大学サッカー

筑波大の三笘から日本の三笘へ 大学4年間の感謝とこれからの思い

入団会見中、大学4年間を振り返る三笘(右から2人目)

12月23日、筑波大学内で筑波大学蹴球部の「プロチーム入団会見」が開かれた。5人のプロ入団選手リストの一番上には、MF三笘(みとま)薫(4年、川崎フロンターレU-18)の名前があった。三笘は筑波大のみならず、この世代の大学生全体を代表する選手だ。2年・4年と継続してユニバーシアード代表に選ばれ、2連覇を達成。活躍の幅は大学レベルに留まらず、U世代代表の常連にまで成長した。だが上級生として迎えた3・4年では、筑波大にタイトルをもたらすことができなかった。三笘は大学4年間をどう振り返るのか。そして、次なるステージとなるプロの舞台に向け、いまどんな思いを抱いているのだろう。

インカレはベスト8で終焉 それでも筑波大の“躍心”は終わらない

フロンターレユースで育ち、昇格を断って筑波へ

三笘は左ウィングやシャドーストライカーを主戦場とする。最大の武器はドリブルで、スピードあふれる縦への動きや、相手の逆を突く切り返しで突破を図る。「珍しいドリブルの仕方をしているとよく言われる。そこに面白さを感じてもらいたい」と本人も語る。

独特のドリブルで相手ディフェンスを切り裂く

サッカーを始めたのは6歳のころ。兄の影響でボールを蹴り始め、地域のクラブなどを経て、川崎フロンターレの下部組織に加入した。フロンターレでは順調に昇格を果たし、U-18では10番も背負った。もちろんユースのその先、「プロ入団」の話も届いていた。

だが、三笘は昇格を一度断り、大学進学の道を選択。「プロでやるには個人の能力も足りてないと感じていた。それに、『サッカーで飯を食べていく』とは決めていたけど、自分からサッカーを抜いたときの人間性も大切にしたいと考えていた」として、大学進学を選んだ。

下級生ながら優勝に貢献

複数の大学の練習に参加した末に、「環境が整っているだけでなく、知ってる選手が多く、サッカーのレベルが高い」という理由から選んだのが筑波大だった。

入学前に筑波大の試合観戦に訪れた際、「1・2年生が多く出場してて、出場するチャンスが多そう」と感じていたという。その見立て通り、1年生では途中出場がメインだったが、多くの試合に出場した。とくにインカレでは、途中出場した2戦(準々決勝関西大戦、準決勝阪南大戦)でそれぞれゴールを奪うなど優勝に貢献した。

1年生ながら多くの試合に出場

「ジャイキリ」から世界へ

2年に進級後、激しいレギュラー争いを繰り広げつつ、徐々に先発出場の機会が増えていた。そんな中、迎えた第97回天皇杯。初戦Y.S.C.C.横浜戦に勝利し、ベガルタ仙台と対戦した2回戦で、三笘にとっての転機が訪れる。

前半6分、自陣でボールを拾うと、ドリブルで独走を見せあっという間にゴール前へ。落ち着いて放った右足からのボールはキーパーをはじき、バーを叩いてゴールへ吸い込まれた。「ドリブル突破」「スピード」「ゴール前での落ち着き」をまとめて見せた衝撃的な一発だった。

天皇杯・仙台戦で2ゴール。「自分にとってのターニングポイントだった」

その後、仙台の卒業生、MF中野嘉大(現北海道コンサドーレ札幌)の2ゴールで逆転されるも、コーナーキックから筑波大のエース・FW中野誠也(現ファジアーノ岡山)が決め同点に追いついた。そして迎えた73分、MF西澤健太(現清水エスパルス)のパスに反応した三笘が再びゴール。三笘の2ゴールで筑波大が勝利、「ジャイアントキリング」を巻き起こしたのだった。

サッカー界に衝撃が走ったこの日、スターとなった三笘の名は全国に知れ渡った。「チャンスをものにできて、自分の可能性を広げることにつながった。自分にとってターニングポイントだったと思う」

