アメフト

東海大・林大希QBコーチ 「自分の内なる声」を聞き、フットボールを思い切り楽しむ

日大のエースQBとして活躍した男が東海大のコーチとして戻ってきた(すべて撮影・北川直樹)

希代のリーダーシップと勝負強さを持った名QB、林大希が東海大学のコーチとしてフットボール界に帰ってきた。林コーチは2017年、1年生のときにエースとして日本大学フェニックスを甲子園ボウル優勝に導き、1年生で史上初の年間最優秀選手賞「チャック・ミルズ杯」を受賞した。しかし、翌年5月に発生した「悪質タックル問題」による部の活動停止で、3年時の2019年は1部下位リーグ・BIG8からの出直しを余儀なくされた。そしてTOP8に昇格し、最終学年で3年ぶりとなる甲子園ボウルに舞い戻った。

栄光と試練にもまれた、日大での4年間。一度はフットボールから離れていた彼が、東海大学トライトンズのQBコーチとして新たなスタートを切る。今、何を考え、どこを目指すのか――。

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「自分にはアメフトしかない」と気付かされた

いつか、自ら手を上げるときが来ると思っていた。「ずっとフットボール界に戻りたかったんですが、戻り方がわからなかったんです。“やっと来れたな”という感じです」。蒸すような熱気の、東海大学高間原グラウンド。そこで林コーチは、まさに待望といった表情でこう話す。

身ぶり手ぶりを交え、積極的に選手へ話しかける林コーチ

大学4年時、甲子園ボウル出場チームを決める順位決定戦で、右肩の靭帯(じんたい)を断裂する大けがをした。QBとしてボールを思い切り投げられない体になった。それでも卒業後、フットボールプレーヤーへの気持ちはずっとあったという。

「めっちゃ葛藤しました。気持ちはフットボールをやりたかったんですが、戻れない。体が戻らないんです」

何度も人からこう言われた。「リハビリしたらできるんじゃない?」。それが毎回つらかった。

卒業後は、母校の日大でQBコーチをした。しかし、夏を前に橋詰功監督(現・同志社大HC)の退任が決まった。自身はコーチとして日大に残ることを希望したが、コーチ陣も総入れ替えになった。「自分がチームに残るって選択肢がないんやな」。ショックだったが、受け入れるしかなかった。

2021年5月16日の日大―法政戦。橋詰功監督(当時、左)と試合を見つめる林コーチ

アメフトを始めた小学生の頃から、休みのない練習漬けの日々を送ってきた。日大のコーチをやめると、週末の予定がなくなった。「ずっと土日は練習やったんで、何をしたらいいのかがわからない。ほんまに暇でした」

そこで気づいたことがある。「自分にはアメフトしかなかった」ということだ。「昔からずっと言われてきたんです。親とか、コーチとかに『お前からアメフトがなくなったら、何もなくなるで』って。でも、自分では『俺にはなんかあるはずや』と思ってきたんです。いざなってみたら『ハッ、これ(何もない)のことか』って(笑)」

チーム1のアスリート、荒井天希を生かすために

自分らしくいるためフットボール界に戻りたかったが、自分にはXリーグでのプレー経験がない。「コーディネーターのようにプレーを作れないし、自分には需要がないかな。どうしたらええんやろ......」。もんもんとした気持ちで日々を過ごしていた。

新しいチャレンジとして、2028年のロサンゼルス・オリンピックで競技採用を目指している、フラッグフットボールに取り組んだこともあった。「フラッグやったらフィールドも狭いし、ボールを投げない他のポジションもできると思ったんです。でも、練習環境や雰囲気など、あまりにも今までとギャップがあって。正直、物足りないと感じてしまった。自分の気持ちを燃やすことができませんでした」。2カ月間ほどやったが、続かなかった。

その後、いくつかのチームからコーチ就任の打診を受けたが、具体的な話が進まなかった。思うようにいかない。くすぶっていたときに舞い込んだのが、東海大からの誘いだった。

その経緯について、東海大の中須賀陽介HCが明かす。「チーム1のアスリート、荒井天希(QB、2年、東海大相模)を生かすために、しっかりと技術を教えてくれるコーチを探していたんです」。中須賀HCは、東海大OBで今季からチームの外部メディア担当をしている柴田築さん(2018年卒)に相談した。柴田さんは「来てくれたらこんなうれしいことはない」と考え、SNSを通じてダメ元で林コーチに連絡した。

