フィギュアスケート

「高橋大輔さんの人間性も好き」早稲田大学・岩野桃亜がアイスダンサーとして歩む道

韓国を拠点にアイスダンサーとしての道を模索する(すべて撮影・浅野有美)

早稲田大学2年の岩野桃亜(もあ、ルネサンス大阪)は可能性を秘めたアイスダンサーだ。今年2月のアイスショー「WASEDA ON ICE」で久しぶりに演技を披露した。先日現役引退を発表したアイスダンスの高橋大輔(関大KFSC)に憧れ、同じ道を選んだ。練習環境が整わない中、韓国を拠点に今後の競技活動を模索している。

世界的な振付師に見初められた才能

岩野は韓国人の父親と日本人の母親の間に生まれた。3歳の時、韓国で立ち寄ったレストランの前にリンクがあったことがきっかけでスケートを開始。7歳の時に母親の地元である神戸市に移り住み、世界女王・坂本花織(シスメックス)を指導する中野園子コーチらのもとで練習に打ち込んだ。優れた表現力を持ち味に2014年全日本ノービス選手権カテゴリーBを制し、国際大会でも表彰台に乗った。

12歳の時に関西大学たかつきアイスアリーナに拠点を移し、高橋大輔の恩師、長光歌子コーチに師事した。

岩野の類いまれな表現の才能は、世界的な振付師、ブノワ・リショーさんの目にも留まった。関大のリンクで滑っていると、高橋大輔の振り付けの手直しに来ていたリショーさんから「振り付けをさせてほしい」と声をかけられ、2019~2020年シーズンのショートプログラム、フリーの両方を制作してもらった。演技力を磨く一方で、ジャンプの技術は伸び悩んだ。シングルで戦うことに限界を感じ、大学進学を前にアイスダンスへの挑戦を考え始めた。

「もともとアイスダンスが好きでした。高橋大輔さんがアイスダンスに転向されるというニュースを聞いて。シングルがうまくいかなくてアイスダンスにいくというのがあまりポジティブなイメージではなかったと思うんです。でも、大輔さんが新しい道を作ってくださったおかげで、自分もアイスダンスに挑戦してもいいかもという思いが出てきました。長光先生に相談して、やってみることになりました」

中学時代の岩野。この頃から演技力で観客を引きつけていた

アイスダンス挑戦も厳しい現実

2021年7月、フランス・リヨンに渡り、元アイスダンス選手、平井絵己(えみ)さんのもとでサマーキャンプに参加。そこでアイスダンスの基礎を学んだ。「体重の移動の仕方やディープエッジなど、別のスケートを教えていただいているようで、スケートに対する視野も広がりました」

練習をしながらパートナーを探していたが、コロナ禍の影響でビザや費用面で続かず、1カ月ほどで日本に帰国した。その後は練習拠点が見つからないまま、時間が過ぎていった。

アイスダンスができれば活動拠点もパートナーの国籍も問わない。だが現実はかなり厳しい。「パートナーを探すサイトにも登録しているんですが、トライアウトしたい場合、女性が男性のもとに行かないといけなくて。費用面も女性が持つんです。必ず結成できるわけでもないですし、レッスンも海外ベースになることがほとんどです。環境が整わないとスタート地点に立つことさえ難しいなというのをすごい感じました」

練習拠点が海外になる可能性も考え、2022年4月、早稲田大学人間科学部eスクールに入学。「スケートの居場所」を求めてルーツがある韓国に渡った。トライアウトに参加したり、夏から秋にかけては振り付けやレッスンを手伝ったりしたが、パートナーや練習環境には恵まれず、しばらくスケートから離れた。

今年2月末にあった「WASEDA ON ICE」に出演した

自分と向き合う時間が増え、絵を描いたり、音楽を聴いたり、自分の好きなことに取り組んだ。アイスショーの動画やアーティストのミュージックビデオ、広告映像もたくさん見た。

2021年に高橋大輔さん主演のアイスショー「LUXE」を会場で見たのがきっかけで裏方の仕事にも興味を持つようになり、アーティストのコンサートに行くようになった。「アイスショーと歌手のコンサートには共通点が多いと思います。音響や照明、カメラのアングルなど、裏方のスタッフのおかげもあり、チームみんなで作品を作り上げているんだと感じました」

藤井風さんの「風よ」に込めた思い

今年2月、「WASEDA ON ICE」の出演があり、約3カ月ぶり久しぶりにリンクに立った。自分で振り付けをして作り上げた。「曲全体を通して滑ってなくて。ぶっつけ本番でした」と笑う。

選んだ曲はシンガー・ソングライター藤井風さんの「風よ」。コンサートに行くほどの大ファンで、藤井風さんの人間性が好きだという。「高橋大輔さんもそうなんですけど、この作品が作られたのは、どういう生き様があり、どういう人生のモットーがあり、どう歩んだらこの作品ができるんだろうというところから作品を見る傾向があるんです。藤井風さんが精神的に大事にしている部分、見えないところを大事にするなど、共感するところが多いです」と語る。

「風よ」の歌詞は、居場所を求めてさまよう、今の自分の心境と重なった。「スケートと離れたことで自分と向き合うことが増えて、今後生きていく上で自分が大切にしていきたい信念を考えるようになりました。未来にフォーカスしてしまいがちですが、今に身を委ねて流れに身を任せるという内容が歌詞の中に出てきます。自分にも、観客にもそう感じてほしいと思い、今の自分しか滑れないと思って選びました」

「風よ」の音楽に乗せ、歌詞の世界観を表現した

岩野は滑り始めると一気に作品の世界観に入り込む。切ない表情や繊細な仕草でプログラムを演じ切った。その感情表現にに引き込まれた観客もいただろう。たとえスケートから離れていたとしても、生まれ持った表現の才能は健在だった。

高橋大輔さんにしかできない世界観

高橋大輔にはずっと憧れている。

「大輔さんの人間性がすごく好きなんです。リンクの中に入ったらすごい表現者になるんですが、リンクの外に出たら気さくで、みんなに気遣いができて平等に接してくれます。大輔さんが現役復帰した時に一緒に練習させていただいたことがありました。一番つらい時こそ、ちょっとしたところに人間性が出ると思うのですが、その時の大輔さんの姿を見て、みんなに愛されている理由がわかりました」

その高橋は5月1日に現役引退を発表し、新しい道を歩み始めた。

岩野は「大輔さんのスケートは競技会でのスケートだけにとどまらず、舞台演出やエンターテイメントの面でリンクの上にいろんな鮮やかな色を色付けしている感じがして、大ちゃんにしかできない世界観、スケートが大好きです。これからまたどんな世界を見せていただけるかとっても楽しみです」と話す。

感性を表現できる人になりたいと語る

高橋の存在は間違いなく、新たなアイスダンサーの誕生につながっている。だが、岩野のように、才能や意欲があっても環境が整わず苦労している選手も多い。

「自分の方向性をどうしたらいいのか。もがいて探しています」と岩野。それでも、「今は感性を磨く時期」と前を向く。「スケートだけではなく、常に自分の感性を表現できる人になりたいです」と力強く言い切った。

岩野桃亜は可能性を秘めている。彼女の感性が世界で輝く日が来てほしい。そう願っている。

【動画】早稲田大学のアイスショー、有観客で開催 高浪歩未ら引退の4人が感謝の演技

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