大学ラグビー

特集:第56回全国大学ラグビー選手権

京産大・大西健監督 47年間の監督生活にピリオド、最後に語ったこととは

第56回全国大学ラグビー選手権
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日大に負けたあと、副将のファカイに声をかける大西監督(すべて撮影・谷本結利)

ラグビー全国大学選手権 3回戦

1215日@埼玉県営熊谷
京都産業大(関西4位)19-24 日大(関東リーグ戦2位)

いよいよ1215日、ラグビー大学選手権に関東、関西の大学が登場し、3回戦の4試合があった。この日、47年間の監督生活にピリオドを打った指導者がいる。19734月、23歳から指導を続けてきた京都産業大の大西健監督(69)だ。世界のトライ王の元日本代表WTB大畑大介、日本人初のスーパーラグビープレイヤーとなったSH田中史朗(キヤノン)ら多くのトップ選手を送り出してきた監督の最後の言葉を記しておきたい。 

強力FW同士の対決で日大に5点差負け

関西大学Aリーグ4位で大学選手権に出場した京産大は、今シーズン旋風を巻き起こしている日大と激突した。ともにFWが強力なチームで、FW戦の優劣が勝敗のカギを握ると思われた。

京産大は前半1分、特別に準備していたラインアウトからのプレーで先制トライを挙げたが、モールで押し込まれてトライされ、相手にリードされる展開となってしまった。「日大の闘志、FWのボールへの執着心に圧倒された。だが力の勝負としてはうちの(最前列の)3人が頑張ってました。少しは私たちのラグビーがやれたかな」と大西監督が振り返ったように、鍛えあげてきたスクラムは終始優勢だった。 

京産大は前半のラストプレーで得点できなかったこと、相手の反則からのタッチキックミスが3本あったことなどが響いて、5点差で負けた。 

ノーサイド直後。西日のせいもあっただろうか、大西監督の選手たちを笑顔で見つめていた。京産大の選手たちはキャプテンのLO伊藤鐘平(札幌山の手)、副キャプテンのNo.8フェインガ・ファカイ(日本航空石川)ら4回生を中心に目を赤くしていた。

選手たちと肩を組み、声をかけた

学生らしさを決して見失ってほしくない 

大西監督は「今日で終わるつもりはなかった。どうしても勝ちたい、と臨んだ試合でした。必ず(準々決勝で)花園に帰ろうというのを合言葉にしてました。(負けたときの)言葉も感情も準備していなかった」と語った。監督はファカイの涙につられてしまったという。「泣く子じゃないのに、初めて泣いたのを見ました。最後だから泣いてくれてるんかな。実感が出ました」と言って、目に涙を浮かべた。 

試合中、大きな声で選手たちを力づけていたスタンドの人たちに何度も何度も深く頭を下げ、選手たちの肩を叩いてねぎらった。そして、最後は胴上げされた。 

試合後の記者会見で大西監督はまず、「私みたいなのを47年間、ラグビー界に置いていただいて、また応援していただいて感謝しかない。どういう形で恩返しできるか分かりませんが、感謝、感謝です。ありがとう、ですね」と語った。そして「京都産業大学ラグビー部の代名詞として『ひたむき』が定着してます。ひたむきに学生らしさを見失わずにチャンピオンシップを目指してほしい。勝てばいいというチームではあってほしくない」と続けた。

監督としてのラストゲームが終わり、ほほ笑む大西監督

最後は見苦しいぐらいにあがいた

 FWのスクラム、モールを猛練習で鍛えあげ、京産大を関西大学Aリーグに定着させた。大学選手権に出られないシーズンや入れ替え戦に回ったシーズンもあったりしたが、1990年以降4度の関西大学Aリーグ制覇、そして大学選手権では7度のベスト4を誇る強豪チームに育て上げた。 

大西監督は「大学のチャンピオンシップを目指すというのは言葉だけにしてはいけない。1部リーグにいないとその権利も得られません。厳しい状況も何度かありましたけど、身を賭して、チームが夢を追いかけられる状態でありたいと実践してきました。最後は見苦しいぐらいにあがいてやってきました。それが少しはチームに影響してるのかな」と振り返った。 

また京産大は大畑、田中だけでなく、名SOだった廣瀬佳司(元トヨタ自動車監督)、現在コーチを務めるLO伊藤鐘史をはじめPR山下裕史(神戸製鋼)、PR長江有祐(豊田自動織機)ら数多くの日本代表選手を輩出してきた。

 日本一になるための最大の努力に意味がある 

大西監督がそういった事実を誇ることは一切ない。「大畑にしろ、田中にしろ、自分で考えて自分で育った子が多いので。僕は走らせていただけです。ただ、ほかのチームの選手たちよりもたくさん走らせたかもしれません」と話した。 

1973年からの監督生活が終わった

残念ながら、大学日本一には届かなかった。「日本一になりたいという思いはチーム理念のひとつ。本当は優勝したときに言わないといけない。本当は言っちゃいけないのですが(苦笑)、そのチャンスがないので……」と前置きした上で、こう話した。

「日本一になることは大きな意味があるかもしれませんが。すべてではない。日本一になるために最大の努力することに意義があります。そういった意味ではずっと我々は日本一、挑戦する努力をしてきた。日本一にはどこかのチームがなる。たまたまなることもある。何かがそろって、なることもある。どんな状態でもどんなレベルでも、どんなメンバーでもチームがどういう状態でも日本一を目指すこと大事です。いつ、いかなるときでもチャンピオンシップを目指してきた。そこには、卒業生も含めて悔いはありません」 

勇退後の具体的なプランはないという。大西監督は「僕はいろんな意味で47年間お世話になったので、ラグビーに、京都産業大学に恩返しがしたい」と語気を強めた。大西監督が大事にしてきた理念、思い、育んできたチーム文化は継承されていく。今後も大西イズムで育った指導者、そして選手たちが京産大、そして日本ラグビーを強くする。