熱すぎる18年間のフィギュア人生、幸せすぎるフィナーレ 明治大5年・鎌田英嗣
大学生アスリートの多くは、卒業と同時に競技生活にも別れを告げる。その瞬間は、誰にとっても特別なものだ。明治大スケート部フィギュア部門の鎌田英嗣(ひでつぐ、獨協)は幸せ者だ。このほど、彼の頑張りを見てきた人たちによって、引退エキシビション「HIDES ON ICE(ヒデッツ・オン・アイス)」が開催された。
引退エキシビジョンに350人が集まった
2020年2月20日は鎌田の一生の記念日になった。5歳から通い続けたシチズンプラザ(東京都新宿区)のリンクが引退エキシビションの舞台だった。
高校3年生で日本スケート連盟の強化選手に選ばれ、ジュニアグランプリ(GP)シリーズを経験、第一線での活躍に期待が集まった。だが、大学時代はけがに悩まされ、シニアでは思うような成績が残せずにいた。それでも「また強化選手に戻りたい」と、5年目も大学に残った。
5歳から通い続けてきたシチズンプラザは21年1月の閉館が決まっている。鎌田はそれを今年の1月末、国体に参加していた青森で知った。その国体では現役最後となる演技で、試合では初めてトリプルアクセル(3回転半ジャンプ)に成功。ドラマのような結末だった。
慣れ親しんだリンクの閉鎖もあり、引退エキシビションはより特別なものになった。鎌田は本番に向けて練習を積んだ。
エキシビションは有志によって企画され、施設のスタッフや利用者、スケート教室の生徒らが協力した。当日、訪れた観客は約350人。予定していた100人を大幅に上回った。出演者も合わせて約400人が会場を盛り上げた。
「僕は本当に幸せ者でした」
鎌田とともにこのリンクで滑ってきた森望(かなた、明大OB)、梶田健登(同)、菅原生成(きなり、東洋大3年)らが共演した。幼いころから鎌田の指導に当たってきた川越正大コーチも見守った。
鎌田は「コンドルは飛んでいく」や「TiAmero」など過去のプログラムのステップメドレーを披露。スケーターによるトークショーのほか、ファン投票によるプログラムの再演もあり、鎌田は最も人気のあった「禿山の一夜」を滑った。最後には思い入れのある「月光」を舞った。約2時間半のショーは、常にあたたかい拍手に包まれていた。
鎌田は最後、18年間の競技人生を振り返りながら挨拶(あいさつ)した。川越コーチに優しく厳しく育てられたこと。高3でジュニアGPシリーズに派遣が決まり、競い合ってきた梶田と一緒に泣きそうになるほど喜んだこと。大学に入り、周囲の期待の大きさに苦しんだこと。骨折してリンクに来られない日が続いたこと。アイスダンスに転向して頑張る森の姿に励まされたこと……。
「まだ80年ほど生きなきゃいけないのに、気持ちの上では定年退職したかのような気分になってます」と語った。そして涙を流しながら「素晴らしい友だちと先輩に巡り会い、素晴らしい先生方に出会い、僕は本当に幸せ者でした」と締めくくった。
「更衣室のドン」と呼ばれて
エキシビションを終え、仲間たちと集まった鎌田は「びっくりするぐらい楽しかった」と語った。
苦労した大学時代だったが、2019年1月、4年生で出場したインカレが印象に残っているという。鎌田が入学した当時、明治は全国レベルの選手がそろい、「黄金世代」と呼ばれていた。だがインカレで優勝できずにいた。
その年は世界選手権代表の友野一希(同志社大)や強化指定選手の中村優(しゅう、関西大)らがエントリーする中、明治は鎌田と佐上凌(りょう)、中野耀司(ようじ)という布陣で臨み、学校対抗で優勝した。
「大学はチームの争いもあって、自分だけ勝てればいいやという気持ちはなくなった。チームでお互い高め合わないといけなかった」
「更衣室のドン」と言われるほど、いつもこのリンクで練習していた。菅原は鎌田について「スケートに熱すぎて熱すぎて、朝の練習のスケーティングでも人にぶつかるくらいの熱量だった」と振り返る。
森も「中学時代、スケートを後回しにするような発言をすると『なんのためにここに来てるんだ』って怒られて、パパ? と思った」というほほえましいエピソードを披露した。
ともにジュニアGPシリーズを経験した梶田は「誤解を恐れずに言えば、ヒデは誰よりも不器用で才能がなくて。でもヒデはへこたれないで、なんとか追いつけ追い越せと人一倍努力してました」と言った。そして「トリプルアクセルを跳ぶ」という夢を引退試合でかなえた鎌田を「最後、自分に打ち勝って勝者になったと思う」とたたえた。
先輩のエールに大粒の涙
鎌田が日本代表を目指すきっかけとなった板井郁也(東洋大)は鎌田の練習動画を撮影し、サポートしてきた。エキシビションで共演した板井は「僕は納得できないまま引退して、その後にヒデと関わることになった。(苦労してきた)ヒデに僕自身を重ねたこともある」と伝えた。そして「決して楽なスケート生活じゃなかったと思う。第二の人生を楽しんでほしい」とエールを送ると、鎌田の目から涙があふれた。
「自分だけの力ではなくて、たくさんの人に支えられ、励ましてもらいながらやってきました。それがなかったら頑張れなかった。ありがとうございました」
鎌田は春から社会人になる。しばらくはリンクから離れるが、スケート界に貢献したいという思いは強い。スケートに情熱を注ぎ続けた男は、まずは次のステップに向かう。
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