大学アメフト

特集:関学アメフト・鳥内監督ラストイヤー

「ファイターズは俺の人生みたいなもん」関学・鳥内秀晃監督 退任記者会見(下)

一般的な関学のイメージとはかけ離れた人が、長らくファイターズを率いてきた(すべて撮影・安本夏望)

学生フットボール界の名将がフィールドを去る。関西学院大学ファイターズを1992年から監督として率いてきた鳥内秀晃監督(61)が1月8日、兵庫県西宮市の上ケ原キャンパス内で退任記者会見を開いた。秋の公式戦通算成績は238試合197勝38敗3分けで、勝率は8割3分8厘だった。4years.では約45分の報道陣とのやりとりを2回に分けて、そのままお伝えします。その後編です。

「教えてきたんは、自分で考える力やな」関学・鳥内秀晃監督 退任記者会見(上)

みんな参加できるのがアメフトのええとこ

——鳥内監督が考えるアメフトの魅力とは何ですか?

この競技自体、準備の段階で5割が決まりますから。その5割のやり方を学生と一緒に考えていく。非常におもろいことが起こってるんですよ。予定通りいけば楽しいし、いかないときは「どうすんねん」と、危機管理ができますしね。シミュレーションやれと。あと、みんな参加できますねん。試合に出てなくてもいろんなところで貢献できるいうことがおもろいんとちゃいますの。やっぱり、意見をお互いに出さないと分からないんで。コミュニケーション能力がないと言われる学生が多い中で、自然と好きなことやりながらやれるというのが大きいんちゃいます? 意見を言おうと思ったら、相手を納得させる準備がいる。それも大事なことですよね。

会見場はしばしば笑いに包まれた

——授業よりも大事なことが教えられるということもありますか?

そらある。1時間目から5時間目まで授業出ても、何も頭に残りませんよ。授業やりすぎです。頭パンクしますよ。

アメフトから学んだのはセコさ

——監督自身がアメフトから教わったことはありますか?

セコさですなぁ(笑)。ほんまセコいから。

——監督生活28年で197勝されていますが、勝ち続けることができた秘訣は?

秘訣じゃなしに28年もやってきたら、そらそんだけなるでしょ。長いだけですわ。毎年毎年、新しいチームでやってる。まあ、まあ負けた年もありますしね、最近は勝ってますけど。オフェンスのコーディネーターを小野(宏・現ディレクター)もやってましたけど、職員やりながらはなかなかしんどいですよ。いまの時代は。やはり学生と向き合ってじっくりやらないと、オフェンスは時間もかかるし。そういう点で大村(アシスタントヘッドコーチ)がチームに戻ってきたいうのは大きいんちゃいますか?

——監督にとって学生とはどういうものですか?

学生いうても子どもですからね。体の大きさは大きいですけど、中身は子どもやから。「男の子やったら男にならなあかんねん」と、よう問いかけてます。結局それは、仲間、後輩、先輩から「あいつ男や」って言われることです。ガキのまま卒業しとるヤツもおんねん。そういうヤツらは、「はよ男なってや」言うことですわ。

壇上から質問者を指名するシーンもあった

——学生のあるべき姿はどう思われますか?

あるべき姿は自分で選んだらええんちゃいますか? だけど、学生いうんは大学来ていろいろ学ぶいうこと。学ぶいうてもいまの時代、分からんことはネットで調べられる。学校の先生、大人と一緒に、これとこれで、こうやったら、こうなっていくという発見をしてほしい。フットボールはそういうことが起こりうるんですよ。いろんなことが。普段の授業でもそういうことをやってほしいなと思うんですよ。

——池埜さん(部長)と小野さん(ディレクター)にお聞きします。今後の鳥内監督に望むことは?