その後、ユニバーシアード代表に選出されたことを皮切りに、U-20代表にも初招集されるなど、大学に留まらず全国的な存在となった。また、筑波大も13年ぶりに関東大学リーグを制した。個人・チームともに充実した1年を「先輩たちがすごかったに尽きるけど、自分もその中でよさを出して優勝に貢献できたかなと思っている」と振り返った。U代表の影響でインカレは欠場したが、森保一監督の初陣となったタイ戦ではスタメンを飾った。これ以降、三笘にとっては大学だけでなく、「東京オリンピック代表」も目指した戦いが待っていた。

川崎復帰が決まるも苦しかった上級生時代

だが、3・4年次、筑波大はタイトルに恵まれなかった。

3年の前期、筑波大は一時降格圏も経験するなど絶不調に至った。小井土正亮監督も「戦術三笘」と話さざるを得ないほど、三笘個人の打開力に頼った試合も多く見られたが、なかなか勝てない日々が続いていた。「チーム内の連携がうまくいっていなかった。ふがいなさを覚えている」と三笘。

そんな中、三笘の下に吉報が届いた。フロンターレへの復帰が決定し、プロサッカー選手になる切符をつかんだのだ。「またフロンターレに戻れることに感謝する」と三笘は喜びを表現していた。

関東大学リーグでは左サイドの名手として猛威を振るった

その後、三笘はチーム事情で1トップを務めるなど、よりチームのために働いた。シーズンを通して10ゴール4アシストと攻撃をけん引し、筑波大も復調しリーグ2位に輝いた。だが迎えたインカレ、まさかのベスト8敗退に終わり、2年ぶりの無冠となった。

悔しさを抱えて迎えた4年、チームは三笘依存から脱却できず、不振にあえいでいた。前年と同様、チーム事情で左サイドだけでなく、U代表でもおなじみのシャドーのポジションでもプレー。苦しみながらチームは4年連続のインカレ出場を達成。だが肝心のインカレで三笘は激しいマークに遭い、実力を発揮できないまま敗退してしまった。「この悔しさはプロの舞台で晴らしたい」と強く意気込んだ。

既にデビューは飾った、あとはレギュラー奪取のみ

三笘は大学4年間を「サッカーの技術に関してもそうだけど、人として成長できたと思う。コミュニケーションを通じて人との話し方や関係づくりを大切にしようと思え、感謝している。プレーで恩返しできれば」と話す。確かな技術の底には、筑波大で培った「人間力」も備わっているのだろう。勉学との両立も「単位を落とすことなく、効率よくこなせた」と振り返る。

フロンターレでのトップチームデビューは既に飾っている。今年9月のルヴァンカップ準々決勝第2戦、名古屋グランパス戦の終盤に出場。プレー時間はわずかだったが、プロの舞台も経験した。

ラストイヤーのインカレではキャプテンマークを身につけた

この試合でも経験した左サイドが今後の主戦場と予想されるが、同ポジションにはMF阿部浩之、MF斎藤学、MF長谷川竜也らJリーグトップクラスの選手がそろう。「練習から、自分ができるというところを見せなければならない。(技術を)盗めるところは盗みたいし、右サイドや中央もできるようにならなければ出場機会は減ると思う。サイドバックでの出場もあるかもしれない」と話し、激しいレギュラー争いに危機感を持ちながら、立ち向かう姿勢を見せる。

走り回れカオル!

フロンターレにはMF中村憲剛をはじめ、大卒選手が多く、そこにはDF谷口彰悟やDF車屋紳太郎ら筑波大出身者の姿もある。ユースから大学を経由した選手も、MF脇坂泰斗という素晴らしい前例がある。「フロンターレは個人個人の能力も高く、人間的に素晴らしい選手ばかり。大卒・高卒は関係ないが、自分も筑波大出身者としてフロンターレを引っ張りたい」

フロンターレに復帰が決定。4年間の経験を還元できるか

次なる目標はいち早くリーグ戦でデビューすること。更には東京オリンピックへの選出、そしてその先のカタールW杯への出場と終わりはない。まずは三笘が等々力のピッチを走り回り、ゴールを決める姿をこの目で早く確かめたい。