野球

特集:2020年 大学球界のドラフト候補たち

秋田からやってきてすぐ大活躍、けがを経て生まれ変わった 慶應義塾大・佐藤宏樹

佐藤の直球の回転数は、慶應投手陣の中でトップクラス(すべて撮影・武山智史)

新型コロナウイルスの感染拡大で、大学野球の春のリーグ戦は全国的に開幕が遅れています。晴れ舞台を待ちわびる選手たちの中から、この秋のドラフト候補を紹介します。「僕のよさは腕の振りとまっすぐ。この二つが兼ね備わってこそ変化球が生きてきます」。慶應義塾大の佐藤宏樹(秋田・大館鳳鳴)は、左ピッチャーとしての自分をこう表現します。

 1年生の秋に最優秀防御率のタイトル

慶應の野球部が導入しているボールの回転数や変化量を測定する機器「ラブソード」で測ると、佐藤のストレートの回転数は慶應投手陣トップクラスの2600~2700回転(慶應での平均は23002400回転)。ボールのホップ成分が高く、伸びるストレートが武器だ。 

けがをして、どんどん野球が楽しくなくなっていった

秋田県立大館鳳鳴高時代は甲子園には縁がなかったが、慶應では1年生の春からベンチ入り。リリーフでリーグ戦5試合に投げた。1年生の秋の途中からは先発を任されて3勝。防御率1.03で最優秀防御率のタイトルをとり、一躍脚光を浴びる存在となった。「不安な気持ちは一切なく、投げてて楽しかったですね。いま思うと根拠のない自信がありました。気づいたらそうなってた感じです」と佐藤は当時を振り返る。 

痛みのあった左ひじが2年生で悪化

このまま順調にいくかと思われた2年生のとき、アクシデントが佐藤を襲う。1年生の秋ごろから痛みがあった左ひじの状態が悪化し、春のリーグ戦後には注射を用いたPRP療法を試した。その後のリハビリで復帰を目指したが、「投げてないことが当たり前になってしまった」と、その当時の心境を語る。 

「ただ漠然とリハビリをしてました。みんながリーグ戦で活躍してる中、自分がどんどん遠ざかっていくような感じです。『どんな感じで投げてたんだっけ?』と思うようになって、野球がどんどん楽しくなくなっていきましたね」

3年生でリーグ戦復帰、試行錯誤の末に光

「1年生のときのように投げたい」。そう心で思っていても、体がついていかない。次第に悪循環に陥ってしまっていた。「投げ方を忘れてしまい、大学生活でもっとも悩まされた時期でしたね」。振り返る佐藤の表情が曇った。ようやく3年生の春に再びリーグ戦で登板。最速151kmをマークしたが、自分のイメージとは程遠いものだった。 

「まったく感覚は戻らないし、体も前とは違う。どうしたらいいのか分からない状態でした。確かに球速は出てましたけど、球の質が1年生のときとは違うんですよね。それ以前は140km前半でもバッターが振り遅れたり手が出なかったりしましたけど、あのころは150kmを出しても初球から当てられたり、引っ張られたりしてました。回転数やホップ成分の数値が下がってるんだと感じました」

思い切って、1年生のころのフォームを捨てた

投球フォームを変えても、また分からなくなってしまう。試行錯誤が続く中、出した答えは「さらに進化するために、1年生の秋のフォームを捨てる」というものだった。フォームを一から作り直し、日々のトレーニングに励んだ。そうすると、徐々に形が見え、光が差し込み始めた。「セットに入ったとき、グラブを体に近づけリラックスする。そして体の近くで投げる意識ですね」と、新しい取り組みの意図を説明する。 

アメリカで受けた刺激、新たな変化球を習得

今年2月のアメリカキャンプも、佐藤にとって大きな刺激となった。「キャンプを通して理想のフォームに近づいてる感じがしました。日本よりもワンランク上のバッターと対戦できたことは、人生の中で大きな財産になりましたね」 

アメリカではキャッチボールの重要性に気づかされた。佐藤が続ける。「向こうではキャッチボールも『トレーニングプログラム』の一つなんですよね。メジャーの一流のピッチャーでも、キャッチボールを『投げるトレーニング』と意識して取り組みます。たとえば平地でも相手を座らせて、短い距離のピッチングをする。ただの肩慣らしではなく、うまくなるためのスキルとなっているのは『なるほどなぁ』と思いました」 

ピッチャーとしての引き出しが増え、自信になった

自慢のストレートを生かすため、新たな変化球のマスターにも取り組んだ。もともと佐藤の持ち球は縦と横の2種類のスライダーだった。そこにカットボールとチェンジアップを加えた。ストレートの調子がよくないときは、変化球主体で試合を組み立てられるようになり、ピッチャーとしての引き出しが増えた。315日の富士大とのオープン戦に先発すると、カットボールを効果的に使い、4回7奪三振で無失点と好投。自信を深めた。 

仲間と切磋琢磨、真の復活果たせるか

佐藤の同期には木澤尚文(慶應義塾)、関根智輝(城東)、長谷部銀次(中京大中京)と好投手がそろう。慶應は投手陣全体で切磋琢磨(せっさたくま)できているのも大きな強みだ。「周りのピッチャーの姿を見て『これは参考になる』と思ったら積極的に取り入れたり、聞いたりしてますね。それがレベルアップの秘訣(ひけつ)じゃないかなと思います。お互いをリスペクトして、自分のよさを引き出すために仲間を利用する。その点はほかの大学にはない雰囲気です」 

昨秋のドラフト会議を経て、慶應から4人がプロに進んだ。「ドラフトに対してあこがれもありますし、絶対プロに行きたいと思うようになりました」と佐藤。そして「プロに入るだけでなく、長く現役を続けるのが大事」と、その先も見すえている。 

慶應にはこの春、秋春連覇の期待がかかる。「どの役割を担うかまだ分かりませんが……」と前置きしながら、「防御率2点以内、そしてけがなくシーズンを投げ切る」との目標を口にした。神宮のマウンドで躍動し、1年生の秋よりグッと進化した姿を見せつけたい。

プロに入るだけでなく、長く現役を続けたい

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