関学QB奥野耕世が迎えたラストイヤー「目立たず、安定したプレーで勝たせたい」
学生アメフト界の名門関西学院大ファイターズにあって、奥野耕世(3年、関西学院)は2回生からエースQB(クオーターバック)となり、過去2シーズンともチームを学生日本一へ導いてきた。2回生のときは試合でも伸び伸びやっていたが、昨秋のシーズンは試合前夜に眠れないこともあった。奥野の歩みを振り返り、ラストイヤーへの思いを聞いた。
「2回生のときは浮き沈みのあるQBだった」
奥野がほかのQBより優れているのが、プレーが崩れてからのパスだ。襲いかかってくる相手をかわしながら、フリーになっているWR(ワイドレシーバー)を探してパスを通せる。そのプレースタイルが光ったのが、2回生のシーズン終盤だった。ただ、立命との西日本代表決定戦で痛い目に遭った。立命ディフェンスの速く鋭いラッシュを受けると、無理に決めにいって3本のパスインターセプトを食らった。うち一つはインターセプトリターンタッチダウン(TD)になってしまった。「2年のときの自分は、浮き沈みがあったQBだったと思います」と奥野。
3回生になり、春はけがもあって2試合、それも序盤だけの出場となった。試合に出ていないときの奥野はサイドラインでヘッドセットをつけ、オフェンスのプレーコールを出した。プレーを考えるとなると、フィールド全体を見渡し、さまざまな状況を頭に入れて、勝負に出ていい場面か我慢すべき場面かを見極めないといけない。この作業を繰り返すことで、広い視野で判断できるようになった。
自分のよさを失った昨シーズン
頭の面だけでなく、昨年はフィジカルの面でも変化があった。「2年のときはシーズン終盤にガリガリになってしまったんで」と、体重は8〜9kg増やした。食べて食べて下半身を鍛え、シーズン終盤まで体重をキープできるような体づくりに励んだ。「体重が増えたら、走りのキレと足の速さが落ちてしまいました。2年のときのビデオを見返したら、『速いな〜』って思うほどです。でも、体重が増えた分、パスのコントロールはよくなりましたね」と話す。
大きく変わったのが「無理投げ」をしないという意識を強く持つようになったことだ。「無理に投げないのを意識しすぎて、(スペースが)空いてるのにスクランブルできなかったり、走って投げたときの精度が落ちたなと思います。自分のよさを失ってしまった」。昨シーズンはそのジレンマに苦しみ、吐き気を催して眠れない夜もあった。
短いパスなら、ほぼ振りかぶらない
確かに2回生のころに比べて持ち味はあまり発揮できなかったが、速いタイミングで投げるパスが光った。奥野はパスのリリースポイントが低く、誰よりもすばやく投げられる。一般的にQBはボールを頭の少し上ぐらいまで振りかぶってから投げるが、奥野は振りかぶる動作が極めて小さい。
もちろんロングパスのときは大きく振りかぶるが、短いパスなら、奥野はほぼ振りかぶらなくても強いボールが投げられる。ここ一番の場面で、何度もポイッと投げて決めてきた。関学の大村和輝新監督は「奥野の下半身に注目してほしいですね」と話す。「股関節がしっかりしてるから、足を踏み込んで投げる動作を自然とやってる。(Xリーグのオービック)シーガルズで活躍した菅原(俊、法政大)に似てる。菅原より上です」
吹っ切れて、甲子園で躍動
はた目には2回生のときより低調に見えた昨シーズンだが、奥野自身はマイナスにはとらえていない。QBとしてステップアップするための1年だったと考えている。早稲田との甲子園ボウルでは、理想に近いプレーができたという。試合前夜、当時の鳥内秀晃監督と電話で話した。鳥内監督は「お前らしいプレーができてない。もっと走って逃げて投げたらええ。自由にやれ」。この言葉もあって気持ちが吹っ切れ、エースWR阿部拓朗(4年、池田)へ10本のパスを通した。パスからランに切り替えるときの思いきりのよさも戻ってきた。38-28で勝ち、奥野は言った。「めっちゃ楽しかった。僕らのオフェンスで、こんなに点とったことないですもん」。奥野らしいやんちゃな笑顔が広がっていた。
「2回生のときと3回生のときプレーをうまく混ぜたら、よくなると思ってます。自分が目立つときは、(チームが)しんどいとき。自分が目立つことなく、安定したプレーでチームを勝たせるようなQBになりたいと思います」と奥野。QBとしての理想型に近づきつつあるが、まだ道半ばだ。
小学校1年生からQBひとすじ。奥野耕世ならラストシーズンにどんな荒波がこようと、これまでの経験をすべてつぎ込んで、乗り越えていくだろう。