(小野)いま、まだ考えてないと言いますか、新しい指導体制をどうやって整えるか、ということの方がすごく大きくてですね。鳥内さんにどういう風に関わっていただくか、ということは正直あまり考えられてないです。また、鳥内さんがさっきおっしゃってたように、これからどうするのかというので「一旦は休憩」とおっしゃってます。これからどうするかということは決まってませんので、またこれから考えていくことになると思います。我々にとっては鳥内監督のもとで28年間やってきて、非常にチームとして成熟した指導体制ができあがってきました。これから新しい時代に向けて世代交代をしていかないといけない状況にありまして、その体制をどうやって整えるかということが一番大きいという風に考えております。

(池埜)退任後のクラブ、来年度についてですが、少し客観的な立場から言わせてもらいますと、もちろん大きな変化が待っていると思います。ただファイターズは、これは私がよく使う言葉ですが、非常に求道的なクラブだと思います。一つのことに目標を決めて、そこに向かっていく。その力というのは伝統とプライドを感じさせる。これは本当に真似できないものを持っているクラブですが、そこに至るにあたって変幻自在であるということです。あらゆるものを取り入れ、そして柔軟に変化していける。鳥内監督はこういう雰囲気の方ですが、ありとあらゆるすべて必要な情報を取り入れていこうとされる。こういう伝統があるクラブなんで、大きな変化になるとは思いますが、それを乗り越えて変幻自在にまた新しい求道者になっていくだろうなと見ております。ぜひ、鳥内監督にも、また落ち着いたら、いろんな形で助言してほしいとは思っています。

「お前ら勝手にやっとけ作戦」はええよ

——今後、アメフト界にどのように携わっていきますか?

何も考えてないんで。関わっていくというか、試合は観(み)に行きますよ(笑)。まだそれだけですわ。

——アメフトの普及のための活動をするんですか?

何か言われればちゃんと発信しますよ。求められれば。それは。

(少し間を空けてから)読売テレビの記者が(普及のために)もっとちゃんとやったらええんとちゃいます? 夜中でもええですから。

——対話重視に指導方針に変えた理由は?

逆の立場を考えたらね、意見持ってんのに意見聞いてくれない。言うてもはね返される。そんなんやったらおもんないでしょ? 本来なら自分で考えてやったらスポーツおもろいんですよ。あまりにもシャットアウトされたらおもんないですよ。やり方いうか、学生の思ってる方法でやってみぃやと、ダメだったらこっちしよか。そう納得させることも必要なんですよ。(方針を変える前までは)自分が自分で考えて押し付けとった。それは自分もしんどいんですよね。だから、本人やりたいいうとるんやから考えてやってくれたらええわな。うまいこと使わな損なだけです。僕がサボってるだけですわ。お前ら勝手にやっとけと。「お前ら勝手にやっとけ作戦」です(笑)。

——地上波放送のことは置いておいて……。

(すかさず)それは置いとかへんよ(笑)。

試合中のサイドラインでは、いつもこの表情だった

——アメフト界における課題はなんでしょう?

スター選手もいる(必要)んですけど、一般の人がなかなか見れないのがダメなんですよ。受信料とってんねんから、ちゃんとやってください。誰に言うたらええん? (NHKの)会長か?

——今シーズンのチームはいかがでしたか?

ようあることなんですよ。今年の4年は下級生のときに1年、2年、3年と甲子園ボウルに連れてきてもらっとる。優勝もしてる。そういうときは、上級生の努力を見てへんねん。授業が忙しい言うて。3年、4年になったときに、いけるやろなっていう雰囲気でスタートすると、どうしても苦しみよる。前の橋本(亮)のときもそんなんでね。また繰り返してもたなぁ。うまいこと伝えんと、また同じことが起こるんちゃうかなと思ってます。

関学を背負うと、えげつないパワーが出るねん

——関学を背負うことで力を得た瞬間はありましたか?

自分が現役のときにあるんですよ。僕が浪人してたときの「涙の日生」もそう。あのビハインドから逆転した。自分自身も4年間のうち、2回プレーオフを経験しとる。自分が4年のときの京大戦。圧倒的に京都大学が強くて、もう連続甲子園ボウル出場が途絶える、いう時もあったんや。負ける覚悟を含めて、無の心境になったときにえげつないパワーが出るねんな。これがやっぱ、それぞれが1年から4年までみんなで関学の青い血、背負ったなというときに力が出るんですわ。

——28年間ほとんど休むことなく続けてこられた。健康面の工夫はありましたか?

