。そして選んだのがゼロスタートの育英大だった。

5歳で水泳を始め、中学校では水泳部だった。陸上との出会いは中学生のときの地区の駅伝大会。大会のときだけ走るという程度のものだったが、次第に泳ぐよりも走る方に喜びを感じるようになったという。「走ってみると、アップダウンのあるコースの方が、いい結果が出てるなと思ったんです。キツいし、自分としては得意じゃないと思うんですけど」

外山が中3だった2015年、青山学院大が箱根駅伝で初優勝を飾った。彼らの姿を見ていて、箱根駅伝へのあこがれも芽生えた。そして前橋育英高では迷わず陸上部に入った。

期待に胸を膨らませて陸上の世界に飛び込んだが、両足のすねと大腿(だいたい)骨の疲労骨折など、3年間はけがの連続で、あまり試合に出られなかった。体ができていないうちから走り始めたのが原因だった。ほかの選手が走っている中、一人で補強運動をしたり、プールで泳いだり。「駅伝を走りたくて入ったのに……」という悔しさをずっと抱えていた。体を一から鍛え直すために競歩にも取り組み、インターハイにつながる高校最後の群馬県大会には競歩で出たが、県で敗退。そこからは走りにシフトし、やっと最後の関東高校駅伝に出場できた。それが高校3年間で一番の思い出となった。

高校の経験を生かし、大学ではけがを理由に練習を中断したことは一度もない(撮影・松永早弥香)

けが続きだった日々で陸上が嫌になることもあったのでは?「でも自分の夢、目標があったんで。水泳は伸びなくて嫌になったけど、陸上は嫌にはならなかったんです。箱根駅伝という夢があったから」。はにかみながら言った。将来は教員になりたいと思っていた外山は、教育学部を志望していた。その志望を踏まえ、前橋育英高との縁もあり、陸上部の監督から箱根駅伝を目指す育英大を勧められた。

6区を走って、将来はマラソンランナーに

高校時代の日々が、いま生きている。自分の体と相談しながら練習し、少しおかしいと思ったら入念にケアする。「体の反応を敏感に感じられるようになって、いまはけがなく練習を続けられてます」。今年11月の10000m記録挑戦競技会では29分58秒89の自己ベストを記録。徐々にタイムを縮めている。

いまも教員になりたい思いはある。その一方で実業団に進み、日本のトップレベルで走りたいという夢もある。箱根駅伝で6区を希望するのにも、わけがあった。

「下り自体はそんな得意じゃないんですけど、川内優輝さんみたいにマラソンランナーとして成功してる人たちは意外と6区を走ってるなって思うんです。自分も将来マラソンをやりたいと思ってるんで、そういう方たちと同じ区間を走ってみたいです」

箱根駅伝にあこがれてすぐ、挫折を経験した。その挫折がいま、外山の糧になっている。育英大初の箱根ランナーの先には、また新たな夢の扉が待っていることだろう。

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