フィギュアスケート

連載:4years.のつづき

変身するには準備が必要、セカンドキャリアで研究者に フィギュアスケート・町田樹6

セカンドキャリアについて語ってくれた

連載「4years.のつづき」から、関西大学卒業、早稲田大学大学院スポーツ科学研究科修了、博士号を取得した町田樹さん(30)です。2014年ソチオリンピック男子フィギュアスケート5位に入賞。現役引退後は、大学院生のかたわらアイスショーにも出演しました。2018年にプロも引退し、研究に専念。10月からは國學院大學の助教に就任します。全6回にわたる連載の最終回は、セカンドキャリアの築き方と大学生へのメッセージです。

総合芸術の理想を求め、創作に捧げた早稲田大大学院時代 フィギュアスケート・町田樹5

フィギュアスケーターから研究者へ

2018年10月にプロのフィギュアスケーターを引退してからは「アーティスティックスポーツ(AS)」の研究に明け暮れた。アーティスティックスポーツをめぐる様々な事象を多角的な観点から徹底的に探求し、その成果を論文や講義でアウトプットする。町田さんにとっては研究もクリエイティブな活動のひとつだった。

「並大抵な努力ではできない」という博士論文を書き上げ、今年3月、早稲田大学大学院スポーツ科学研究科を修了した。研究を通してスポーツとアートの両方が交わるアーティスティックスポーツの魅力に改めて気づいたという。大学院時代の5年間の成果は、今月刊行した『アーティスティックスポーツ研究序説――フィギュアスケートを基軸とした創造と享受の文化論』(白水社)にまとめた。

次のキャリアに移行するために

ファーストキャリアとしてのフィギュアスケーター(競技者、振付家、実演家)を経て、研究者としてセカンドキャリアの道を築いてきた。町田さんはファーストキャリアとセカンドキャリアの移行期間を「汽水域」と捉える。町田さんの場合、日本に再び拠点を移した時期から現役引退するまでの約2年間がその汽水域にあたる。

この汽水域をいかに過ごすかが大事なのだという。「私たち人間は、仮面ライダーやウルトラマンのように瞬時に変身することはできません。だからこそ、次のキャリアを歩む自分に変身するための準備期間が必要です。ファーストキャリアからセカンドキャリアへと瞬時にスイッチするのではなく、2つのキャリアが交じり合う移行期を設ける。そうすれば、それぞれのキャリアが断絶せず、連結したものになっていきます」。それまでのキャリアを断ち切り、ゼロからスタートするのではなく、2つのキャリアにつなげていく思考と努力が必要だと説く。

スポーツ界をマクロなまなざしで見てほしいと語る

その思考はどうしたら身につけられるのか。町田さんの答えはこうだ。「自分の知的好奇心をくすぐり、刺激し続けるしかない。それができるのが大学という学びの場です。知的な学びの土壌を自由に使えるのが学生の良さです。そうした学びの環境で探究したり、いろいろな人とコミュニケーションをとることで、競技者としてのキャリアと、その後を見通す思考力が培われるのだと思います。自分は何になりたいか、セカンドキャリアをどう歩みたいか、大学という知的環境を最大限駆使して自らのビジョンを自らで創造していってください」

町田さんは大学時代から研究者になる夢を抱き、実現させた。そう考えれば、競技と学業を両立した最後の2年間、もっと言えばプロスケーターと大学院生を両立した4年間も含めれば、6年もの月日が研究者というセカンドキャリアを切り拓(ひら)くための移行期間だったと言えるのかもしれない。

学生アスリートに伝えたいこと

インタビューの最後、学生アスリートに向けてメッセージ送ってくれた。

「競技者として最善のパフォーマンスをするという自分自身の競技活動にフォーカスを当てたミクロな視点だけでなく、自分もスポーツ界やスポーツ産業を構成する一員なのだというマクロな視点を持つことができれば、セカンドキャリアの選択肢が格段に広がるはずです。そしてそのスポーツ界は、さらに大きな社会という枠組みの中で成立しているものであることも理解する必要があるでしょう。

たとえば、プロ野球やサッカーJリーグは、地域密着型の経営で地域社会や経済と結びついている。地域社会はプロ野球を応援し、球団は地域社会を様々な形で支援する。まさにスポーツと社会が互恵関係にあるわけです。そのほかにも、国際オリンピック委員会(IOC)や国際サッカー連盟(FIFA)は、その絶大な影響力を駆使して、世界中で差別のない社会やSDGsなどを実現させるべく様々な社会貢献を行なっています。

研究者として新たなキャリアを築いていく

なぜ、IOCやFIFAがそのような影響力を持っているのかわかりますか?それは全世界の人々が見たいと熱望するほど、トップアスリートのパフォーマンスが魅力的だからです。でも、そのアスリートのパフォーマンスは、コーチやトレーナーはもとより、スタジアムやアリーナの管理者、リーグやチームをマネジメントする経営者、スポーツ政策を講じる行政官、道具を開発し製造するエンジニア、スポーツ事象をマスに報道するジャーナリストなど、スポーツ界を支える多くの人々なくしてはあり得ません。このようにスポーツと社会は密接にリンクしているのです。

学生アスリートの皆さんには、大学の4年間を通じて、ぜひそうしたスポーツ界の広がりを見通せるマクロなまなざしを身につけてほしい。スポーツ界は、アスリートだけが形作っている世界ではないのです。皆さんは、どのようなセカンドキャリアを歩まれるのでしょうか。自分の使命だと思えるような道を切り拓けますように、応援しています」

町田さんは10月から國學院大學人間開発学部健康体育学科の助教として、新たなセカンドキャリアを歩み始める。「スポーツとアートをつなぐ架け橋になるような研究者を目指します」。研究者・町田樹の新章はまもなく幕を開ける。

【写真特集】元フィギュアスケーター町田樹さんインタビュー
【動画】元フィギュアスケーター町田樹さんが語る大学生活とセカンドキャリア

※「町田さんはファーストキャリアとセカンドキャリアの移行期間を『汽水期』と捉える。」とあったのは『汽水域』の誤りでした。編集部の確認不足で、他の2カ所とともに修正しました。(78日)

『アーティスティックスポーツ研究序説――フィギュアスケートを基軸とした創造と享受の文化論』(白水社)

町田樹さんが早稲田大学大学院スポーツ科学研究科で研究した成果をまとめた1冊。全6部構成となっており、その中でアーティスティックスポーツをめぐる「美学論(第Ⅰ部)」「著作権論(第Ⅱ部)」「作品批評論(第Ⅲ部)」「市場経済論(第Ⅳ部)」「産業論(第Ⅴ部)」「アーカイブ論(第Ⅵ部)」が次々に展開されている。フィギュアスケートはもとより、新体操やアーティスティックスイミングなどのスポーツとアートが汽水域のように交じり合う身体運動文化の未来を考えるうえで、必読の書となっている。

4years.のつづき

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