フィギュアスケート

社会人スケーター大庭雅の示す道「私は競技が好き、同じような選手には続けてほしい」

フリーで「タイタニック」を披露する大庭雅(すべて撮影・浅野有美)

大学卒業後、どのように競技を続ければいいのか。10代でピークを迎える選手も多いフィギュアスケート界において一つの選択肢を示してくれている選手が、社会人スケーターの大庭雅(おおば・みやび、26)だ。2018年春から東海東京フィナンシャル・ホールディングスの社員として競技を続けている。その道を選んだ理由、練習の苦労や今季の目標を語った。

東海東京FH所属で競技継続

大庭は愛知県瀬戸市出身、中京大中京高校から中京大学スポーツ科学部に進学した。全日本選手権は9回出場、2011 年世界ジュニア選手権 8 位など多くの国際大会を経験した。卒業後の2018年4月、東海東京証券とスポンサー契約を結び、親会社の東海東京フィナンシャル・ホールディングスの社員として採用され、競技を続ける。

実は大学卒業と同時に引退すると決めていた。「大学2年から就職活動をしていました。秘書検定の資格をとったり、SPI対策をしたり。大学3年の夏にはインターンシップにも参加していました」

だが、大庭が選んだのは社会人スケーターの道だった。ターニングポイントは大学3年で出場した全日本選手権。ショートプログラム(SP)とフリーをミスのない演技で滑り切り、総合13位に入った。大会後、ふつふつと大好きなスケートへの思いが込み上げきた。

「まだやりたい、まだできるかも」

最初は気持ちが揺れた。「競技を続けるか続けないかで悩んで、続けると決めてからは、フリーになるのか大学院に行くのか、どうやって続けるかを悩みました」。競技に理解があり、サポートをしてくれる会社を探した。そこで今の会社と出合った。「もともと人脈が広く、いろんな方に相談していて、人のご縁がつながり、決まったのかなと思います」と当時を振り返る。

先輩スケーターの言葉が励みに

社会人スケーターの先輩に、関西大学を卒業し銀行員として勤めながら競技を続けた山田耕新(こうしん)さん(2021年3月引退)がいる。大庭も山田さんに卒業後の進路を相談していた。

「耕新くんは仕事が終わってから練習していて、私よりずっと大変で生活をしていたと思います。初めて社会人スケーターになると決めたときはすごく喜んでくれて、『仲間ができた、2人で頑張ろうね』と言ってくれました。私が耕新くんに教えてもらったから、それを私がみんなに伝えなきゃというのは感じました」とモチベーションが上がった。ファンの応援も力になっている。

げんさんサマーカップ女子SPの演技。振り付けは自ら手がけた

「続けたいなら続けた方がいいよ」

社内イベントの活動報告で出社はすることがあるが、それ以外は競技優先。母校の中京大学の協力もあり、大学構内のリンクを利用できる。「すごくいい環境でスケートには向き合えている」と感謝する。

社員として仕事のことも意識している。「勉強するのは嫌いではない」と言い、新型コロナウイルス感染拡大による活動自粛中は仕事で使えるように証券外務員1種の勉強を開始、見事一発で合格した。「大学時代はスポーツを専攻していたので、一から金融の勉強を始めました。毎日10時間くらい、朝起きて勉強、ご飯を食べて勉強。練習の製氷の間や電車の移動時間に問題集を見ていました」

女子で社会人選手という境地を切り開き、大学の後輩からも相談があるという。「どうやって会社を決めたのとか、続けて苦しいことはあるのかとか。やめるか悩んでいる選手には、続けたいなら続けた方がいいよ、そのために行動はしていかないといけないよ、と言っています。私は競技が好きなので、同じような選手にはやっぱり続けてほしいと思っています」と温かいまなざしを向ける。

大庭は自身のキャリアを冷静に分析し、行動する力がある。自分がどのようにスケートを続けたいのか。そのために何が足りなくて、どんな準備をすればいいのか。自身の経験を踏まえ、競技の成績だけではなく、大学の勉強をおろそかにしないように後輩たちにアドバイスする。

お姉さんスケーターの悩み

20代になってから体力面、技術面を維持するのは簡単なことではない。サポートしてもらっている分、結果を出す責任も伴う。

大学のリンクでは10歳下の選手と練習することもある。トップクラスの選手もおり、難しいジャンプを次々と跳んでいる。大庭が気をつけているのは自分に合った練習計画を立てることだ。

10代の選手と同じように練習すればけがにつながる。体力を考慮し、質を重視した練習メニューを組む。スクワットや筋肉トレーニングといった陸上トレーニングも欠かさない。「もし今季の練習量でできても、来季はさらに増やさないと技術を維持できません。試合もベテランだから調整できると言われますが、毎試合課題が見つかります。ウォーミングアップも昔は体力を温存して試合に出ていましたが、今それをすると試合で体が動きません。方法を年々変えていかないといけません」

スケートが大好き。その気持ちはずっと変わらない

自身が振り付けたプログラム

今季のSPは「センド・イン・ザ・クラウンズ(Send in the Clowns)」。初めて振り付けに挑戦した。オリンピック2大会連続メダリストのキム・ヨナさんが使っていた曲だ。「自分が幸せにスケートを滑っている姿を見てほしいです。物語の内容は思いが相手に伝わり切らないというシーンで、それを自分のスケートにかけて、自分の届きそうで届かない切なさ、それでもスケートが好きな自分と重ねて演技しています」

振り付けではオリジナリティを出すのが難しかったという。「ほかの人の演技を見て、動き方を研究しました。ですが、自分がその選手のまねをしても合わない。自分がきれいにみえるなという動かし方を勉強しました」と明かす。

その努力はカメラのシャッターを切った瞬間に感じ取れる。手先や目線、表情から、この曲にどんな感情をのせるか、自分なりにどう表現するか、繰り返し思考した形跡が伝わってくる。

全日本、今季が最後のチャンスかも

フリーは今季で3年目となる「タイタニック」。安藤美姫さんの振り付けだ。継続させた理由は「どうしても全日本で滑りたい」という強い思いから。1年目はフリーに進出できず、2年目は全日本選手権出場を逃し、一番大きな舞台ではまだ披露できていない。

社員やファンからの応援が力になっている

「競技を続けることはできるかもしれないが、今のように100%競技に集中して全日本のトップ30を目指すのは今季が最後のチャンスと思っています」

全日本選手権の予選となる中部選手権、西日本選手権はトップ選手がひしめく。若手選手との技術面や体力面の差、表現力だけで勝ち進めるほど簡単な道のりでない現実もよくわかっている。

その中であってもスケートに誠実に向き合ってきた大庭の演技は見ている人の心を動かす。大好きなスケートを続けるために常に考え、行動してきた。「練習が好き」というのも才能だ。試合で見つけた課題を克服するための練習をする。試合でパフォーマンスできるのも日々の練習の積み重ねがあってこそだ。さらに今季は振り付けにも挑戦し、自分なりの表現を追求している。

もし彼女の演技に触れるチャンスがあれば、彼女のスケート人生とリンクさせて見てほしい。きっとファンになるはずだから。

【動画】社会人スケーター大庭雅 10回目の全日本選手権へ「今年は絶対出場したい」

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