5月の下旬、中須賀HCを交えた顔合わせが実現した。2人の熱意を強く感じ、林コーチは加入を決めた。

柴田築さん(左)、中須賀陽介HC(右)と。今回のコーチ就任は3人の熱い思いが重なって実現した

学生に何かを強いることは、したくない

「みんなフットボールが好きなんだなと感じました。優勝するためにやる、とか外的な要因ではなく、純粋に楽しい、うまくなりたいからやってる」。林コーチは、トライトンズの印象をこう話す。

よくいえば和気あいあい、悪くいえば少し緩い。でも、これを崩すとフットボールが楽しくなくなってしまうかもしれない。学生に合ったやり方を見つけながら、ちょっとずつ勝つ方向へ向けばいいかなと考えている。

「自分が学生のときに、いきなり環境が変わる経験をしてすごく苦しんだんです。だから、それはしたくないというのがあります。僕がコーチとしていくらワーワー言っても、それは意味がないと思ってる。選手をどう『勝ちたい』と思わせるか。それが今年のカギかな」

まずは短期的に結果を出す方法を探り、その上で来年、再来年を見据えたチームビルディングをしていきたい。「選手がどうやったらうまくなれるのかを考えた時に、Xリーグで活躍してるうまい選手に教わることが大事だということで。今は毎週誰かを連れてきています。まずは、スキルアップですね」。その口調からは、本気で学生を思う姿勢が、真っすぐに伝わってくる。

毎週のように日大OBをはじめ、現役のXリーガーやコーチを練習のゲストとして呼んでいる。取材の日はノジマ相模原のWR大谷空渡さん(左)、胎内ディアーズのキッキングコーディネーター谷瑞貴さん(中)らが参加した

フットボールから離れた2年間でわかったことがある。それは、結果を追い求めて頑張った結果、失うものがあるということ。「頑張った結果を知ってしまった。いろんな犠牲がわかった。だからこそ正直、『もう頑張りたない』みたいなことも感じます」。さまざまな苦難を経験した言葉には、重みがある。

今は学生に対して何かを強いることはしたくない。まずは、彼らが求めることをやっていきたいと林コーチは言う。

「日大で自分がやってたときは、背負うもの、周りからの目があった。外的な影響をすごく受けました。今は本当に何もない。やりたいようにやれる。そういう部分は、大正高校の頃を思い出しますね。『自分がどうしたいか』一本でやる。毎日がめっちゃ楽しいですよ」

加入から数週後の7月2日には、拓殖大学との試合も経験した。「フットボールから離れていたので、忘れてしまったこととかもあるかなと不安もあったんですが、意外と覚えてました。学生たちの一喜一憂、ゲームマネジメントは楽しかったですね」。今の環境と自分の役割に、大きな喜びを感じている。

練習では誰よりも声を出して盛り上げる。良いプレーがあると声かけをしにいく

中須賀陽介HC「こんなになじむとは……」

「予想をはるかに上回る、むちゃくちゃ良い変化を作ってくれています。技術的な面はもちろんですが、彼は人を引きつける力がある。フットボールに対する純粋な面もあって、学生は非常に良い刺激になっていると思います」。中須賀HCは、林コーチが加入した影響をこう考えている。

練習中は笑顔が目立つ。「フットボール界に戻れて本当にうれしいですね」

当初は不安もあったという。「あれだけの選手だった人が、うちに来てフィットしてくれるのか。林コーチがいた日大といまの東海大とでは、違う部分が多いですから」

しかし、これは杞憂(きゆう)だった。「こんなになじむとは思わなかったです。ずっとトライトンズにおったんじゃないかという感じです(笑)」。選手とだけではなく、コーチ陣ともすぐに打ち解けた。林コーチ自身も「拒絶されるんじゃないかって不安もあったんですが、皆さんウェルカムで助けられました」と振り返る。グラウンドには、東京都内に住む東海大OBコーチの車に乗せてもらい、片道約2時間かけて通う。練習後、コーチ陣と一緒に食事に行くことも楽しみの一つだ。

