慶應大野球部・嶋田翔 熱き副将が見せた「声」という名のチームプレー
満員のスタンドに華やかな応援。東京六大学野球を彩る景色はいつも賑やかだった。しかし、2020年シーズンは異例のものとなり、満員のスタンドも華やかな応援も目にすることはかなわなかった。
新型コロナウイルス感染拡大を受け、イレギュラーな日程で開催された真夏の春季リーグ戦。各1試合の総当たり戦となった他、入場者数の制限、応援の禁止によって、過去に例のない静かなリーグ戦が予想された。だが、そんな心配をかき消したのは選手たちの「声」だった。ベンチからの声援や、投手が投球時に発する叫び。例年ならば応援に包まれて耳に届かなかった選手たちの声が、活気となって神宮に響き渡っていたのだ。
「声」でチームを引っ張る熱き副将
慶大野球部の2020年を「声」というテーマで振り返ったとき、最も存在感を表していたのが副将の嶋田翔(4年、樹徳)だった。チーム1の熱血漢として知られる嶋田は2年春から慶大の中軸を担うと、3年秋までに神宮に5本のアーチをかけた。
その一方でボールの見極めに課題を残し、ときに特大ファールを放ち、ときに豪快に空振り三振する打撃スタイルはまさにロマン砲。特に3年秋には大不振に陥ったため、チームは一塁手を固定せず、福井章吾(3年、大阪桐蔭)と併用されるなど、思うような結果を残すことができなかった。
迎えた2020年春季リーグ戦、嶋田の打撃スタイルが少し変わった気がした。決して大振りせず、相手投手のボールをコンパクトに弾き返す打撃。走者一塁の場面では、182cm、 86kgの体躯を忘れさせるほど器用に犠打を決めるなど、従来のイメージとはかけ離れた活躍を見せた。
安打を放つと塁上で笑顔を浮かべ、すぐに代走を送られる。笑顔でベンチへ戻ると、すぐに声援を送る。嶋田の行動からは常にチームのためにという意識が感じられた。シートノックでの大きな掛け声、ベンチでのマスク越しでも響く声、打席での気迫あふれる叫び声。チームの元気印としての存在感は群を抜いていた。
「チームの勝利」のために何ができるか
嶋田にとって最後のリーグ戦となった2020年秋、一塁にその姿はなかった。廣瀬隆太(1年、慶應義塾)とのレギュラー争いに敗れ、代打に回ったからだ。ルーキーとは思えない打棒を見せる廣瀬に対し、なかなか出番のない嶋田。さすがにフラストレーションを抱えているだろうと思いきや、その姿は意外なところにあった。
捕手用のプロテクターに身を包み、ブルペンで中継ぎ陣の球を受けていたのだ。高校時代は強肩強打の捕手として知られていたが、東京六大学野球公式戦では捕手としての出場はない。それでも「チームの勝利に向け、どういった貢献ができるかを考えて行動している」と語るなど、あくまでもチームのために戦うことを決めたのだ。
ブルペンでは投手以上に声を出し、代打が出そうなタイミングではベンチへ戻りプロテクターを外す。嶋田はフェアグラウンドの外で誰よりもせわしなく動いていた。
早大のエース早川を捉えた執念の一打
優勝をかけて戦った早慶戦でも、嶋田のやることは変わらなかった。常に声を出してチームを盛り上げ、ブルペンで球を受けて投手陣を盛り立てる。「ワセダを倒して優勝」を掲げたチームのために、自分にできることを貫いた。だが、早大は手強かった。
1回戦は4球団競合の末、東北楽天に入団した早川隆久(4年、木更津総合)を打ち崩せずに敗北。2回戦では9回2死から劇的な逆転本塁打を浴びて力尽きた。何よりも望んだチームの勝利をつかむことはかなわなかった嶋田だったが、1回戦、2回戦ともに代打で出場し、エースの早川から安打を放った。
開幕前に「速いボールへの対応、ツーストライクからの見極めをテーマとして取り組んでいる」と語った男は、いずれも2ストライクと追い込まれてからしぶとく打って見せたのだ。チームのために身を捧げながらも、決して腐ることなく陰で努力を続けた男の執念のようなものを感じる安打だった。
神宮で見せた泥臭さを忘れることはない
あと一歩のところで優勝を逃し、大勢の選手が泣き崩れる中、嶋田はどこかやり切ったような清々しい表情を浮かべていた。この早慶戦を最後にバットを置くことを決めていたからだ。
新たなステージで自慢の怪力が発揮されるかは定かではないが、持ち前の明るい性格と実直な人柄、そして大きな声を武器に会社の中軸を担っていくに違いない。いつもユニフォームのどこかに泥をつけていた嶋田翔。たとえシワひとつないスーツを身に纏(まと)ったとしても、神宮で見せた泥臭さを忘れることはないだろう。