ないけど、体が丈夫なんですよ。インフルエンザかかっても医者いけへんでも治りますわ。それでうつして怒られましたけど。まあ、ほんまに風邪とか病気で休んだことないんで、一回だけヘルニアはありましたけど。それもグラウンドのすぐ横まで車で運んでもらってサイドラインには立ちましたから。

——ご家族の支えも大きかったと思います。ご家族へひとことお願いします。

家族いうても結婚する前から家内の親父さんも高校野球の球児で甲子園出てるんで。それと、家おらへんから大変やで言うても「いいです」って言いましたからね。当たり前やと思ってますわ。まぁ、こんなん言うたら怒られますけど。自分の子どもちゃんと育てんと、よその子どもを育ててましたからね。

——全日本大学選手権の西日本代表を決めるトーナメントは11戦全勝です。勝負どころで勝ち続けられた秘訣は何ですか?

勝負強さいうよりも、個人個人が学生チャンピオン目指す言うたんだったらちゃんとやろうよと。リーグ戦負けたときでも、まだチャンスはあるということで、復活できますよと。で、予定通り復活してくれただけです。何人かのすごいプレイヤーだけで勝てるわけちゃうんで。オフェンス、ディフェンス、キッキングと全部がおって、そういう迫力でだんだんだんだんうち以上に相手のミスが起こってきてる。そういうことちゃいますか?

支えてくれたのは嫁はん。そう言うとくわ

——監督人生の中で誰に一番支えられましたか?

(明らかに照れながら)嫁はんですよ。そう言うとくわ。ないねん、ほんま(笑)。普通通り28年間やってるからこれがウチのルーティンや。嫁はんもみんな。だから、ありがたいですよ。それは分かってますよ。

——とくにどういうとき、そう思いますか?

(照れ笑いしながら)負けたときは年がら年中暗いみたいやけどね。だから勝たなあきません。

——社会人と体格差があるライスボウルについて、安全面から見てどう思いますか?

いまの立場で言うのもアレなんですけど、もともとライスボウル自体が東西の学生オールスター戦やったんですよ。そこから社会人チームが発展していきたいということで、ライスボウルを社会人に譲るいうか、学生チャンピオンとの試合になった。最初は学生の方が強かったんですけど、途中から五分五分になって、いまは圧倒的に社会人の方が有利ですよ。社会人チームの普及、発展には十分役割を果たしたんちゃうかなと思ってます。そろそろ違う方法でええんちゃうかな?

——鳥内監督にとってファイターズとは?

1978年に入部してから40年ですか。人生の3分の2を過ごしてますからね。人生みたいなもんですね。最初、ここまで長なる予定なかったんで。結果、こうなりましたけど。

ほかのチームでべったり指導することはない

——一旦は休憩ということですが、アメフトへの情熱は失われてないんですか?

現場の指導いうよりも、いろんな競技において指導の仕方を啓蒙(けいもう)したいなと思ってるんです。野球もそうなんですけど。自分の可能性を分からないまま大学まで来てる子がようさんいてるんですよ。いろんな分野の得意技が発見できたら得なんでね。そら。そこをもっとうまいことできないかな思います。そういうことで力になれたら。現場戻ってこい、言われたらあれですけどね。こんだけファイターズやっとって、よその大学ではないですよ。意見を求められたら言いますけど。べったりくっついていうのは考えてません。

——後任の監督、ヘッドコーチやコーチ陣に望むことは?

僕のやり方を全部まねするんやなしに、学生第一に、学生の人間的な成長を手伝えと。僕はこのチームはスーパーアスリートの集団にはたぶんなれないと思う。ハートの部分を含めてでしか、なかなか勝っていけないと思ってるんで。そこも忘れずにやっていってほしい。それだけですよ。

「べったりとほかの大学を指導することはない」と言いきった

——ファイターズの次のステップって何でしょうか?

伝統、歴史の重みを感じてプレーできることはすごいええと思うんで。これをただ表面上で勝ったらええじゃなしに、そういうことを考えてやってほしい。まだまだねえ、200人くらいおったらね、よそ向いてる子もようさんおるんですよ。それを一つにまとめてほしい。

——監督、言い残したことはありませんか?

(首をふって)全然ない。

——もっと伝えたいことはありませんか?

また、本出るんとちゃいますか。(一同爆笑)