福岡大大学院の竹野比奈が現役続行「スケートを楽しんで終わりたい」
フィギュアスケートで福岡を拠点に活躍する福岡大学大学院スポーツ健康科学研究科博士課程前期2年、竹野比奈(沖学園)が現役続行を宣言した。2022年1月の国体成年女子で優勝を飾ったが、シーズンを振り返ればホームリンクが休館、目標だったユニバーシアードがコロナ禍で中止になるなど心残りがあった。「スケートを好きな気持ちで楽しんで終わりたい」と来シーズンの抱負を語った。
福岡で有名なスケート姉妹
竹野は福岡県出身。パピオアイスアリーナ(以下パピオ)で小学2年のとき、妹の仁奈(筑紫女学園大学3年)とともにスケートを始めた。石原美和、松永幸恵らに師事し、地元で有名なスケート姉妹へと成長した。「地元が一番好き。福岡のスケート界を広めたいし、福岡にこんな選手がいると知ってもらいたかった」と語る。
2016年4月、国際大会で活躍した中庭健介さん、川原星さんら地元の先輩たちの背中を追って福岡大学スポーツ科学部に進学した。
だが1年でいきなりつまずいた。全日本選手権でまさかのショートプログラム(SP)落ち。「その時は受け入れられませんでした。たくさんの観客がいて周りにのまれてしまいました。次の全日本は会場の雰囲気にのまれないように、特別な試合と思わず練習どおりにやろうと意識するようになりました。それ以降SP落ちはしていません。あのSPがあったからこそいまの自分があると思います。強くなれたかなと思います」
3年ではロシアで行われたユニバーシアードに出場、6位と好成績を残した。海外選手との交流も楽しく、一番印象に残っている大会だ。「SPはすごく良かったのですがフリーがボロボロで。次はいい演技をしたいと思いました」。リベンジを誓い、次回大会の代表入りをめざした。
突然のホームリンク閉鎖危機
スケートを続けるため福岡大学大学院スポーツ健康科学研究科に進んだ。競技生活も残り少なくなった昨冬、突然の試練が訪れた。ホームリンクのパピオが維持費の負担や施設の老朽化で閉鎖の危機に陥った。竹野姉妹も署名活動に参加し存続を呼びかけたが21年6月末に休館した。
競技引退を決めていたシーズンに練習拠点を失った。福岡市内にあるアクシオン福岡は冬季のみの営業、同県の通年型リンクはパピオ以外では飯塚市と久留米市の2カ所だけ。練習場所を求めてリンクを転々とした。
移動には車を使うしかなかった。自ら運転して通学し、妹を大学まで迎えに行きリンクへ。約1時間運転するとリンクに着く頃には疲れがたまっていた。「自分の中ではストレスでした。ホームリンクは大事だなと思いました」。競技に集中したくてもできない状況が続いた。
11月の西日本選手権ではSP14位と全日本選手権出場さえ危ぶまれた。「本当に続ける意味があるのかな、早くやめたほうがいいのでは」。気持ちが沈んだ。それでもフリー6位と巻き返し総合10位で全日本選手権へ駒を進めた。
12月にスイスで開催予定のユニバーシアード出場がモチベーションだった。「今シーズンはユニバに出たいがために頑張っていた」。選考会で代表の座を勝ち取り、前大会のリベンジに燃えていた。たが新型コロナウイルスの感染拡大で中止に。心が空っぽになった。12月末の全日本選手権に向けて気持ちを切り替えたが力を出し切れずに総合17位で終えた。
「これで終わっていいのかな」
少しずつ現役続行に気持ちが傾いていった。
「自分の中では全然納得いくシーズンではなかったです。練習環境が変わったのが一番の要因だったと思います。それと、最後だからとちゃんとやって終わりたい気持ちが強すぎて空回っていたのか練習どおりにいく試合がありませんでした。自分では気づかなかったのですが、母から苦しそうだよとずっと言われていました」
「もう一度ユニバに出たい」
年明けの国体成年女子ではSPもフリーもほぼミスのない演技でまとめ、合計194.44点をたたき出し笑顔の優勝。やり切ったという気持ちよりスケートを続けたい気持ちが強くなっていた。
修士論文も執筆を終え、学業も一段落がついた。論文はトリプルルッツのコツについてまとめた。跳ぶ時に意識していることを一つひとつ書き出しながら考えた。スケートの感覚を言語化するのに苦戦したが競技にも良い影響があったと言う。「ジャンプを跳ぶとき多くのことを意識するのは難しく絞った方がやりやすいです。どれが一番大事か、ここだけ気をつければできる、というのが見えてくるようになりました」
3月には気持ちは固まり、「明治法政 ON ICE」にゲストスケーターとして呼ばれると、会場で現役続行を宣言した。
「納得がいかないシーズンでしたのでもう1年現役を続けようと思います。これからも応援よろしくお願いします」
人前で話すのが苦手という竹野。緊張しながらも力強く言い切った。仲間や関係者から拍手でエールが送られた。
スケートが大好き。だから競技人生は納得して幕を閉じたい。将来はアイスショー出演の夢もある。「大人数の前で一番いい演技ができるときがうれしいです。楽しいのは一瞬で苦しいことが多いですけど、その一瞬のために頑張っています。スケートを好きな気持ちで楽しんで終わりたいなというのがすごくあります。そしてユニバにももう一度出たいです」
"2回目"のラストシーズンが始まる。