大学野球

12年ぶりに甲子園球児が東大野球部へ 静岡高出身の梅林浩大「宇宙に関わる仕事を」

静高に入学当初は、劣等感があったという(すべて撮影・栗山司)

静岡県立静岡高校の野球部は甲子園に夏25回、春17回の出場を誇る。この春、2018年の選抜大会でベンチ入りした梅林浩大が、1年間の浪人生活の末、東京大学理科一類に合格した。野球部に入る予定で、08年に入部した中村信博さん(高松高出身/現NHKアナウンサー)以来、12年ぶりの甲子園球児の入部となる。

中1で宇宙に興味、軟式野球部と野球教室を掛け持ち

梅林が野球を始めたのは小学1年生のとき。テレビアニメの『メジャー』を見たのがきっかけだった。中学時代は軟式野球部に所属。力強いスイングの4番打者として活躍し、春の静岡県選抜大会ではベスト16入りした。 

一方で野球教室の「ケイスポーツベースボールアカデミー」にも通っていた。指導した中村好志さん(54)によると、当時から明確な目標を持っていたという。

「あの子は『宇宙関係の仕事がしたい』って言うんです。そのために、どういう道に進んだらいいのかを考えてました」 

宇宙の世界に興味を持ち始めたのは中学1年生のころだった。図書館で見つけた宇宙関係の本に引き込まれていった。「本を読んでると、宇宙には限界があることを知りました。じゃあ、その境界線の外は果たしてどうなっているのか。そんなことを知りたくなって、次から次へと宇宙関係の本を読み漁ってました」 

静高の栗林監督から「東大を目指してみないか?」

そして県内屈指の進学校で、野球の名門でもある静岡高へ。同校には「学校裁量枠」という静岡県独自のシステムを経て、毎年10人前後の有望選手が県内各地から集結する。一方で、難関の一般入試を経て、野球部の門を叩く選手もいる。梅林の場合は後者だ。「勉強のレベルが高いですし、何より野球のレベルがものすごく高いので、最初は劣等感を感じました。『やっていけるのか?』っていう不安があって、精神的につらい時期もありました」 

ターニングポイントとなったのは、入学から半年が過ぎた1年生の秋だった。栗林俊輔監督から「東大を目指してみないか?」と言われた。 

そのころの梅林は、ことあるごとに自分の中で野球における自分の限界を決めてしまっていた。 

高校時代はファーストの控えだった

「周りの野球のレベルが高い中で、『頑張ってもこれくらいだろう』っていう考えが自分の中に自然とできてしまってました。そこを栗林先生が見抜いて、声をかけてくださったんだと思います」

梅林が「東大でプレーする」という目標にスタートを切った瞬間だった。 

高2の明治神宮大会で打席に 

2年生の秋からベンチに入った。地区大会では代打として登場し、三塁打を放つ。その後、チームは東海大会で優勝。明治神宮大会の準決勝、明徳義塾(高知)戦でも打席に立った。市川悠太(現ヤクルト)と対戦して三振したが、「こういうピッチャーを打たなければいけない」と、さらに練習に熱が入るようになった。 

その明治神宮大会では一つの出会いもあった。当時、東大野球部の監督を務めていた浜田一志さんから「東大を目指して頑張ってみないか?」と、声をかけられた。

「浜田さんの言葉を聞いて、行きたいという思いが強くなりました。東大はJAXA(宇宙航空研究開発機構)と一緒に研究している点で魅力がありましたし、単純に日本で一番だからということもあって。それに、僕が東大に進むことで、野球も勉強も頑張っている人に対して、いい刺激になればいいなと思いました」 

授業に最大限集中、遠征のバスでも勉強 

勉強と野球で、ともに大事にしたのは集中力だった。 

チームの全体練習が午後8時に終わると、約2時間の自主練習で必死にバットを振った。その後、下宿に戻り、1130分から1時間ほど机に向かった。当時を振り返り、本人は「野球8割、勉強2割」の生活だったと話す。勉強時間が取れない中、大切にしたのは日々の授業だった。 

「授業中に先生の話を集中してしっかりと聞いて、授業内での理解を深めようと思ってました。できる最大限のことはやったつもりです」 

練習試合で遠征するときは、バスの中で単語帳を繰った。空き時間も有効に使った。 

一方、野球で取り組んだのは打席で集中力を養うことだった。代打で出ることが多かった梅林は、1球でとらえる練習に取り組んだ。日々のバッティング練習も1球目にこだわった。 

代打での一発にかけていた

3年生の春の選抜大会は、背番号13で甲子園の土を踏んだ。三塁コーチャーを務め、初戦突破に貢献した。 

夏の静岡大会での出番は4回戦だった。2点ビハインドで迎えた9回裏。2死一塁の場面で代打。セカンドゴロに倒れた。文武両道を貫いた梅林の高校野球が、終わった。 

高3の夏、東大野球部の夏季講習に参加

悔しさが残る中、気持ちを切り替えて次のステップへ。8月には東大野球部が主催する夏期講習に参加した。「初めて東大生と接して、かっこいいし、優しい。すごいあこがれを持って、よりいっそう東大に行きたいという思いが強くなりました」 

現役での合格はかなわなかったが、あきらめることなく、浪人中は1日10時間以上机に向かった。「浪人の1年間は順調に伸びてはいきましたけど、本番は緊張したのもあって、少し不安がありました」。そして運命の3月10日、ネット上で合格を確認。ホッとした。 

すぐに報告を受けたという前出の中村さんは、梅林の努力に敬意を表する。「努力は無限大だということを、身をもって証明してくれた子です。それに(すばらしいのは)あの子の人間性ですよ」。2年生の春の甲子園でベンチ入りできなかった際、梅林は中村氏に一通の手紙を送っている。「今回はベンチ入りできず、すみません。勉強も野球ももっと頑張ります」という内容だった。中村さんは感心した。「なんて律儀な子なんだ、と。彼を見てると応援したくなるんです」 

東大理一に合格して大喜びするより、ホッとした

参考にしているのは柳田悠岐の強いスイング

319日には初めて東大野球部の練習を見学した。いまは体力を戻すことを最優先に、入部の準備を整えている。当面の目標は春のフレッシュリーグに出場すること。そこからベンチ入り、レギュラーを狙っていく。「宇宙関係の仕事に就きたいという夢がありますので、勉強を頑張りながら、チームに貢献したいです」 

持ち味は豪快なスイングから放つ長打。同じ左バッターの柳田悠岐(現ソフトバンク)を参考に、バットを強く振れる選手を目指す。 

2017年の秋から連敗が続いている東大だが、今年は梅林以外にも甲子園球児がやってくる。17年夏の甲子園でベンチ入りした別府洸太朗(福岡・東筑)。2年間の浪人生活を経て合格した。 

甲子園を経験した二人が中心となり、「令和の赤門旋風」を巻き起こせるか。

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