短期間で驚くほどなじんでいる。林コーチのキャラクターとトライトンズのカラーは相性が良さそうだ

高い身体能力を持ちながら、他の部に入れない選手を発掘

2000年代初頭。東海大は中澤一成・前監督のもと、関東で優勝争いを繰り広げる強豪だった。大学としてはいち早く、本場米国出身のデイビッド・パウロズニック(南カリフォルニア大卒、現・富士通コーチ)を招聘(しょうへい)し、ランとパスのバランスアタックを構築。高校からのアメフト経験者を中心に、有力選手の大規模なリクルーティングも行い、RB岩崎将人、進士祐介、QB石川貴常といったリーグを代表するバックフィールドと、強力な攻守ラインをそろえていた。しかし2005年、帝京大学との入れ替え戦に負けて2部に降格。そこから1部、2部(現在のBIG8も含む)リーグを行き来し、優勝戦線から離れている。

有力なアメフト経験者の獲得にも苦労している。「高校生に声がけをしても、TOP8など上位チームに一通りとられてしまうのが現状。なので、いかにして未経験の有力人材を育てるか。近年はこれに注力しています」と中須賀HCは話す。

東海大は野球やラグビー、バスケットボールなどの強豪だ。そこにはアメフトとは一線を画するレギュラー争いがある。高校野球の甲子園や高校ラグビーの花園への出場経験があり、高い身体能力を持ちながらも、それらの部活に入れない選手もいる。「東海大学の面白いところで、そんな子たちがたくさん眠ってるんですよ」。中須賀HCは、まずここに目を向けた。

東海大相模など付属高校出身者を中心に、大学に入ってから野球やラグビーで活躍機会を得られない選手へ、積極的に声かけをしている。各部の監督からも「アメフト部なら一人前に育てて卒業させてくれるし、しっかり活躍の場を作ってくれる」と信頼されていて、良い関係が作れているという。

「強豪校で他の競技をしていた子たちは、真面目に頑張れる子が多い。普段の練習が競争というのを知ってますから。彼らが来るようになって、チームの雰囲気も変わりましたね」

そう言った背景の中で、荒井というアスリート人材が入部した。「アスリートレベルで言えば、天希は私が見てきた選手の中で群を抜いています。天希に一流選手になってもらい、“未経験でもここまでなれる”というのを示してアメフト界を盛り上げたい。BIG8の我々からも、そういうことを発信していければと考えています。林コーチは来たばかりですが、メンタルの部分や組織のマネジメントなど、彼にいろんなことを教えてくれてます」。着実に状況は進みつつある。

一方通行ではなく対話を大事にする。「何よりも楽しいことが大事」

QBコーチとして、選手とともに成長する

「自分自身というよりは、チーム全体の流れ、オフェンスの練習に対する意識が変わったというのが実感です」。QBの荒井から見た、林コーチが来てからのチームの変化だ。これまでは目的もなく、なあなあな部分もあったが、一つ一つの練習にしっかりと意味を持たせながら取り組むようになった。今は以前よりも納得感を持ち、フットボールをできている実感があるという。

荒井は東海大相模高のラグビー部出身。100人近い部員の中で、レギュラーをつかんだ高い能力の持ち主だ。しかし、東海大のラグビー部では「めっちゃ頑張って、4年でBチームに入れるかどうか。下の方で腐るくらいなら新しいことにチャレンジしたかった」と新天地を求め、アメフトにやってきた。抜群の身体能力で、現在はQBとして東海大攻撃の中心にいる。

「走れるし体が強い。パスがうまくなれば、守備にとってすごく守りにくい選手になれる」と林コーチが期待する逸材で、荒井とともに成長することも目標の一つだ。

ベストアスリートの荒井天希と。「QBとして自信を持たせてやりたい」と林コーチは言う

「自分の内なる声を聞きながら、自分にしかできないことを思い切り楽しんでやる。スポーツは楽しいのが一番だと思うので。やってるうちに『勝ちたい』とか気持ちも変化するかもしれない。そしたらまた考える。これを繰り返したい」。勝ち負けはただの結果。まずは大好きなフットボールを楽しむ。林コーチが今、大事にしていることだ。

来たる秋シーズンに向け、トライトンズと林大希の新たな挑戦が始まっている。

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