新田谷凜、ラストシーズンの葛藤 全日本選手権へ「試合を楽しんで滑り切りたい」
2017年ユニバーシアード銀メダリストで中京大学卒の新田谷(にたや)凜(24、愛知みずほ大瑞穂)は今季で引退する。2020年3月に大学卒業後も現役を続け、中京大学を拠点に練習に励んだ。ラストシーズンをどう過ごしてきたのか、最後の大舞台である全日本選手権への思いを聞いた。(※競技引退に伴いギフティング受付を終了しました)
就活で気づいた自分の強み
競技引退の決断は昨季の終わりごろだった。「気持ちや体力的な問題、その後の人生を考えて決めました」。支えてくれる家族も新田谷の思いを尊重してくれた。ラストシーズンに向けた準備が始まり、就職活動も再開した。
夏までは企業説明会に行ったり、面接を受けたり、忙しい日々を送った。就職活動を通して自分自身を見つめ直すことができた。
「自分の性格や競技にどう打ち込んできたかを説明して、エントリーシートに書いたり、面接で話したりするうちに、フィギュアスケートを10年以上続けてきたことが社会人になって強みになるとわかりました」
自身が見つけた強みをこう説明する。「一番は練習をコツコツ続けていくこと。そして自分を客観視できることです。練習中やトレーニング中も常に頭を回転させて考えていて、こういう気持ちで練習しているとか、何でこういう練習をしているのか、言葉で説明できます。面接のときに『言葉にする力がある』と初めて言ってもらえて自分の強みだと気づきました」
9月末の中部選手権前に保険会社から内定を得て、来春から営業職で働くことが決まった。
西日本で沈んだ気持ち
就職活動を終え、本格的なシーズンに入った。だが調子が上がらない。全日本選手権進出がかかる11月の西日本選手権ショートプログラム(SP)でまさかの11位に沈んだ。
「自分はここが限界だったのかな」。涙がこぼれた。
いま振り返れば、中部選手権前にエッジ(刃)が割れてしまい、取り換えた靴が合わなかったのが原因だった。だが当時は自分自身に原因があると考えてしまい、苦しんだ。
「中部選手権くらいからガクンと落ちてしまって、下がりきっているところに西日本がきてしまった。そこから戻せる自信がなくなっていました」
落ち込んでいると、一番上の兄が声をかけてくれた。「『凜は十分難しいこともやってきたし、ジャンプもすごい上手だと、みんなわかっていると思うから変に攻めたりしなくても大丈夫だよ』と言ってくれました」。家族の言葉に救われ、フリーで巻き返し総合9位で全日本選手権の切符をつかんだ。
攻めかノーミスか、葛藤
アスリートにとって「ラストシーズン」は特別だ。だからこそ心のコントロールが難しい。「ラストシーズンなので楽しく終わりたいという気持ちと、大学4年生のときよりよくして引退したいという気持ちがあり、難しい部分がありました」と明かす。
大学4年は一度引退を決めて臨んだシーズンだった。純粋にスケートを楽しむ気持ちがいい演技につながり、全日本選手権で自身過去最高の総合7位に入り結果もついてきた。だからこそ、それ以上の結果を求めてしまった。
演技構成ではSPの後半に連続3回転ジャンプを組み込み、昨季より難易度を上げた。だが、もしミスをすれば満足いく演技で終えられないかもしれない。最後まで攻め切るか、ノーミスで演技をまとめるか、葛藤した。
本郷理華さんから「経験を自信に」
今月、愛知県で行われた大会でジャンプを失敗し点数を大きく落とした。その直後、2015、16年四大陸選手権の銅メダリストで今年引退したばかりの本郷理華さん(中京大学卒)と久しぶりに連絡をとった。
「ラストシーズンを一度経験しているから、それ以上のことをやらなきゃとか、もしそれが無意識のうちにプレッシャーになっているとしたら、前よりはいい演技をしなきゃというよりは、前にいい演技ができたから大丈夫と思って経験を自信に変えてほしいと、理華がLINEで送ってくれました」。本郷さんは邦和スポーツランド、そして中京大学で切磋琢磨(せっさたくま)してきた仲間だ。大学卒業後も現役を続け、残された競技人生の中で葛藤を経験した先輩でもある。その彼女からのエールが新田谷の心に響いた。
「自分が満足して、スケートをやってきてよかったと思って引退することが自分にとっても、いままで応援してくれた方にとっても一番いいことなのではないかと、いまは気持ちを切り替えられています。攻めきりたい気持ちは心のどこかに置いておきながら、まずはミスをしないことを優先的に考えています。試合を楽しんで最後まで滑りきれたらと思います」
全日本選手権は23日、さいたまスーパーアリーナで開幕する。最後の大舞台に向けて「会場では今までで一番たくさんのお客さんに見てもらえるので、そのチャンスを力に変えていい演技をしたいです」と意気込みを語った。
引退後は後輩たちの力に
引退後はスケート指導やアイスショー出演は考えておらず、フィギュアスケートファンとして「見る専」で楽しみたいという。
そして一緒に練習してきた後輩たちを、「相談役」になって支えたいという。「中京大で頑張っている後輩たちがスケートをやっていてよかったな、と思って引退してほしいという気持ちがあります。もしいまジャンプを跳べなくなっていたり、気持ちが上がっていなかったりしても、選手みんなが経験することだと思います。私のスケート人生も波があって、けがも経験しました。だから私ができることはしてあげたいです。話すだけでも違うと思うので話を聞いてあげたいと思っています」
満足して競技人生を終えるために。そして支えてくれた家族や応援してくれたファンへ恩返しをするために。新田谷はラストステージで全ての力を出し切る。